宝箱発見!
道は曲がりくねっていたが、一本道だった。時おり狭くなったりすることがあったが、特に問題なく先へと進めるので、俺はどこか拍子抜けをしていた。
ずっと足元には気を付けているが、シャルムが言っていた毒サソリどころかネズミ一匹も見当たらなかった。
「こんな重装備、必要なかったかもな」
俺は全身、鉄の鎧のフル装備である。こんなものを装備するには本当は【鎧装備】なんてものが必要なのだろう。あと【両手剣装備】も。
明らかに俺には装備するだけで一苦労、歩くだけでも鎧の下では汗が溢れている。むしろ洞窟のひんやりした気温に助けられているといったところだ。これが炎天下なら熱中症どころか焼肉状態だった。準備とスキルって大切だよなぁ。
「まだ油断はできませんよ。宝箱を取って、洞窟を出るまでは」
小一時間歩いただろうか。軽装のシリウスが油断大敵を匂わせてくる。
彼も戦闘に対してイケイケだったのが、次第に慎重さを見せている。俺たちはこの訓練を始めて、意識が変わりつつあるのを否定できなかった。
「そもそもダジュームに来たばかりの俺たちに、そんなハードな洞窟に放り込むとは思えないよ。ここは戦闘訓練というよりも、メンタル的なものを試す訓練なのかもな。よくあるじゃないか、そういうの。まずは君たちの勇気を試した、みたいなの」
シャルムにとって俺たちは契約者である。異世界ハローワークの業務形態として、俺たちがジョブに就かなければ収入は発生しないはずなのだ。いきなり契約者を死なせてしまったら、元も子もないではないか。
「モンスターと戦わずして、すでに俺たちは準備や魔法の大切さを知ったわけだし」
「それはそうですけど……」
「そうなんだって。契約書、読んだだろ? 俺たちにジョブを斡旋して、そのあとで俺たちの給料からピンハネするんだからさ。一日目から危険な目に晒すとは思えない」
「ピンハネって言い方、よくないですよ。僕たちは助けてもらった立場なんですから」
「助けてもらったからこそ、最初の訓練からそんな生死をさまようようなことはないって考えるのが普通さ」
俺はこの訓練の意味を深読みし、その目的を見極めようとしていた。
「あ、ケンタさん!」
と、この訓練の意味を想像していたらシリウスが声を上げた。
ようやく一本道が終わり、一気に視界が開けたのだ。
ホイップのファイヤーボールでその空間を照らし出す。
「うわ、すげえ」
俺は思わずうなってしまった。
一本道の先に待ち構えていたのは、広すぎる空洞。一気に天井が高くなり、まるで体育館がすっぽり入りそうな空間が広がっていたのだ。
「まさか洞窟の中がこんなことになってるとはな」
そしてここが行き止まりのようで、先に続く道は見つからなかった。
「あ、あれ!」
シリウスが指をさす先、この大部屋の反対側の壁に台座が鎮座していた。
「あれが宝箱か!」
よくRPGなんかである立派な宝箱ではなく、それはただの古い木箱だった。だが、シャルムの言う宝箱に違いなかろう。
「意外と簡単でしたね」
「そうだな……」
これが最初の訓練ということで、あまり無茶はさせられないであろうと踏んだ俺ではあったが、これではさすがに容易すぎる気がしないでもない。
そもそもモンスターと戦う戦闘訓練、という名目だったはずだ。
シャルムが言っていた毒サソリの一匹すら、出会ってはいないのが気になる。俺たちをビビらせるためだけだったのか?
「とりあえず、宝箱のところまで行ってみよう」
広い空洞を横切り、まっすぐ奥の壁際に向かう。
ここは地面も整地されたように、小石もほとんど転がっていない。どこからか風が流れる音が聞こえるので、もしかしたら壁や天井に穴くらいは開いているのかもしれない。
「さ、開けますか?」
宝箱の前に膝をつき、俺を見上げるシリウス。
「やっぱり、おかしいよな? 戦闘訓練なら少しくらいの戦闘機会が考慮されているのが普通だけど……」
うまくいきすぎの現状に、楽観的に考えていた俺は少し不安になり始める。
「あのシャルムさんのことですから、いつだってモンスターに出会うことを考えて準備が重要だということを伝えるための訓練ではないですか?」
「そのために俺たちに装備を自由に選ばせた……。明かりのこともあるし、ひねくれたドSシャルムのことだからな」
俺たちのそばで照らしてくれているホイップをチラリと見る。
「今のシャルム様への悪口は減点ポイントですよ!」
口をとがらせているホイップだが、これ以上ヒントはくれなさそうだ。
「でもシャルムさんがわざわざ毒サソリの名前を出したってことは……?」
「毒サソリに対する準備をしておけと? ということは、この宝箱の中に……」
「そう考えるのが、正しいかもしれません」
俺とシリウスは同じ結論に到達し、二人で深く頷いた。
おそらく、この宝箱の中に毒サソリが潜んでいる!
本来ならどこでモンスターと出会うかは分からない。十分な準備をしていないときに襲われることもありうるのだ。
【危険察知】スキル。
それもきっと戦闘スキルのうちのひとつだろう。今、この宝箱を開ける際に俺とシリウスが至った推論がそれである。
俺は昔から最悪のことを考えて行動してきたのだ。最悪の事態を想像できるというのは、俺の癖であり長所なのだ。
初めてのことをするのに、どれだけ考えすぎても無駄ではない。
想像と経験を繰り返し、人は強くなっていくのだ。
「毒サソリなら、刺されなければなんてことないはずだ。ここは全身鎧の俺が開けるべきだ。ちょっとやそっとじゃ、小さなサソリの針に刺されることはないから」
軽装備で肌が晒されているシリウスの肩を叩いた。
ここにきて俺の重装備が役に立つことになった。
最初はとにかく死にたくないので防御力を上げようと考えて選んだ装備だったが、これなら小さなサソリくらいならどうってことないだろう。最悪、踏んづければ楽勝である。
「わかりました。ここは任せます」
シリウスが一歩下がり、槍を構える。
俺は兜のシールドを下ろし、完全防御完成である。これでサソリに刺される隙など一切ない!
「開けるぞ……」
俺は宝箱の蓋に手をかける。
準備はできているとはいえ、俺も手が震えそうになる。
毒サソリが何匹入っているかも分からない。開けた瞬間、飛び出してくるかもしれない。
このダジュームで初めて遭遇するモンスターに、俺たちができる準備などたかがしれているだろう。想像力とは結局は知識と経験には勝てない。
シャルムはこのことを俺たちに伝えたかったのかもしれない。
俺たちは今、想像を超えた未知の経験を積もうとしている。
「3、2、1……」
ガバッと、一気にフタを開け、俺はその勢いで後ろに下がる。鎧の重さで尻もちをつきそうになったが、毒サソリに来襲に備えてぐっとこらえる。
隣ではシリウスが槍を宝箱に向け、臨戦態勢を取っている。
……。
…………。
………………。
「あれ?」
何も起こらなかった。
宝箱は蓋をぱっくりと開けたまま、変化がない。何かが飛び出してくる様子もない。まるで屍のようだ。
先に動いたのはシリウス。
「ケンタさん?」
ゆっくりと宝箱の中を覗き込み、俺に合図する。
俺もおそるおそる、その箱の中を確認する。
宝箱の中に、俺たちが想像したような毒サソリはまったくいなかった。
その代わりと言っては何だが、小さな輪っかが二つ、申し訳なさそうにちょこんと置かれていた。
「これは……!」
その一つを取り出す。どこかで見覚えがある。
「腕輪だ」
そう、シャルムがつけていた腕輪によく似ていた。
あれよりも少し小さく、よりシンプル。
「これを持って、外に出れば最初の訓練は終わりってことか?」
「この腕輪もシャルムさんが仕込んでいたんでしょうね」
シリウスももう一つの腕輪を取り出し、さっそく自分の腕にはめようとしている。
「おいおい、大丈夫か? 呪いの装備とかの可能性、ない?」
「考えすぎですって。腕に付けておけば、なくすこともないですし」
その腕輪はシリウスの腕にぴったりはまった。
「ほらピッタリです。でもケンタさんは、鉄の鎧のせいでつけられませんね」
全体は黒く、赤い文様が描かれた腕輪をはめたシリウスが、それを見せてくる。
確かに俺の腕は手の甲までしっかり重厚な鉄の小手に覆われていて、腕輪を付けることはできなかった。
仕方なく、胸のプレートの隙間に腕輪をはめる。
「よし、宝も取ったことだし、あとはさっさとここを脱出するだけだ!」
「そうですね。やはりシャルムさんはダジュームで生きることの心構えを教えようとしてくれたんですね!」
俺とシリウスは宝箱をあとにし、元来た道へ戻ることにした。
おそらくシャルムがこの訓練で言いたかったのは。そういうことだろう。
当たり前にモンスターがいる世界での、アイソトープとしての心構え。それを俺たちが気付くための訓練だったのだ。
元の世界で野良犬と出会うのとはわけが違うんだぞってことだ。
「こういった気持ちの持ち方は、教えられるだけじゃなかなか身につかないからな。さすがシャルム、異世界ハローワークの所長だ」
アイソトープの扱いには慣れてやがるぜ。
戦闘にならなかったことでほっとしながら、小走りで元の道に向かっているときだった。
――ゴゴゴ。
「ん?」
背後で何かが動くような音がして、俺は思わず振り返った。
「どうしましたか?」
先を行くシリウスも、ふと立ち止まる。
――ゴゴゴゴゴ。
やはり、このままでは終わらなかったのだ。