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第一話 令嬢と婚約破棄はセット

 セレスがエメラルド刑務所に送られる一週間前、彼女は王宮にて、婚約者である第二王子リチャードと対面していた。


「貴殿にはもうかける言葉も見つからん! セレス! 婚約は破棄させてもらう!」

「はぁ」


 急に王宮に呼ばれたと思ったら、開口一番突きつけられる婚約破棄。興奮しながら叫ぶ王子に対し、彼女はため息なのか返事なのかも曖昧な、呆れたような声を出した。


「リチャード様ぁ……、セレス様が私のことを睨んでいますわ……、ふぇぇ……怖いですぅ……」

「よしよしレイナ、安心しろ。俺がついている。何も恐れることは無い、セレスにされてきた多くの嫌がらせのことも、ちゃんと然るべき報いは受けさせてやるからな?」

「きゃー! リチャード様カッコいいですぅ……!」


 王子にしな垂れかかる様にして涙を浮かべながら震えている、小動物の様に愛らしい彼女の名はレイナ・シフォン。平民でありながら第二王子リチャードの心を射止めた美少女である。


 まだ学生の身分である彼や彼女らは王都のアメス学園にて、現在進行形で青春を送っているのである。


 賢明な読者諸君は何となく流れが想像ついていると思うが、このレイナという少女がさながら泥棒猫が如く王子の心を掻っ攫い、おまけにセレスに嫌がらせを受けただとか苛められただとか、有ること無い事王子に吹き込んだ為、現在このような状況になっているのである。え? 分かり辛い? 想像力を働かせろ。


「まぁ、婚約を解消すると言うのなら謹んでお受け致します。レイナ嬢とお幸せに」


 セレスはぺこりと頭を下げてそう言った。サッと身を翻し、足早に帰るつもりである。


 彼女は正直なところ婚約破棄は望むところだった。自信家で短慮、良い所は顔くらいなリチャード王子の事がそんなに好きでは無かったし、王妃とか権力とか、そういうのにも興味が無い。おまけに学園ではセレスを貶めて次期王妃になってやろうとする血気盛んな女性徒達は非常に多く、そういう女の争いだとか恋愛頭脳戦だとか、ぶっちゃけ面倒臭いというのが彼女の本音だった。


 第一王子が愚鈍な上に色々な事情込みで、現在王位継承に一番近いのはこの第二王子リチャードと囁かれている。正に勝ち馬。伴侶になれればその後の人生は、約束された勝利の道と書いてエクスカリバーである。まぁそれは一般的な大衆及び、男の価値は肩書と思ってるようなレイナみたいな人達の考え方であり、兎も角セレスは彼と結婚すれば幸せになれるとは思っていなかった。


 婚約破棄するのは別に良いけど、わざわざ休日に王宮まで呼び出さずに書面で公爵家に送ってくれれば良かったのに、とかセレスは思ったが、特に指摘はしなかった。用が済んだならこの面倒臭い二人の前にいる必要はない。とっとと退散したい。


「何だその態度は! 殊勝に謝罪すれば許してやろうと思っていたのに……!」 

「レイナ様、殿下、申し訳ありませんでした。反省してますので失礼致します」

「なっ!? 俺様を舐めくさりおって! 出来ないとでも思ってるのか? ここにいる衛兵は俺様の親衛隊だ! おい! 衛兵! この女を地下牢に連れて行け! 己が罪を悔やみ、レイナに誠心誠意の謝罪をするまで決して出すな!」

「いや、だから謝ってるじゃないですか」

「ぷぷぷ……、良い気味ですぅ……」

「ちょ、殿下ー後ろの恋人さんの表情見てー」


 セレスの慌てる様を見て、にやにやと意地悪そうに笑っているレイナ、そんな彼女の表情に王子は気付かない。恋は盲目である。


 王子の命令に、周りにいた中年くらいの衛兵たちはわらわらとセレスの前に集まって行く。皆、やりたくない仕事を嫌々ながらやる顔をしていた。


 セレスは魔法は使えないが、とある事情により実は対人戦闘になれば無双の強さを誇る。相手はたかが武装兵数人、この場で大立ち回りして屍の山を築くのは簡単だが、衛兵の方々も仕事だからやってる訳で、その人達をボコボコにしてこの場から逃げるのはちょっと忍びないなぁと彼女は考え、釈然としない思いをしながらも素直に捕まることにした。


 縄で腕を捕縛された後は、衛兵の方達に地下へと連れて行かれるセレス。王宮の地下牢に入れられ、カシャンと鉄の扉を閉められた後、ガチャリと鍵を閉められる。


「明朝、貴殿を裁判にかける。それまではせいぜい、自らの行いを悔やみ反省することだな!」


 王子はそう捨て台詞を吐いて、陰鬱で暗い地下牢を後にした。


「なんか大ごとになっちゃった……」


 ボソッと一人言を出すセレスには危機感が足りていなかった。何故なら彼女はこんな扱いを受ける謂れは無い。


 学園ではレイナを苛めている主犯みたいなことにいつの間にかされていたがそんな事実は無いし、王子の事は好きでは無かったが、今までそつなく婚約者としては振舞ってきたのである。そんなセレスを悪者扱い、有無を言わさずに地下室に軟禁。


「よく考えたらかなり酷い話ね」


 普段は冷静沈着、感情の起伏に乏しい彼女も段々と怒りが湧いてくる。


 セレスは、明日裁判すると言っていたのを聞いて、もう好きにすれば良いと思っていた。何せ自分は悪い事は一つもしていない。清廉潔白なのだから堂々としてれば悪いことにはならないと実に事態を甘く考えていた。


 この世に冤罪で捕まる人間がどれだけいるかは知らないが、セレスにとってそれは新聞とか噂とか、自分とは関わり無い遠い世界の話だった。


"力が欲しいか――"


「えっ?」


 どこからか声が聞こえた。地下室にはセレス以外居ない筈、彼女は急な幻聴にちょっと驚いた。


 周りを見渡すと、いつの間にか彼女の前には一人の女性がいた。金髪にダボダボの黒っぽいローブを着た目麗しい美女だが、その身体は透けていて半透明、彼女を通して鉄格子の奥が見えた。まるで……、ゆ、幽霊……。


 いつか聞いたことがある。眉唾な噂話。都市伝説。王宮の地下室のさらにその奥にある地下には100年前に封印された魔王の悪霊が出るとか出ないとか……。


「だ、誰? いつからここに……」


 セレスの質問に、金髪美女は手を叩きながら口を開いた。


「うむ! 問われたからには答えよう! 我の名はアンリ・マーユ! 稀代の天才魔女である!」


 脳に直接響くように、鈴の音が鳴るような美声が聞こえた。何かがおかしい。まるで夢の中を彷徨っている様に自身の足元が覚束無い。


「いやー……、よく寝たわい。ところで小娘、今何年じゃ? 長く封印されていたから分からんが体感10年くらいは寝てたと思うんじゃがの?」


 こういう時、どうすればいいのだろう。きゃー! 等と可愛らしく叫べば良いのか、幽霊さん私と友達になりましょう。などとコミュニケーションをとればいいのか、今まで霊感なんて自分に備わってるとは露ほど感じていなかったセレスには分からない。


「な、なんてことじゃ! この新聞、ユグ歴1251年じゃと!? 寝心地が良過ぎて100年間も寝落ちしていたじゃと!? 我としたことが! オーマイゴットじゃ! アンビリーバブルじゃ!」

「ちょ、ちょっと、あんた……アンリさんだっけ? 何なの? 浮いてるし、透明だし……」

「ま、過ぎた事は仕方無いの。うん? なんじゃ小娘、我のことが知りたいと? しょーがないのー、雄弁は金、我の波乱に満ちた数奇な人生の一端を語り尽くしてやろうではないか! 聞くも涙、語るも涙じゃ、ハンカチの準備はしとくんじゃぞ?」


 そう言って、喧しい悪霊のアンリは、教室で噂話をする女子学生のようにぺちゃくちゃと語り始めた。彼女の人生、そのあらましを。


 アンリ説明中。


「その時、我の大魔法がちょどーんっ! っと相手の懐に入って、奴が最後の力を振り絞って放った闇の光線を、我がギリギリでサッと避けた瞬間、閃光の様にこの右手が唸って――」 

「えーっと、つまり……」


 要約すると、時は100年くらい前、当時貴族だった彼女は何の因果か運命に導かれて、勇者と共に冒険者として活動し、この世界を救うという壮大な使命の元に見事魔王を討ち倒し、大英雄の一人となったらしい。自称大魔法使いの彼女は、魔王との決戦の際にその生涯を終えることすら出来ず、今も王宮の地下の更に地下にて生きたまま氷漬けでカチンコチンの状態だとのこと。


「そんな訳じゃ、今小娘の目の前にいる我は生霊ってことになるの。元の身体はここより更に地下に封印されておるようじゃ……、ま、この大魔法使いの我にかかれば100年前にされた封印なぞお茶の子さいさいうちの子3歳じゃよ。あ、安心しろ? 氷漬けになった我の生身もきちんと服は着ておるし、封印された瞬間ちゃんとスカートの中は見えんように謎の光を浴びせといたからのう」

「え、何これ、夢?」

「ところがどっこい夢では無い! 現実じゃ! これが現実!」


 幽霊とか怪奇現象なんてものを信じている人はこの世にどの程度居るのだろうか。ちなみにセレスはオカルトというものをあまり信じていなかった。


 突然の婚約破棄と地下軟禁までは受け入れられたが、突如振って湧いたオカルト展開にセレスは現実逃避の構えだった。


 そんな時、コツコツと地下室に足音が響く。誰か来たみたいである。


「ふっふーん♪ 次期王妃に色んな意味で王手をかけた平民出身のレイナですぅ……。セレス様ぁ、優しい私がご飯を持ってきてあげましたよぉ!」


 来訪者はレイナであった。恐らく配膳については建前で、底意地の悪い彼女は地下室でべそかいているであろう公爵令嬢のセレスを嘲笑いに来たのであろう。


「レイナ! 良いとこに来たわ。ね、私の横にいる女性誰か分かる!?」

「はわっ……!? セ、セレス様、急に怖い事言わないで下さい~!」

「もしかして、本当に視えて無い……、のよね。その怖がりようは……」

「な? 言ったじゃろ。現実じゃて」


 ふぅ~~……。セレスは目を瞑り一呼吸置いた後、今までの常識的考えを翻し、この世には目には視えない謎の住人達が夜は墓場で運動会してるのかもと、オカルト肯定派になった。なるしか無かった。アンリの存在が、精神的病から来る自分にしか視えないイマジナリーフレンド的なものとは思いたく無かった。それならまだ幽霊だか生き霊の方が幾分マシである。


 よし、切り替えた。


 冷静になったセレスはふと思い出す。


 アンリ、100年前、その名前には聞き覚えが在った。歴史の講義で習った気がする。世界で有名な三人の悪女と言うと、クレオ女王、ニッシー皇后、アンリ公爵令嬢の三人と言われていたような。


「ちょっと小娘の身体を乗っ取らせておくれ。霊体じゃ不便なんじゃ。ぱぱぱっと地下に封印解きに行って元の身体に戻ってやるわい」

「……さっき自分では大英雄って言ってたけど、もしかしてアンリさんって魔王戦直前に裏切ったって逸話無い?」

「ぎくぅっ!?」

「そもそも冒険者になったのって、公爵家を追い出されたからって習ったような」

「ぎくぎくぅっ!?」

「図星なのね……」

「ち、違うぞ! 我は婚約者の王子が気に入らんかったからちょっと魔法で半殺しにしただけなんじゃ! 公爵家から勘当されて王都からは追放になったかもしれんが、追い出されたわけではないぞ! 魔王軍に寝返ったのも、勇者が我の事をパーティから追い出したのがそもそもの原因じゃし! 濡れ衣もいいとこじゃ!」

「うーん、語るに落ちるとはこのこと也」


 いざ実際に話してみると想像していた知的な悪女像より若干頭は弱そうだが、歴史の偉人なんて案外皆そんなもんなのかもしれないとセレスは思った。


「セ、セレス様……、さっきから誰と話してるんですぅ……?」

「ん? あー、一人言だから気にしないで」

「そ、そうですか、あの……これでも食べて元気出して下さいね?」


 レイナはちょっとセレスに同情心が芽生えた。恋の障害である彼女を蹴落とすのは必須事項だったが、なんか思ったより精神的に参ってそう。だって壁に向かって一人ぶつぶつ喋ってるんだもの。


 レイナはパンにスープに目玉焼きにサラダという慎ましい料理を鉄格子を開けて差し入れた。


「あ、目玉焼きなのに醤油が無いわ」

「塩の瓶が置いてあるじゃないですかぁ……」

「えー、私醤油派なのだけれど」


 その時、セレスに一筋の電流が走る。


 塩と言えば、魔を祓う効果があると聞いたことがある。彼女は手のひらに出したそれを一摘まみ。


「塩撒けば消えたりしないかしら?」

「ちょ!? ほんと、塩は駄目じゃ! ナメクジと青菜と生霊には塩厳禁じゃぞ!? よ、よく見るとおぬし可愛い顔しとるの! さてはモテモテじゃろ! いやー100年前にもこんな美人は中々お目にかかれんぞ! 我が男なら求婚しとるところじゃ! な? 折角奇跡的に逢えたんじゃし、もっと会話を楽しもうではないか!?」

「ごめんなさい。成仏してください」

「おいおい、いくら活発お転婆な天真爛漫系金髪美人魔女と評判の我でも、一応は霊体じゃぞ? 塩なんてかけてみぃ、とたんに元気を失ってしおらしくなってしまうわ。魔女ジョーク、略して魔ジョークじゃな」

「全然上手くない」

「塩だけに美味くなくてしょっぱいって? 座布団一枚じゃな」

「……」


 セレスは周りに塩を撒いた。悪霊アンリは塩に当たる直前、霧の様に霧散して消えた。


 突如奇行を繰り返すセレスを見て、レイナはドン引きながら、次の配膳はもう少しまともな料理を持ってきてあげようと思い直した。

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