初めての訓練
「やばいやばい。死にたくねーよ。やばいやばい……」
俺は武器庫で鉄の鎧を身に着けながら、呪詛のようにつぶやいていた。
「そもそも話が違うじゃねーか! 戦わなくていいって言われたからサインしたのに、いきなり戦闘訓練だなんて! 詐欺だ!」
俺はモンスターと戦う戦闘スキルよりも、まったりスローライフができる生活スキルを身につけたいのだ。
なのにいきなり戦闘訓練だって? 話が違いすぎる!
「こうなったらなんとしても生き残らなければ……。やっぱり防御を固めるのが先決だ。絶対に食われてなるもんか。やばいやばい」
俺はガチガチに強固な鉄の鎧を全身に身につける。
モンスターと戦うとなると、まずは防御である。なにせモンスターは俺たちアイソトープのことを餌だと思っているらしい。できるだけ素肌を隠す必要があるのだ。食べられないように防御を固めるのが生き延びる術である。こんなことなら「孫氏の兵法」を読んどきゃよかった!
「ケンタさん、そんなに重そうな鎧を装備して、動けますか?」
一方でシリウスは皮であつらえた鎧を着こみ、手には槍を持っている。かなりの軽装備で、素肌が丸見えの部分もある。
「お前こそ、そんな軽装でモンスターと戦う気かよ? リスクマネジメントがなってないぞ!」
俺は壁に立てかけてある、一番大きなバスタードソードを握る。
これで見た目は重戦車である。早々に食われることはないだろう。
「だってモンスターは素早そうですし。この槍で距離を取って戦えば、なんとかなるかなと思いまして」
「マジで戦う気かよ? そんなんじゃ一撃でも食らったらもう終わりだぞ! やばくなったら助けてくれるってシャルムは言ってたけど、そんなの信じられっかよ!」
「あら、そんなこと言うなら助けなくてもいいのよ」
「ギャア!」
いつの間にか武器庫の入り口にシャルムが立っていた。
「用意ができたんなら、行くわよ。安心しなさい。大事な契約者をいきなり殺させるわけにはいかないからね。これもあなたたちの戦闘スキルの有無を見るためのものだから……、って、あなた本気でその装備で行く気?」
シャルムは鉄の鎧で全身を固めた俺のことを二度見した。
「好きなもの装備しろって言ったでしょ!」
「言ったけど、それで動けるの?」
「俺はまだ死にたくないんですよ! 防御や、防御を固めるんや!」
さらにでかい角が両サイドに付いた兜をすっぽりかぶる。その重さで首が座っていない赤ちゃんのようになるが、ないよりかはましである。頭を狙われるのが一番こわいですからね!
「……好きにしなさい。シリウスのほうは、なるほどね。じゃあ、行くわよ」
俺にはため息、シリウスには納得といったふうに、シャルムは俺たちを手招きした。
「う、動けますか?」
「お、おもい……」
少し動くだけでギシギシ響く鎧フル装備に、でかすぎるバスタードソードを引きずりながら、俺は武器庫をあとにした。歩くだけで体力が減りそう。
これもすべて生き残るための合理的な装備なんや!
俺とシリウスは馬車に乗り込み、そのまましばらく揺られ続けた。どこへ向かっているのかは皆目見当もつかないが、さっきの町とは反対方向に向かっているという気だけはした。
俺の装備が重すぎるせいなのか、馬車のスピードが少し遅い気もするが、気のせいだろう。
荷台にはホイップの姿が見えないのは、御者と一緒に馬を操っているかららしい。
「これは訓練だから、各自で考えて行動してみて」
道中ではシャルムは書類をめくりながら、俺たちに説明を始めた。
おそらくあの書類は、評価シートのようなものだろう。俺たちの戦い方を見て、シャルムが適性スキルを探るつもりなのだ。
「ちなみに言っとくけど、装備の選び方もすでに評価に入ってるから。E判定のケンタくん」
「えー! 俺、すでにE判定なんすか!」
「当たり前でしょ! ろくに動けもしないくせに! ま、講評はすべて終わってからするわ」
E判定を食らった俺ではあるが、これは逆に考えると朗報でもある。
下手に本気を出して戦闘スキルがあると判断された場合、肉体労働系のジョブをあてがわれる可能性があるのだ。最前線でモンスターと戦うような仕事にだけは絶対就きたくない。
「よし、できるだけ逃げ回ってこの訓練を終わらせよう……」
俺は誰にも聞かれないような小さな声で目標をつぶやいた。
「なんか言った?」
「な、なんでもないです!」
この人、耳もいいんだよな!
「あの、シャルムさん? もしこの訓練で戦闘スキルの評価が良ければ、どういうジョブが紹介されるんでしょうか?」
俺の隣でまるで緊張していないかのようなシリウスが質問をした。
それは俺も気になっていたことである。戦闘スキルによるジョブは、絶対に到達してはいけないバッドエンドである。
「ひとつの訓練だけで決めるわけじゃないけど、戦闘スキルがあるアイソトープは町の護衛団や、モンスター討伐隊なんかになるケースが多いかしら。ただ、魔法が使えないとなかなか難しいわね、こういったジョブは」
書類に何かを書き込みながら、シャルムが答える。
そういえば、シャルムも魔法が使えるのだろうかと、ふと脳裏に浮かんだ。ダジュームの人間なら、誰でも使えるみたいな話は資料にも書いてあった気がするが。
「戦闘スキルを活用できる仕事は、その分お給料もいいからね。ダジュームでは花形のジョブなのよ、戦闘ジョブは。アイソトープには難しいけど」
ペンを左右に揺らしながら、シャルムが説明してくる。
命あっての物種である。俺は絶対にそんな仕事に就くつもりはない。
しかしシリウスは、違うようだ。グイグイと質問をする。
「魔法を使えるようになるには、どうすればいいんでしょうか?」
「一番は、やっぱり才能ね。その次に、訓練かしら。実はアイソトープが魔法を使えるようになること自体はそう珍しいことじゃないの。簡単な魔法なら習得できるだろうけど、戦闘に使えるレベルになるには難しいってコト」
「なるほど……」
隣を見ると、シリウスは得心したような顔で顎を擦っていた。
まさかこいつ、マジで魔法を習得して戦闘ジョブに就こうとしているのか? なんて野心家なんだよ。ドMなのか?
俺は図書館の司書とか、そういう平和的なやつでいいんだけどなぁ。【司書】スキルってないのかしら?
「魔法が使えなくても、体術が秀でていれば戦闘ジョブに就くこともできるしね。戦闘スキルっていうのはトータルでの判断なのよ」
「それを見極めるのがシャルムさんということですか?」
「そ。戦闘スキルの素質があれば、過去には王の側近や、勇者のパーティーに入るケースもあったみたいよ」
勇者の仲間になんてなったら地獄じゃねーか! 何が悲しくて魔王と戦わなきゃなんねーんだ! 戦闘の最前線じゃねーか!
「異世界ハローワークとしても、いい仕事に就かせられれば私への報酬も大きくなるわけだから、あなたたちもがんばってね!」
バチンとウインクをキメるシャルムである。
つまりは俺たちアイソトープに訓練をして、成長させて売り払うのがこのシャルムの仕事なのである。俺たちはまるでドナドナの牛だ。
「がんばりましょう、ケンタさん! 勇者のパーティーなんて、わくわくしますね!」
俺が肝を冷やしていると、シリウスが満面の笑みで拳を握っていた。さっきよりやる気がみなぎっているようで、俺はちょっと引いてしまう。
「あ、ああ。そうだな……」
ひとまず調子だけは合わせておいて、俺は健康第一を心に誓った。
「さ、着いたわよ」
馬車が止まり、窓から見える景色は緑が少なくなっていた。
シャルムが降り、続けて俺たちもあとに続く。しかし装備が重すぎて、馬車から降りるだけで一苦労だ。防御力全振りの弊害である。素早さゼロ、むしろマイナス。
「おつかれさまです、ケンタさん! いよいよ訓練ですね! ワクワクしますね!」
俺の気苦労も知らずに、ホイップがぴゃらぴゃらと俺の周りを飛び回っている。
「こんなところで何をやるんですか?」
目の前に広がっていたのは、荒れ果てた荒野である。山肌に緑はなく、荒々しい岩が隆起している。地面はひび割れし、そのひびから白い煙が噴き出ている。
まるで決戦の場である。戦隊ものが敵と戦うのにうってつけの場所だ。ここなら最後に爆発しても誰にも迷惑がかからない。
やっぱりこんなところで行われる訓練がまともなわけがないではないか!
「あれは、洞窟?」
シリウスがあたりを見渡しながら、つぶやいた。
俺もすぐその言葉の意味に気づく。山肌にぽかんと穴が開いているのだ。
「そ。二人であそこに入って、一番奥にある宝箱を持って帰ってきて」
すでにシャルムは折り畳み式の椅子を広げ、どっかりと腰を下ろしていた。サングラスをかけ、どこから持ってきたのかクーラーボックスからワインを取り出している。
その姿は大御所の映画監督のようだ。
「ちょっとシャルム! 俺たち二人で行くんですか? 危なくなったら助けてくれるって言ってたじゃないですか!」
「なんで私が行かなきゃいけないのよ。中の様子はホイップに見てもらうから、大丈夫よ」
ポン、と景気よく抜かれたワインのコルクを、空中でホイップがキャッチした。
「異世界ハローワークの雑用係兼、監視役ですのでお任せください!」
キリッと敬礼ポーズのホイップは、しゅたっとシャルムの肩に着地した。
「心配しないで。この洞窟の中にはそんなやばいモンスターはいないから。あ、でも毒サソリだけには注意してね。刺されると二秒で死ぬから」
グラスにワインを注ぎながら、シャルムが怖ろしいことを言い出した。
「俺はもう訓練を辞退します! 戦闘スキルはE判定で結構ですから!」
降参である。
戦闘スキルを見極めるだけならば、わざわざそんな危険なことをする必要がないのだ。最初から適性がないことにして、他の訓練でがんばればいい。
もっと平和な【料理】や【掃除】とか、そういうやつの適性を訓練したい!
「シリウスもそう思うよな? 最初の訓練で無理して死んだら意味がないだろ? ダジュームで生きていくために契約したのに、それじゃ話が違うよな!」
さすがに向上心の塊であるシリウスも、さっきのシャルムの話を聞いてしまっては、気持ちも変わってしまうことだろう。こんなおどろおどろしい洞窟に入って、毒サソリを相手にするなんて、正気じゃない!
そのシリウスは少しうつむき、唇を噛みしめていた。
「俺はショップの店員さんとか、そういうジョブで大丈夫だから! もしくは農家とか、そういう平和な仕事でスローライフを……」
バリン!
シャルムの持つワイングラスが、いきなり割れた。
いや、割れたというよりは、木っ端みじんに砕け散ったのだ。
「シャ、シャルム様……?」
それに驚いたのはホイップである。コルクを両手でギュッと抱きしめ、肩をすくめている。
当然、俺も自分の発言が原因であろうということは想像がつくので、半笑いの表情のまま固まってしまった。
「ひとつ言っとくけどね、あなたはダジュームをなめてるの?」
「え……?」
シャルムは左耳のピアスを弄びながら、きわめて冷静に俺に問いかけてきた。その落ち着きようが、もう怖すぎる。
「このダジュームで生きるということは、モンスターにいつ襲われるか分からないってことなのよ。アイソトープならなおさらよね? 町にいれば安全? 農家は戦わないでいい? スローライフなら悠悠自適だって? バカじゃないの? なめてるの?」
シャルムは声をひそめながら、俺を叱咤する。
「みんなモンスターと戦いながら、必死で生きているのよ。毎日、生きるか死ぬかの瀬戸際で、戦いながら生活してるの。こんな訓練、戦闘スキル以前のレベルなの」
俺はピクリとも動けなかった。
「いつも誰かがあなたを守ってくれるとは思わないで。自分の身を守るのは自分。あなたたちアイソトープが簡単に働けるほど、この世界は甘くないのよ!」
最後通告のように、シャルムは俺たちに現実を突きつけた。
そうなんだ。このダジュームではモンスターにいつどこで襲われるかは分からない。この世界の人たちは、いつでもモンスターと戦いながら生きているのだ。
必要最低限で基本的な戦闘スキルは必須。おそらく自転車に乗るくらい、当たり前のスキルなのだ。生活スキルさえあれば生きていけるというのは甘かった。
「ましてや僕たちアイソトープはモンスターを引き付けてしまう……」
シリウスがひとりごちた。
そうなのだ。モンスターをおびき寄せ、しかも戦闘スキルがない役立たずのアイソトープを、誰が雇ってくれるというのだ? そんな奴にジョブなんてあるわけない……。
「さあ、どうする? この訓練から逃れたら、それはすなわち契約を破棄することにもなるのよ? それが何を意味するか……」
「生活スキル以前に、こんな初歩の戦闘訓練でビビるような奴に与える仕事はないってことですよね」
俺はつばを飲み込み、自分自身に気合を入れるように胸を叩いた。
「そういうコト。仕事どころか、生きる資格もないってコト」
俺の答えに満足したのか、シャルムはにっこり笑ってグラスにワインを注ぎ始めた。
あれ? そのグラス割れたんじゃ……? どういうコト?
「やはり僕たちには、この道しか残っていないんですよ」
槍を両手に構えたシリウスが、一歩踏み出した。
「ああ。行くしかないってことだよな」
年下のシリウスを前に、もう逃げることはできない。ちらと、監視役のホイップを見ると彼女もバターナイフを持って行く気満々である。
「もう準備はOKかしら? 洞窟の中で起こることはすべて訓練よ。どんな方法を使ってもいいから、切り抜けてみなさい!」
ワインを口に含みながら、完全にこの状況を楽しんでいるシャルムである。
完全な投げっぱなし、ひとりバカンス気分である。
「やばくなったら、引き返そうな? 無理はしないように、慎重にいくぞ?」
「はい。死ぬ前に一気に片づけましょう」
シリウスには俺の意図が伝わっているのか不安だったが、洞窟に向かった一歩、踏み出す。
全身鎧に守られてるんだから、毒サソリに刺されることはないよな?
「ケンタさんとシリウスさん、洞窟へ入場しまーす!」
ホイップの陽気な声が響き、俺たちはぽかんと穴が開いた洞窟へと、足を踏み入れるのだった。小さな決意と、大きな不安を抱えながら。