【コミカライズ】お嬢、魔王ルートはヤバ過ぎます! ~死亡予定の従者は悪役令嬢の魔王化を防ぎたい~
規模の大きい系ざまぁ再びです。
今回は言いたい放題に、やりたい放題が追加されました。
とにかくめっちゃお嬢って呼ばせたかった話。
後悔はしていない。
ヒロインがバイオレンス気味なのでご注意下さい。
2022/01/06 タイトルと本文を微修正しました。
☆一迅社様より発売の『悪役令嬢が婚約破棄されたので、いまから俺が幸せにします。 アンソロジーコミック』にてコミカライズしていただきました!☆
「お嬢! たっ、たたた大変です!! このままだと世界が――」
「うっさい! 何勝手に入ってきてるのよ! この馬鹿ロベルト!」
「ふばっ!?」
そりゃ勝手に部屋に入ったのは俺が悪いけど、高い壺を投げつけることは無いんじゃないですか? お嬢……。
顔面で辛うじてキャッチして今月の減給を免れた俺は、そのままお嬢の足元に跪いた。
俺、ロベルトはグランディス公爵家のお嬢、一人娘のシルヴェット様に従者として仕えている。
幼い頃、記憶を失って行き倒れていた俺を拾ってくれたのが、お嬢の父親であるグランディス公爵様だ。
俺がお嬢の従者として暮らしてきたこれまでは、聞くも涙、語るも涙の感動超大作ストーリーなのだが、今は省略する。
そんな俺だが、何故だか唐突にここがゲームの世界(以下略)。
――どうせなら10年前の記憶を戻してくれよ神様!!!
謎に蘇った前世の記憶だが、非常にざっくりとした部分しか思い出せなかったものの、肝心なのはウチのお嬢が悪役令嬢で、このまま婚約者である皇太子に婚約破棄されたら魔王ルートまっしぐらということだ。
魔王ルートったって、いきなり封印されし魔王が蘇るわけじゃない。
ブチギレたウチのお嬢が、自身の持つ膨大な魔力を暴走させて魔王化し、世界を滅ぼすというヤバいルートなのだ!
……ちなみに、お嬢の従者である俺もモブとして登場して、そのルートだとエンディング前に死んで退場となる。
い、嫌すぎる……!
そんなヤバいルートに両足を突っ込んでしまっている今、とりあえずお嬢に報告だ! っと勢い込んだ俺は逆に怒られることとなった……。
***
「――というわけで、お嬢がこのまま皇太子に婚約破棄されるとマズいんです!」
なんとかお嬢に、この後の展開を伝える。
急にこんなオカシな話をされても、流石はお嬢。
聞くところはしっかり聞いて、何かを考えているようだ。
「皇太子が、この私に婚約破棄を突きつけると言うの?」
業腹である、と言わんばかりにお嬢は眉をひそめて俺に問う。
美しい顔立ちに加え、燃えるような赤い髪を持つお嬢は、正に悪役令嬢にピッタリな容姿をしている。
ここグランディス公爵家も、数代ごとに皇族が降嫁してくるような由緒正しい家柄であることに加え、歴代公爵様の手腕もあり皇族を凌ぐような財力や権力を有しているなど、悪役要素が満点だ。
……俺が知る限り、悪役の生家に相応しく領地の運営や商売でかなり法的に黒寄りのグレーを攻めているところも見受けられ、他の貴族たちからは恐れられているのだが、ギリギリのラインは絶対に超えないという厭らしさも持ち合わせた最強家門である。
さて、そんなレベチ過ぎる公爵家の一人娘であるお嬢には、幼い頃より決められた婚約者がいた。
それが今回問題になっているこの国の皇太子、ゲオルグ殿下だ。
「殿下が最近よく一緒に過ごしているバルデ子爵令嬢と共謀して、卒業パーティの日にあることないこと罪を被せられます」
「ふん、あのアイリーンとかいう尻軽令嬢? あんなのに引っかかるなんて、ゲオルグったらやっぱりダメ男ね」
お嬢と皇太子の仲は結構悪い。
ゲーム的な要因も働いているのだと思うが、学園の成績をはじめ剣術や帝王学まで完璧に収め、歴代最大とも言われる魔力量を誇るお嬢に顔だけ皇太子はプライドがズタズタ。
お嬢も皇太子を立てるということをしない……というか、『立ててくれても良くね?』という考えの皇太子に心底呆れてダメ男の烙印を押すわ、パーティでもバチバチにやりあうわで周りの方がハラハラさせられている。
そんな中、皇太子の男心をくすぐりまくって猛プッシュし無事隣に居座るようになったのが、ピンクブロンドが眩しいアイリーン・バルデ子爵令嬢。
大人びた雰囲気を漂わせるお嬢とは違い、守ってあげたくなるようなか弱い雰囲気を漂わせる可愛いタイプのご令嬢だ。
一応ゲームではヒロインという役割ながら、お嬢サイド――というか、脳内お花畑な皇太子の周囲(攻略対象)を除いた人々からは見た目はさておき男癖の悪い肉食系女子として『関わったらマズい』認定されている始末。
正直ウチのお嬢のお相手にも恋敵にもどちらも全く相応しくないのだが、このまま放置してしまうと魔王ルートまっしぐら。
俺もあの世へまっしぐら。
世界も破滅へまっしぐら。
……ヤベェーーー!!!
「お嬢、ダメ男皇太子はともかく、冤罪と婚約破棄を何とかしないとヤバいです!」
焦る俺を冷ややかに見つめながら、お嬢は落ち着いた様子で尋ねる。
「冤罪、ねぇ……。アンタの言う『悪役令嬢の断罪』とやらの詳細を詳しく聞かせなさい」
「えー、確か罪状は細々とあったんですが、決定打は裏稼業の人間を雇ってバルデ嬢を襲撃させた――というやつですね。ある日バルデ嬢がパーティの帰り道で狼藉者に襲われてしまうが、護衛が撃退して未遂に終わった、と。その後の調べでお嬢が雇ったことが判明して『そんな女と結婚できるか!』ということで公衆の面前で婚約破棄され、その場でお縄……ですね」
俺の言葉に、お嬢は思いっきり顔をしかめる。
「馬鹿馬鹿しいわね。子爵令嬢一人襲撃するのにわざわざ裏家業の人間なんて雇わなくても、公爵家にはお抱えの部隊がいるんだからアシなんかつかないわよ。卒業パーティでお縄っていうのも変だし……判った時点で来なさいよ!」
おっとぉ?
襲撃のためのお抱え部隊がいるなんて初耳だ。
さては俺の知らないところでこの公爵家、ブラックな方面にも手を染めてるな……?
捕まるタイミングにもダメ出ししてますけど、そこじゃないですよお嬢!
「お嬢、そんな回りくどいことせずに正面から戦って倒しましょう!? 大義はこちらにありますよ」
「そんなもん言われなくてもわかってるわよ! 殺るなら自分で殺るわ!」
字がおかしいですお嬢。
戦うって物理の話じゃないですよ。
「こちとらビッチを襲撃する予定なんてないし、責められるようなことはしてないわよ。婚約破棄だってゲオルグが騒いでるだけなんでしょ?」
「ビッチとか言わないの! ――よく知りませんが、ゲーム補正を舐めない方が良いですよ。バカ騒ぎで済めばいいですけど、ゲームだと俺、その時点で死んじゃってるんですよ? 俺、死に損は嫌ですよ……」
皆和解してるのに、俺だけいないとか悲しすぎる……。
「ロベルトのことはさておき、私が魔王になった後は世界が滅ぶらしいけど、最終的に私はどうなるの?」
さておかないで下さい、お嬢。
「お縄になる瞬間、お嬢の魔力が暴走して魔王化。パーティ会場諸共……少なくとも帝都周辺の地帯は消し飛んで、お嬢(魔王)はそのままいずこかへ姿を消します。エピローグで、その後も各地の国を次々と滅ぼし、この世界はお嬢だけに……と流れてゲームオーバーですね」
「ふーん、私だけは生きてるのね」
「恐らくそうではないかと……」
「魔王化しても、最後一人になるんじゃつまらないわよね」
「君臨する気満々なんですねお嬢」
凄くお嬢らしいです。
「そもそも、この私が魔王になるルート以外の展開は無いの? ダメ男も尻軽も、勝手によろしくやってれば良いじゃない」
「もうエンディングが近づいているタイミングですし、ここからの分岐はないと思います。だから、頑張ってゲームの流れを変えないとマズいです」
トゥルーエンドのためには皇太子とバルデ嬢が好成績を収めた上でお嬢と和解する必要があるが、今更それは無理だろう。
他に選択肢があるならその方が良いし、どうせ思い出すならもっと早い段階が良かったけど、そうも言っていられないのだ。
でもこの先の展開がある程度わかっていれば、お嬢ならいくらでも対処できるだろうと俺は信じている。
「おさらいすると、ダメ男が浮気、嫉妬した私が尻軽を襲撃? その前後のタイミングでロベルトは謎の死亡。私は卒業パーティで婚約破棄&断罪……でキレて魔力暴走、魔王化して世界を滅ぼす、と。――ゲーム云々は置いておいても、ゲオルグの動向は気になるわね……」
「腐ってもこの国の皇太子です。いくらお嬢でも舐めすぎると危ないですよ」
「ふん、今まで見逃してやっていたのに、良い度胸じゃない。目にもの見せてやるわよ」
お嬢、めっちゃ悪い顔してますね……。
「魔王ルートとやらの話は一応信じてあげるけど、これで全部? 他に思い出したことはない?」
何気ない問いだが、お嬢の目は真剣だ。
……これは、俺の記憶が戻ったのか聞きたいのだろう。
今までも幾度となく確認されたが、俺が公爵家に拾われるまでの記憶は失われたままである。
「――残念ですが、他には、何も」
「……そう、わかったわ」
少し目を伏せると、お嬢は立ち上がる。
「お父様にも報告します。付いてきなさい」
恭しくドアを開け、お嬢の後に続く。
幸いなことに公爵様は邸の書斎で執務中だったので、すぐに面会は叶った。
お嬢は先ほどの話を公爵様に報告し、今後について相談してくれるだろう。
俺は同席するわけにいかないので廊下で待機する。
オカシな話をした自覚はあるので、公爵様にも信じてもらえるか少し不安だ。
変な夢でも見たんだろう、と流されてしまうこともあると思うが、お嬢が信じてくれたように公爵様も信じてくれると期待するしかない。
しばらく経つと、中から執事のセバスさんが出てきた。
お嬢は一緒じゃないので、まだ話は続いているようだ。
セバスさんは俺の肩をポンと叩くと、安心させるように笑みを浮かべる。
「――旦那様とお嬢様のお話はまだかかりそうです。お茶をご用意するので、貴方も手伝いなさい」
「はいっ!」
待機している間、気を揉むばかりなのを気遣ってくれたのだろう。
きっとこの様子なら、お嬢と公爵様が何とかしてくれる。
あとは俺にも出来ることを、精一杯頑張るだけだ。
元気よく返事をした俺は、セバスさんの後に続いたのだった。
***
「シルヴェット!! これはどういうことだ! 何をする、この悪女めぇぇぇえ!!!」
唾を飛ばして怒鳴り散らしているのは、この国の皇太子ゲオルグ殿下だ。
ところ変わってこちら、卒業パーティの会場――で は な く。
帝国の中心たる帝都の、そのまた心臓部。
政治の中心であり皇族の住まう宮殿の最奥――玉座の間に俺たちはいた。
急すぎる展開に、俺もついていけなくて困惑している。
あの後、お嬢と公爵様の間で今後の対策が練られた。
様子を見つつ反撃の準備を進めるものだと思っていたのだが……。
卒業パーティを待たずして、議会と軍部を掌握した公爵家は皇帝の支配権限を奪い、宮殿内を制圧した。
――帝位の簒奪である。
あまりのスピードに目が回りそうだが、幸いなことに血は流れなかった。
公爵様もお嬢も継承権を持っていたし、元より強い権力を持つ公爵家に見限られたらそれまでだったのだろう。
そして玉座の間の赤絨毯の上には冠を奪われた皇帝と皇太子が拘束され、膝をついている。
少し離れた場所にはバルデ嬢も連れてこられているので、皇太子の浮気に端を発していることは一目瞭然だった。
この場にいる残りの者は、この状況を知らしめるために集められた高位貴族の当主や判事である。
皇太子と令嬢は状況が理解できていないのか、皇太子は騒ぎ、令嬢は辺りをキョロキョロと見回している。
座り込んでいる皇帝だけがこの状況を理解しているのだろう……全てを諦めた様子で俯いていた。
お嬢はそんな彼らの様子を、存在感のある玉座に座る公爵様の膝の上から見下ろしていた。
豪奢な漆黒のドレスに身を包んだその姿は、まさに悪役といったところだろうか。
親子揃ってとんでもないオーラだ……!
傍に控えている俺は冷汗が止まらない。
お嬢が公爵様の膝の上に座っているのは公爵様を後ろ盾に、お嬢がその代理人であり当事者としてこの場を任されているからだ。
騒ぐ皇太子に飽きたのか、お嬢がもったいぶるように口を開いた。
「――まだ状況がわかっていないようだし、仕方ないから教えてあげる。帝位は私たちグランディス家のものとなった。だからゲオルグ、貴方はもう皇太子じゃないの。残念だったわね?」
火に油を注ぐように、お嬢は紅を塗った形の良い唇を引き上げて笑う。
「馬鹿な!!! 何を言うか、この痴れ者め!!!」
皇太子は目を剥いて暴れるが、騎士に押さえつけられ拘束を振り払えない。
お嬢はそんな皇太子に残忍な視線を向け告げる。
「あらあら、お馬鹿なのはそっちよ。アンタがヘマさえしなければ、皇帝は帝位を奪われることもなかったでしょう。大人しくしていればアンタは私と婚約破棄されてからも、皇族として僻地でのんびりと愛しのアイリーン嬢と暮らせたかもしれないのに。……ふふ、果たして皇太子でなくなったアンタに、彼女が付いてきてくれたかわかったもんじゃないけれど」
「なっ……!」
「なのにアンタはこともあろうに、この私を殺そうと暗殺者を雇うなんて……酷い婚約者サマも居たものね? こっちだって、アンタみたいな男と結婚するわけないでしょ! 名前だけの婚約者なんだから勝手に浮気でもなんでもしていれば良いのに、随分と大それたことをやってくれたじゃない」
「ぐ……何を言う! そんな証拠がどこにある!!」
皇太子が見苦しく喚いているが、お嬢はめんどくさそうに首を振る。
「アンタね、ここまでの状況になって今更証拠なんてどうでも良いのよ。あぁ、証拠はちゃーんとあるから。それはまた後日の裁判までのお愉しみね」
「……っ、この、簒奪者めぇぇぇえ!!!」
ようやく状況がわかってきたのか皇太子が悔しそうに叫ぶが、逆にお嬢は笑い出した。
「あらあらあら、何を言うかと思えば。――帝位も王位も、どこの国だって数代遡れば全部奪ってきたものでしょうに。そもそもアンタのせいなんだから、言えた立場じゃないのよ? むしろお父君に謝りなさいな、『僕のせいで皇帝でいられなくなってゴメンナサイ』ってね」
俺が知る由も無かったのだが、公爵様もお嬢も、そもそも皇太子とこれ以上婚約関係を続けるつもりは無かったそうだ。
二人の卒業を機に婚約破棄と同時に皇太子を廃嫡させ、継承権を持つ別の者を後釜に据えさせる予定だったとか。
皇太子とお嬢との婚約は皇帝たっての要望ということで今までなんとか結ばれていたものの、婚約時に『成長した皇太子が帝位に相応しくないと公爵家側で判断した場合は、婚約破棄を許し皇太子を廃嫡とする』と約束していたので、他に帝位を争う兄弟がいなかったせいか、そもそも皇族としての責任感に欠け、お嬢を超えられず不貞腐れて努力まで怠った皇太子は、既に詰んでいたのだ。
そしてついでに皇太子が浮気までして罪状を上乗せしたことで、慰謝料も貰っておこうという腹積もりだった公爵家側だが、トチ狂った皇太子により暗殺者が差し向けられたことに気づいたのは、このままでは俺が死んでしまうという話を聞いたから。
お嬢の従者である俺が不審死するということは、お嬢の身代わりになったということに他ならない。
ゲームでは、ちょうど準備の最終段階として皇太子やバルデ嬢を探っていたせいで、警備が手薄になったところを皇太子の雇った暗殺者に襲われたのだろう。
「それを防ぐための我々なのに、とんでもない失態を……!」と、公爵家お抱えの諜報部の皆様が真っ青になっていたそうだが、今回は無事暗殺者を捕らえることに成功したので、しっかり挽回できたのではないかと思う。
バルデ嬢の襲撃に関する冤罪は、お嬢の暗殺に失敗した皇太子が苦し紛れにでっち上げたものと考えられる。
件のパーティーが開かれる前にこうなってしまったので、確かめようもないのだが。
皇帝の腹心たる公爵家としても、皇帝の命令で無理やり婚約させられた一人娘をその婚約者である皇太子に暗殺されかけてしまっては黙っているわけにもいかず。
訴えるだけでは不足、そんな男をそもそも皇太子にした皇帝を支える価値無し! ということでこのような事態に。
――これが今回の帝位簒奪のあらましである。
実際のところ、どの程度その気があったのかはわからないものの、こうして報復としてすぐに行動に移すことが出来た……ということは、ある程度の事前準備はあったのだと思う。
この後皇太子は、公爵令嬢暗殺未遂で処刑。
公爵家が帝位簒奪――となると外聞が悪いので、対外的に皇帝は罪を犯した皇太子の責任を取り、帝位を公爵様に譲位する形になるだろう。
「――帝位にはしばらく、お父様であるグランディス公爵が就きます。……その後準備が出来次第、次期皇帝となるのはここにいるロベルトです」
皇太子を散々言葉でいたぶった後のお嬢による突然の宣言に、室内がざわつく。
急に名前を呼ばれた俺は、わけもわからずお嬢の殺気入りの視線に怯えながら前に出るが、頭の中は大混乱だ。
ヒィ!
聞いてないですよお嬢!!!
なんだって俺が皇帝に……俺はただの従者――
「ここにいるロベルトは、十年前滅ぼされたカルヴェンテ公爵家の生き残り。先の反乱騒ぎであらぬ罪を着せられた、皇帝の弟君である公爵と亡国の王族の血を継ぐ母君の間に生まれた彼こそ、次期皇帝に相応しい由緒ある血筋を持つ者なのです!」
――じゃなかった!?
あまりのことに呆然とするが、かつての皇帝とその弟カルヴェンテ公爵の確執や争い、政争に負け投獄され、無念のまま獄死したカルヴェンテ公爵のこと、その罪は皇帝に被せられた偽りのものだったこと、帝位の正当性などが、お嬢と、所々を補足するように公爵様の口から語られるのをやっとの思いで聞く。
要するに俺の失った記憶というのは、自分がカルヴェンテ公爵家の生き残りであり、幼い俺が記憶喪失になるほどの壮絶な争いがあった……ということなのだろう。
そんな俺を公爵家は隠し、守ってきてくれたということだ。
そして目の前で拘束され、俯いている皇帝こそが、俺の父親を死に追いやった仇――ということになるのだろうか。
母親は争いが起こるの前に病死しているそうなので、そこは救いなのだろうか。
……が、どんなに皇帝を見つめても、俺に復讐心のようなものは湧きあがらなかった。
年齢の割には老け、痩せ細った様子が伺えるほどにやつれた皇帝は、恐らく皇太子のこと以外にもたくさんのことに悩んできたのだろう。
俺の父と言われているカルヴェンテ公爵とのことも、今まで彼なりに思い悩んで後悔してきたのかもしれない……。
でなければ、俺の顔を見て涙を流すこともないだろう。
――うん、やっぱり俺に皇帝は憎めないな。
ここで一発ぶん殴るくらいしないと息子甲斐は無いのかもしれないが、公爵家に拾われたおかげで公爵様とお嬢の傍で働くことができたし、幼い頃の記憶なんて無くても、幸せで楽しかった思い出がたくさんある。
大切なのは過去じゃなくて今だと思う。
父親の無実は、公爵様とお嬢が晴らしてくれた。
だからこれで良いんだ。
お嬢と公爵様より俺を次期皇帝にと語られる中、喧騒を縫って怒声を発したのは皇太子だった。
「その男が次期皇帝だと!? 許されるものかっ、……この、従者風情が! こんな奴が、私の従兄弟なものかァ!」
俺が驚いたのは、皇太子のまだ元気な様子でも唾を飛ばして叫んでいることでもなく、お嬢の立ち上がってから皇太子に向けて拳を振り抜いたそのスピードと威力だった。
「フベバっ!?」
細い腕の一体どこにそんな力があるのか、騎士によって押さえつけられていたにもかかわらず大きく体を傾けた皇太子の胸倉を掴み起こして、お嬢はその頭を地面に押さえつけ低い声で告げる。
「お前、さっきから頭が高いのよ。身の程を教えてやるからそのまま聞きなさい。お前とロベルトが従兄弟なわけないでしょう! ややこしくなるから黙っていてやったのに、本当に面倒な男ね」
殴られ、痛みに震える皇太子に、お嬢の冷めた視線が突き刺さる。
「――お前、皇帝の息子じゃないのよ。亡くなった皇妃と愛人の間に生まれた、正真正銘皇族の血を引かない人間なの。それでも皇妃を愛した皇帝のお情けで皇太子にしてもらっていただけで、お前は元々、皇族の血筋なんかじゃないのよ。それを何とかするために皇帝が頼み込んで結ばれたのが皇族の血を引く私との婚約だったのに、不出来なせいでそれすら知らされず、あまつさえ小娘の甘言に誑かされたせいでこうなったんでしょうが! 恥を知りなさい!」
一息にそれだけ言うと、立ち上がってトドメとばかりにヤ○ザキックをお見舞いするお嬢を目の当たりにしたせいで、辺りは静まり返っていた。
お嬢は先ほどまでの喧騒の元であった周囲の貴族たちに視線を向けると、ニヤリと笑う。
「さっきから、ロベルトのことをあーだこーだ言ってるみたいだけど……この私とお父様が相応しいと言っているんだから、そうなのよ。誰にも否やは言わせないわ」
そう言うなり、お嬢は持ち前の強大な魔力で室内を包む。
ヒェェェェェ……お嬢本気だ……!
ヴヴン――とお嬢を中心とした魔力のうねる音に、お嬢と公爵様を除く室内全員の表情が凍る。
その様子を愉しげに眺めると、お嬢は魔力を解除し声を張り上げた。
「解ったわね? 陰でこっそりロベルトを亡き者にしようとしても無駄よ! 文句があるなら正々堂々と私を倒して見せなさい!」
俺の前を塞ぐようにして立ち、魔力の残滓に髪やドレスを靡かせ、顔を輝かせたお嬢は……あまりにも漢らしくてカッコ良かったが、まるで魔王さながらだった。
お嬢……それ、独裁とか恐怖政治って言うんですよ。
気が遠くなりそうだ。
あーあ。
俺、魔王ルートはヤバいって、言ったんだけどなぁ……。
***
ひとしきり脅しつけて満足したのか、お嬢はふんぞり返ってこの騒動のもう一人の原因であるバルデ嬢に向けて、ビシリと指を差す。
「あと! そこのアイリーンとかいう小娘! アンタよアンタ!」
お嬢、バルデ嬢も同い年ですよ。
俯き震えていたバルデ嬢は、お嬢に呼ばれてノロノロと顔を上げる。
「アンタも、この私に喧嘩売ったからには覚悟は出来ているんでしょうね? ――さて、どうしてくれようかしら」
悪役令嬢よろしくニヤリと笑うお嬢に、再びバルデ嬢が震え出す。
可哀想な可憐な少女のように見せているが、騎士たちの拘束が緩むことは無い。
「っ……! あ、あの、私、そんなつもりじゃ無かったんです。誤解で――」
「まだ話して良いなんて言ってないわよ、黙りなさい」
「ヒッ!」
お嬢の眼力に、バルデ嬢は言葉を飲み込んだ。
言い訳したかったのだろうが、短気なお嬢が無駄話を聞いてくれるわけがない。
彼女に喋らせたいのは、もっと別のことなのだから。
「『そんなつもりじゃない』ワケないし、『誤解』でも何でもないのよ。自分のやったことには責任持ちなさいよ。アンタのせいでこのバカ男は廃嫡どころか私への暗殺未遂で処刑される羽目になったのよ?」
そう言うと、お嬢が蹴り上げたせいで鼻血塗れの皇太子をバルデ嬢の方へ向けさせる。
ヒィ! 俺の方が怖いですお嬢。
「侍らせた男たちの中で条件が良いのを選んだつもりでしょうけど……残念だったわね。多分、一番見どころの無いヤツだったみたい。でも、仕方ないわよね? わざわざ婚約者のいる男に近づいて、耳触りの良いことばかり吹き込んで、人目を気にせずイチャついて……ぜーんぶ、自分でやってきたことなんだから、今更グダグダ言うんじゃないわよ」
『まるで理解できない』という風に眉を潜めると、お嬢は言い聞かせるようにバルデ嬢へ告げる。
「最後の選択よ。好きなものをお選びなさいな。一つ、これまでの罪を償う。――私以外にも、婚約者を誑かされたと訴えている令嬢たちがいるわ? 己の魅力だけで勝負していたのなら何とかなったかもしれないけど……随分とあくどいこともやってきたみたいじゃない。バカと共謀しての、私との婚約破棄騒動の計画だけでもなかなかのものだわ? ぜーんぶ合わせたら、一体どのくらいの罪になるのでしょうね?」
首を傾けながら美しい笑みを浮かべているが、相当な威圧感だ。
バルデ嬢は真っ青になった。
「二つ目は、ゲオルグへの愛を貫いて、一緒に処刑される――生ける時も死す時も、共に居られるなんて素敵ね? 条件で選んだんじゃなく、本当に愛しているのなら、こういうのもアリだと思うのよ」
お嬢はうっとりと目を細めるが、バルデ嬢の顔色は青を通り越して真っ白になり、ガタガタと震え出した。
「……でもね、流石にまだ若いし、喧嘩を売った相手が悪かったっていうのもあると思うのよ? だから、ちゃーんと生涯をかけて反省するのなら、修道院行きくらいで許してあげても良いと思うの――これが三つ目の選択肢よ」
指折り数えながらお嬢が笑みを向けるが、バルデ嬢の顔色は悪いままだ。
「うふふ、慌てないで? これで全部じゃないわ。よく考えたら貴女は、顔だけで他にはなぁーんにも持っていない、このおバカな男に騙されただけ……と考えられなくもないわ? ――だからパートナー選びを間違えた貴女に、最後にもう一つ、特別に選択肢を増やしてあげる」
美しく弧を描くお嬢の口元が、ここで大きく吊り上がる。
俺には悪い笑みを浮かべているようにしか見えないが、果たしてバルデ嬢の目にはどのように映っているのだろうか?
「とある国の王子が、お妃を探しているんですって。ゲオルグとは違って、王族の血を引いた本物の王子様よ。……きっと貴女は綺麗なドレスを着て豪華な宝石をたくさん着けて、贅沢な暮らしがしたかっただけなのよね? だから、ゲオルグのことは『ただ玉の輿に乗りたかっただけで、本当は何とも思っていない』と素直に認めてくれたら、その王子様のお妃にしてあげる。本当は友好国じゃないんだけど、貴女くらいの容姿ならきっと向こうも気に入るわ? ……これが四つ目よ」
艶やかな笑みを浮かべ、お嬢は決断を促す。
「もう一度言うけど、これが貴女に許された最後の選択よ。選択肢は、全部で四つ。貴女の好きに選ばせてあげる。――さぁ、どうする?」
お嬢に促されバルデ嬢は一瞬考えるような素振りを見せたが、どれを選ぶかはわかりきったことだった。
最後の選択肢を聞くなり爛々と目をギラつかせていたバルデ嬢は口を開いた。
「ゲオルグ様のことなんて最初から好きでもなんでもありませんでした! 皇太子で次期皇帝だって言うから優しくしてあげたのに! 皇太子妃になれれば一生遊んで暮らせると思ったのに、とんだ期待外れだわ! シルヴェット様は顔だけって仰いますけど、別に顔だって全然好みじゃないです!」
「あら、奇遇ね。私もよ」
「それに話す内容も、自慢か僻みばっかり! 私より成績が悪いから、隠すのに苦労したんですよ? おまけにケチ! 他の方は宝石の付いたネックレスや髪飾りを下さるのに、ゲオルグ様が下さったものと言えば、お忍びで出かけた街で買ったダサいブローチに文房具! 皇太子だからまだ予算を動かせないとか言ってたけど、酷過ぎるわ!」
しょっぱーーー!
というか、よく皇太子ルート選んだなこの娘……。
――令嬢が選んだ選択肢はやはり四番ということだろう。
本人は知る由も無いだろうが、完全に悪手だ。
たまにお嬢が合いの手を入れるもんだからバルデ嬢もノっちゃって、そのまましばらく皇太子ディスが続いた。
***
――うん、怖い。
肉食系女子怖い……!
俺はすっかり怯え切ってしまったのだが、ガッツリと皇太子のライフが削られ、最後にバルデ嬢が「『婚約破棄については何とかする』とは言われてましたけど、それがまさかシルヴェット様の暗殺だなんて夢にも思いませんでした! 私は皇太子妃になった後もシルヴェット様に色々と助けていただこうと思っていたので、そんなことに協力するはずありません!」と証言したところでお嬢は満足したらしい。
彼女の話はツッコミどころ満載だったものの、お嬢はそれに触れず機嫌良さそうに全て聞き流していたので、不問にしたということだろう。
「アイリーン嬢、素直にお話してくれてありがとう。やっぱり素直なのは良いことね。正直にお話してくれたから、私も約束は守るわ? さぁ、早速こちらのアイリーン嬢を王子の花嫁に仕立てて頂戴」
お嬢の合図で玉座の間の扉が開かれる。
ここから連れ出されたバルデ嬢は綺麗に着飾られ、自身が望んだままに異国の王子へ嫁ぐことになる。
お嬢が彼女に告げた国の名は、帝国と肩を並べられるほど裕福な国だった。
嫁入り先の王子は、確かに彼女に贅沢をさせてくれるだろう。
――だが、あえて彼女に語られなかったことがいくつかある。
一つは、その王子の容姿だ。
まだ三十代と、比較的年齢は離れすぎていないものの、聞くところによると丸々とした熊のような大男、なのだそうだ。
遠く離れた国なので美醜の基準も違うだろうが、彼女が侍らせていた男性陣の容姿を鑑みて、到底お好みとは思えない。
そしてもう一つは、王子の妃の人数だ。
彼の国の王家では、正妃と呼ばれる第一夫人のほかに妃が複数いるのが普通らしい。
そして王子の妃は数十人。
それだけ一人の男を巡って女が集まっているのだ、どれだけ恐ろしい戦いが繰り広げられていることか……。
そして最後に、王子自身の評判だ。
国外にまで伝わっているのだから相当なものだが、噂によると彼は『妃をダメにする』と言われているらしい。
王子に気に入られた妃は、次々と『ダメになる』のだそうだ。
――詳細こそ不明だが、ろくでもないことだけはよくわかる。
お互い友好国ではないので、向こうからすれば丁重に扱う必要もなく、後ろ盾も持たない彼女は厳しい立場に置かれるだろう。
そして島流しのように送り出されるのだから、何があろうと帰ってくることはできない。
そんなわけで、バルデ嬢がこれから向かうのは地獄のような女の園。
そしてそれを抜けて王子に気に入られたら、今度はまた別の地獄が待っている……というわけだ。
生き抜けるかどうかはバルデ嬢次第だが……これだけ選択をドっ外し続けているんだ、かなり望みは薄いだろう。
国外情勢もちゃんと把握していれば、その選択肢は選ばなかっただろうに……。
アッサリと皇太子を裏切ったツケが回ってきたとでも言うのだろうか。
彼女がこのことを知るのは、まだまだ先のことだろう。
――ちなみに正解の選択肢は、三番の『修道院』だ。
二番の『処刑』は論外として、一番の『罪を償う』も、刑期さえ終われば自由になれる……と考えれば魅力的だが、これも悪手だ。
お嬢は罪さえ償えば赦しただろうが、お嬢の婚約者だった皇太子以外の男にも粉をかけてしまったせいで、その相手の親――それも高位貴族たちからすれば、何年経とうが娘の、ひいては自分たちの面子を潰された憎い相手。
刑期中に怒りが冷めれば良いが、そうでなければシャバに出た時点……悪ければそれよりも早く消されてしまうだろう。
流石のお嬢も、そこまでは関知しないはずだ。
なのでこの選択肢は四番の『王子の妃』と同様、余程の強運がなければ切り抜けられない。
それに比べれば、生涯という長い縛りがついてしまうものの、見張りを兼ねた警備の付いた修道院はそれなりに安全。
衣食住も保証され、改心して真剣に祈り続ければ、いつかは神のご加護があった……かも、しれない。
これは元々詰んでいたバルデ嬢へ、お嬢が差し出した唯一本当に救いの選択肢だったのだが――結局選ばれなかったのは、残念だ。
バルデ嬢が連れ出され、皇帝と皇太子も退室を促される。
……が、またここで皇太子が騒ぎ始めた。
「――全部お前のせいだ、この悪女め!! 公爵家の売女が! 好き勝手しやがって!! 悪魔のような女だ――ぶッ!」
呪詛を喚き散らす皇太子を、お嬢より先に、お嬢仕込みの右ストレートで黙らせる。
俺は腕を振り抜くと、足元に転がる皇太子に向かって初めて声を荒げた。
「お嬢は何も悪くない!!! 全部貴様が自身で招いたことだ! 暗殺者まで雇ってお嬢を襲うなんて、正気の沙汰じゃない!! まだ解らないのか!?」
皇帝が父の仇だと知らされたときにも湧かなかった憎しみの感情が、俺の中を渦巻いていた。
お嬢じゃあるまいし、拘束されている人間を全力で殴るなんて、あってはならない。
そんな思考とは裏腹に、俺は再び拳を握っていた。
……お嬢が止めなければ、俺はもう一度ヤツを殴っていただろう。
ぼんやりと立ち尽くす中、顔を腫れ上がらせた皇太子が運ばれていく。
酷い見た目だが、後日行われる裁判には問題なく出廷できるだろう。
残った貴族たちも、そそくさと退室していった。
――こうして、この場は幕引きとなった。
***
「――落ち着いた?」
あのままぼんやりとしていた俺はお嬢に手を引かれ、いつの間にか宮殿内にある客室の一室にいた。
静まり返ったこの部屋には、お嬢と俺の二人きりだ。
喧騒から離れ、話ができるように連れてきてくれたのだろう。
歩いている間に頭は冷えていたので、俺は静かに返事をする。
「……はい。お手数をおかけしました」
「気にしなくて良いわ。イキナリで驚いたこともあるでしょう? ……今まで黙っていて、悪かったわね」
お嬢はバツが悪そうに頬を掻いているが、俺の出自に関しては寝耳に水だったものの、元々は俺が記憶喪失だったせいなので気にしていない。
「謝らないでください。お嬢も公爵様も、俺のことを考えてくださっていたのでしょう? 今もまだ記憶は戻りませんし、次期皇帝と言われても、俺に務まるのかわかりませんが……」
イキナリ、ということを抜きにしても、やりたいかやりたくないかで言えば、正直皇帝なんてやりたくない。
他人から見れば棚ぼたと思うかもしれないが、決してそうは思えない。
今までお嬢の従者として過ごしてきたんだ、それがどれだけ大変なことなのか、考えるのもつらい。
……が、ノーとはお嬢も公爵様も言わせてくれないだろう。
それは先ほどのあの場で痛感している。
大恩あるお嬢と公爵様に選ばれたのだから、胸を張ってやり遂げるしかないんだ。
悲壮な決意を胸に言葉を紡げば、あっけらかんとしたお嬢の声が耳を打つ。
「あら、大丈夫よ。そりゃあ、まだまだ学ぶことはたくさんあるでしょうけど、ロベルトも皇太子妃予定だった私と同じ教育を受けているんですもの」
「え? それはだってセバスさんが『従者は主と机を並べて学ぶものだ、私も若かりし頃は旦那様と共に学んだものです』――って……」
「アンタ、まだ騙されてたの? 普通の従者が帝王学なんて学ぶはずないじゃない」
「そりゃ、オカシイとは思ってましたけど、公爵家だとこれが普通なんだ……って……」
狼狽える俺を、お嬢が盛大に笑う。
全く悪女らしからぬ、年相応の笑い声だ。
「どうせ今日の恰好も、正装させられてるとは思ってなかったんでしょ?」
「やけにカッチリしてるなーとは思いましたけど、主役であるお嬢の従者なので箔付けだと思ってました……」
ええ、いつも宮殿に行く時と同じように準備しようと思ったら、別の部屋に連れていかれて言われるがまま着せられるがまま、髪も固めてカフスボタンまで着けられたけど、そういうもんだと思ってましたよ……!
いつものお嬢の気まぐれだと思ったんですよ……!
「あはは! あー、おっかしい! 素直なのは良いことだけど、ロベルトはやっぱり危なっかしいわね!」
「……そうですよ。やっぱり俺は、お嬢が傍にいてくださらないと」
大変なことばかりに思考が行きがちだが、良いこともある。
今までは絶対に許されないと、固く己を戒めていたが……俺がカルヴェンテ公爵家の生き残りで次期皇帝候補なのであれば、従者としてでは望みようもなかった方法でお嬢の傍にいることができるかもしれない。
玉座の間から連れ出されたときから握られた手はそのままに、空いた手を壊れものを扱うようにお嬢の頬に添える。
「――お嬢、綺麗です」
「なっ……イキナリ何を言うの!」
「こういうことも、口に出して良くなったのかな……と」
悪びれずに笑みを浮かべてみるものの、お嬢に触れる手を振り払われないことに心底安堵する。
お嬢は視線をあちこちに彷徨わせながらも、頷く。
「……そうね、一応アンタは皇太子、みたいな立場になるわけだし……いつまでも私の従者みたいな対応ってわけにもいかないわね」
なら、もう我慢しなくて良いってことですね? と口に出しそうになり、こんなことまでお嬢に聞くのは良くないと思い直す。
快適そうなソファーも置かれているのに、何故かずっと立ち話をしていた俺たちだったが、丁度良い。
俺は跪くと、恭しくお嬢の手を取る。
「――お嬢。従者としてお傍にいることは出来なくなりましたが、これからもお嬢の一番傍にいることを……隣に並ぶことを、許してくださいますか?」
「い、嫌よ!」
俺もやり過ぎかな? とは思ったが、食い気味に否定されて心に大きなダメージを負う。
どうしよう、立ち直れるかわからん……。
「『お嬢』じゃなくて、ちゃんと私の名前……呼んでくれたら、考えてあげても良いわ」
「へっ」
思わず間抜けな声を出して顔を上げると、恥ずかしそうに頬を染めるお嬢が目に入った。
――そうか、それも許されるのか。
俺は吹き出しながら立ち上がると、可愛げの無い可愛いお嬢を腕の中に収める。
ジタバタしているが、構わず告げることにした。
「シルヴェット――愛しています。何があろうとも、貴女をお守りします。……絶対に、ゲームの間抜けみたいに殺されたりしないので、俺と結婚してください」
ゲームの魔王ルートで死んだ俺は、お嬢を守って死んだのだろう。
そこは自分のことなので、疑っていない。
だが、それで殺されてしまうとは情けない。
俺が死んだら、その先誰がお嬢を守るというのか?
愛しい人が世界を憎み、魔王となりたった一人取り残されるなど――許せない。
思わずお嬢を抱きしめる腕に力が入るが、おずおずと背中に回された腕の感触にハッとする。
「わ、私も……ロベルトが好き! 守ってくれなくても良いから、ずっと傍にいて!」
ぎゅうぎゅうと締め上げられながら、「魔王をバカにすんじゃないわよ!?」と照れた様子で何故かキレられるが、それすらも愛おしい。
「ダメですよ、俺はシルヴェットに何かあったら嫌なんです。さっきだって、あんな風に啖呵を切って……俺の身にもなってください。貴女のことは俺が守りたいのに、あべこべじゃないですか」
「何よ、私強いのよ!? なんたって、魔王にだってなれるんだから! そんなこと言うのロベルトくらいだわ!」
「だからですよ。お嬢がどんなに強くても、もしもっていうことはあるんですから」
「……っ! 私だってロベルトのこと守りたいんだから、イチャモンつけてんじゃないわよ! これから先も長いのよ! 何が起きるかわかったもんじゃないわ!」
「それは、これから一緒に考えましょう? ……あとお嬢、あんな風に脅しつけるのは良くないですよ。力で人は支配できないんですよ? お嬢がそのせいで恐れられるなんて、嫌です」
「うっさいわね! ロベルトが舐められたら困るから、今回だけ特別よ! 軽々しくあんなことしないわ!」
「……なら良かったです。魔王として君臨するのかと、肝が冷えました」
「そういうのは別に興味ないわ。さっきのもあんまり面白くなかったし……封印よ! やることは他にもたくさんあるんだから」
「それにしては愉しそうでしたが……ならこれからは是非、俺だけの魔王陛下でいてくださいね」
「何よ、それ。別に私、ロベルトのこと尻に敷こうとか、思ってないんだからね……!」
――多分それはもう手遅れですお嬢。
それからもポンポンと言葉を交わしていると、いつしかお嬢がクスクスと笑い出す。
やっとの思いで体を離して顔を覗き込むと、お嬢は声を潜め、秘め事のように囁いた。
「そういえば、勝手に流された噂の中で一つだけ正しいものがあったわね。――公爵令嬢は、いつも連れている従者に首ったけ――ですって」
そう言って柔らかく微笑むお嬢に、俺の心臓はもう爆発寸前だ。
だが、必死の思いで首を振ると、キョトンとするお嬢に「それは俺の聞いた話と違いますね」と咳払いし、訂正する。
眉を潜められるが、これだけは譲れない。
「――身の程知らずの従者の方が、お嬢に惚れ込んでいたんですよ」
顔を真っ赤に染めたお嬢に、唇を重ねたのだった――
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
というわけで、従者とお嬢のお話でした!
終盤ロベルト別人じゃね? と思われた方、いらっしゃいましたらごめんなさい……。
お嬢のターン中はツッコミくらいしか出番が……(汗)
活動報告にも色々と書いていますので、ご興味ありましたら是非覗いてくださいませ。
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/684063/blogkey/2921678/
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