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第三話 健全な脱衣

 エメラルド刑務所は、王都郊外に位置する最大級の女囚収容所である。ちなみにここの他にダイアモンド刑務所、ルビー刑務所と二つの刑務所があり、これらが王国内の三大大型刑務所と言われている。

 

 本日より収監されるセレスとミラの二人は、馬車を降り、収容者用の横門を通った後、広めの部屋へと通された。


「ようこそエメラルド収容所へ。歓迎しますよ新人のお二人さん。私は所長を務めるマートンです」


 ふくよかな体型で小さな眼鏡をかけた、第一印象は太ったフクロウの様な初老の男はそう名乗った。


 彼はまるで孫に久々に再会した祖父のような、邪気のない満面の笑みで、二人を見ていた。周りには警棒を腰にぶら下げた屈強な刑務官男達が数人、直立姿勢でジッとしている。


「さて、君達の名前は何かな?」


 マートンの問いかけに、反射的に口を開いたのはセレスだった。


「私の名前はセレスティーヌ――」

「ちがぁあぁう!! 君の名前はそんな洒落た名前では無い! 断じて無い! 君は今日から囚人番号1015番であって、それがここでの君の名前だっ! 分かったら返事をするんだっ! 1015番っ! アァン!?」


 彼は自己紹介をしようとしたセレスの言葉を途中で遮り、ドスを利かせて低い声でそう叫んだ。数秒前とはまるで別人、目をギョロつかせ唾を周囲に飛ばしながら、高圧的な態度で彼女を睨みつけた。


「……分かりました。失礼しましたマートン所長」

「うんうん、素直で宜しい。1015番、素直な子は良いよ。とても良い」


 彼女の返事にころりと態度を軟化させたマートン所長は優しくそう言った。


 エメラルド刑務所に勤める者達にとって、女囚人とは嫌悪と蔑視の象徴である。まず出会いがしらに自分の立場を分からせて、どちらが上であるかをしっかり囚人に認識させるのはここでの常套手段。当たり前の規定事項であった。


 不服そうなセレスを横目で見て、ミラはくっくと笑った。


「1015番、1016番、君らには本日より、各自それぞれの刑期間は共同生活をして貰います。まずは簡単にここのシステムから説明しましょう」


 マートン所長の説明が始まる。学園で使っている様な黒板に石灰で出来たチョークで文字を書いていく。


「ここでは、約1000人の屑共……、じゃなかった囚人達がいます。これが先ず組み分けで4組、大体250人ずつで赤組、黄組、青組、黒組に分かれます。そしてその中から更に班分けが行われ、一班は10人前後となります、分かったら返事!」

「「分かりました」」

「宜しい、君らの手首に有る色つきプレートを見れば組と班は一目瞭然ですね」


 ここに入る前、セレスの手首には金属製の小さい腕輪が嵌められた。そこには小指くらいの小さくて薄っぺらい黒っぽいプレートに"20班 1015"と記載されていた。つまり彼女は黒組の20班に配属されたということだ。


「就寝時間、食事時間、勤務時間、その他諸々、ここでのルールは班長に聞くと良い。細かい規定は就寝部屋にマニュアルが冊子で置いてある。それを細部までしっかり確認することだ。返事!」

「「分かりました」」

「とても宜しい。一つだけアドバイスをしましょう。ここで生き残る為には、つまらないプライドは捨てて、周囲に迎合し、長い物に巻かれ、そして私達職員には決して逆らわないことです。良いですか?」

「「分かりました」」

「オウムか君達は……、まぁ宜しいとしましょう」


 マートン所長の説明が終わる。この後は女性刑務官に身体検査をされた後、彼女ら二名は独房へと移されそこで生活していくことになる。しかしその前に……。


「さて、君達は身体検査の前に、ここで一度服を全て脱いで裸になって貰いましょうか。あぁ安心して下さい、私達は手を出しません。危険物や凶器の持ち込みが無いか、簡単に証明して貰うだけですからね」


 分かりましたと言うミラに対して、セレスは何も言わず怪訝そうな顔をした。


「1015番ンッ!! 返事はどうしたぁ!? アァン!?」

「……」


 セレスは嫌だった。所長だけでなく、数人いる刑務官も皆男性である。そんな中、さながらストリップ嬢のように服を脱ぐなど、断固拒否である。絶対に嫌である。


 しかも周りにいる奴等のいやらしい目線。仕事上しょうがなく、と言う訳では無い。普段中々お目にかかれない貴族の令嬢の肢体を直接拝んでやろうと、下卑た下心丸見えな血走った目をしている。


「1015番ンッッ!! その態度は何だ!? 逆らうのか!? この所長であるマートンに対してッ! 歯向かうと言うのだなァァ!!??」

「そういう訳では無いですけれど……」

「この仕事を長くやっているとなァ……、たまに居るんだ貴様のような勘違いした元貴族がっ! 気位が高く、自分の立場が飲み込めずっ、あろうことかここでの神に匹敵するこのマートンに逆らう身の程知らずがなァ!!」


 いくら犯罪者として過ごすことになろうと彼女は身も心も公爵令嬢である。素肌を見せる異性はいつか出会う未来の旦那様只一人と決めている。


 よって、いくらマートンに怒鳴られ、凄まれようとも、こんな衆人監視というか囚人視姦みたいな状況で服を脱ぐなど、彼女にとっては論外である。となると。


「アンリ」

「ほいほーい、呼ばれて飛び出て金髪魔女っ子登場っ!」


 ボソッと名前を呼ぶと、何も無い所からお馴染の悪霊が煙のように出現。ランプとか擦る必要無い分、簡単に呼び出せるのは楽で良い。


「なんとか出来る?」

「ふっふーん。誰に問いかけておる、おぬしの前におるのは世界一の大魔女じゃ、不可能なぞ無いわい」


 セレスの身体にアンリが重なるように入って行く。彼女の中には二つの精神が入り、二人の意識は同時に存在する。例えるなら一つの船に船長が二人乗っているような状況である。


 こうしてまたもやセレスの身体にはアンリが憑依しているが、以前と違い双方意識は有るので、セレスにも憑依中の彼女の行動は分かるし、最悪身体の舵取りを奪い返すことも出来る。


 そして見た目はセレス、中身はアンリとなった彼女はマートンに言葉を返す。


「あい分かった。脱ぐっ!」

「ふん、最初から素直にそう言えば良いのだ。宜しく無いなァ」

「シュビドゥバッバーン♪」


 変な歌を口ずさみながら、アンリ憑依中セレスは着ている服をいそいそと脱いだ。


 歳とって枯れ気味な所長以外の男達は全員が彼女を凝視した。しかし。


「み、見えないっ……!?」


 誰かが呟いた。そう、彼女が服を脱いでそれらを脇に置いた為、恐らくすっぽんぽんなのは分かるが、大事な所が謎の光で隠されていて見えないのである。


「ば、馬鹿な!? なんの魔法だ!? いや、そもそもエメラルド刑務所では魔法は使えない筈、何故だ!?」

「もう服着て良いかの? 見ての通り、丸腰じゃ。危険な物は無いと証明されたじゃろ」


 マートン所長は混乱した。そう、エメラルド刑務所内は、極端に魔力が薄い場所に建てられた為、誰であろうと魔法は使えない。例えるなら空気が無い所で火がついた、くらいの訳も分からぬ状況である。


 訳が分からぬが、ともあれ難癖付けて彼女に罰則を与えることは難しく無い。しかし、彼はそうしなかった。


「……1015番、退出して宜しい。次は奥の部屋で女性刑務官から説明を受けるように」

「お、素直でいいのう」

「しょ、所長? 宜しいのですか?」

「構わん」


 マートンが所長になるまでに出世し至ったのは、彼は余計な事には首を突っ込まない保守的な男だったからに他ならない。


 長い間この刑務所に勤めると、常識的物差しでは測れない事をする囚人は度々居る。そういう奴とは極力関わらない。下手に関わると問題が起きた場合、責任の所在を問われた際に彼もその一人になってしまう。


 貴族のボンクラ令嬢かと思いきや、彼の危機回避センサーにセレスは引っかかった。この娘に余計なちょっかいはかけないと、彼は決断した。


 その後、セレスは別室にて女性刑務官からの簡単な身体検査をされ、特に問題無いと判断された後、ミラと共に鉄格子が立派な二人部屋へと連れて行かれた。


 木で出来た机と二段ベッドが在るだけの部屋、あまり広くは無い。


「さっきのどうやったんだ? てかお前魔法使えないって言って無かった?」

「さぁ、私もどうやったのかは分からないわ」

「なんだそれ、秘密って感じかよ。ま、いいけどさ」


 肉体の支配権はセレスが取り戻していた。ミラと相部屋になった彼女は取りあえずなんとかやり過ごしたことにホッと一安心。


「……ここでは魔法使えないって聞いたけど、どうやったの?」

「魔女と謎の光は切っても切れぬ関係じゃからな」

「答えになって無いけど……」


 ともあれ彼女のおかげで助かった。


「ありがとうね」

「気にするでない。我の封印を解くまではおぬしとは協力関係じゃ。困ったことがいつでも呼べ、セレス」


 そう言って、アンリはまた消えていった。勝手気ままな悪霊だが、取りあえず会話が成立する分なんとか付き合っていけそうである。


 時刻は夕方、この後は彼女らが配属される20班の人達と顔合わせをして、夕食をとった後は自由時間、そして就寝という流れだ。



 彼女は二段ベッドの下段に寝っ転がる。割と柔らかい。これまた彼女はホッと一安心。


 刑務官から呼び出されるまで、セレスはつかの間の休息をとるのであった。


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