おまけ
「お父様ーっ!」
ラウルは自分目がけて駆けてきた息子を抱きとめた。
ヴィオレッタに子どもができたと伝えられたときの衝撃は今でも忘れられない。
ラキュテリオンでは真実の愛のもとでしか子どもができない。真実の愛は惚れ薬でも手に入れられて、薬を飲ませていた彼女がラウルを愛しているのは理解できる。
だが、愛は一方通行ではいけないはずだ。
ならば愛の女神は彼のこの想いを”愛”だというのだろうか。
ヴィオレッタを憎む気持ちはまだこの身のうちにあるというのに。彼女への嫉妬も、劣等感も……すべて消えることなくラウルのなかにあるのに。
愛が、こんなにも苦いものだなんて信じたくない。
「ラウル」
妻となったヴィオレッタはいつも彼に優しく微笑みかけてくれる。
惚れ薬を使い彼女のすべてをめちゃくちゃにしてやりたかった。自分だけが好きなのだと嘆く彼女を、決して愛さず、その身も心も囚えてしまおうと考えていた。
……それがどうしてこうなった。
ヴィオレッタは変わらず彼女らしく日々を過ごしていて、ラウルは認めたくなかった自分の感情を認めさせられた上、彼女に惚れ薬を使っているという負い目に苦しんでいる。
結局、自分だけが振り回されているのだ。
ときおり叫び出したいような、すべてをぶち撒けてしまいたいような感情に襲われる。
ヴィオレッタに、お前の愛していると思いこんでいる男は、お前に惚れ薬を飲ませ続けている狂人だと言ってしまいたくなる。
(いっそ……俺も惚れ薬を飲めば)
すべてが上手くいくかもしれない。
このどこまでも表面上でしかない幸せを享受し、ただヴィオレッタを愛する一人の男になれたのなら。
夫婦の寝室で彼女と共に休む日々にもずいぶんと慣れた。
「ラウル、もうランプを消してもいい?」
「ああ」
ヴィオレッタの声に読んでいた本を閉じサイドテーブルへと置く。
このテーブルには鍵のかかる引き出しが備えついており、ラウルはいつもそのなかに惚れ薬を仕舞っていた。彼女に今飲ませている惚れ薬は持続時間の一番長いもので十日ほど効果が続く。
口移しで飲ませたのは最初だけで、それ以来はずっと飲み物などに混ぜていた。
だから。
ラウルがこうして惚れ薬を口にするのは数年ぶりだった。
(……?)
あのときのように小さな薬瓶を呷るが、まったく味がしない。
別の惚れ薬だからだろうか。
だがよく考えれば、同意のない他者への服用を禁じている薬が無味無臭というのはおかしい。そんな混入が容易なものでは危険だからだ。
なら、今自分が口にしたこれは一体なんだ。
「それはただのお水よ」
その答えは思わぬところから返ってきた。
「ヴィオレッタ?」
「ラウルお兄様」
それは、ずいぶんと前に聞かなくなった彼の呼び名。
彼女はラウルに恋をして――惚れ薬を飲まされて――から、ずっと彼のことを”お兄様”とは呼ばなかった。もう自分たちの関係が義兄妹ではないからだろう。
恋人を、夫を、兄と呼ぶのはおかしい。
血の繋がりなどないとはいえ余計な詮索をされたくなかったので、ラウル自身今のいままで呼び方の変化など気にもとめていなかった。
「私がずっと、惚れ薬を盛られていることに気づかないと思ってました?」
「…………」
「何年も、ずっと?」
惚れ薬により”恋”に目を眩ませられていても、聡明な彼女がラウルの行動に不審を抱く可能性はあった。だから彼は細心の注意を払っていたのだ。惚れ薬の購入にも、その使用中にも。
「いつから……?」
いつから気づいていたというのだろう。
この口ぶりは昨日今日という感じではない。そして気づいていたなら、なぜいままでなにも言わなかったのだ。ヴィオレッタには彼を糾弾することも、断罪することもできるのに。
今は夫婦となっているが、惚れ薬を使っていたのはそうなる前からだ。この国の法ではそれは立派に犯罪だった。
「あの頃、私は自分で惚れ薬を飲んでいたでしょう。薬の持続時間は一時間程度のものでも、一応毎回”中和剤”も飲んでいたんです」
「…………」
「だからいつからかと言うなら最初から、です。……私があなたと結婚した理由が、今も一緒にいる理由がわかりますか?」
なぜ、自分たちの間に子どもができたのか。
歪だと思っていた関係は、この想いは、愛の女神ナヴィディアの認める”真実の愛”だとでも言うのか。
「騙していたのはお互い様ですけど。……私のこと、嫌いですか?」
忌々しいヴィオレッタ。
愛しているなど、決して口にするものか。
すぺしゃるさんくす
雨柚 世界観の設定を考えてくれた相方
雨柚 いつも誤字脱字チェックしてくれる相方
雨柚 書くときにBGMをかけてくれる相方
吉遊 最後まで頑張った自分!
そして、ここまで読んでくれた皆様。
ありがとうございました!