私の人生が変わった
私はしがない学者です。学者といっても、様々な分野がありますが、私は地学、薬学などを重点的に学んでいます。他の分野も一般人よりは詳しいでしょう。何か一つを修めようとしても、他の事にも精通していないと分からない事もあると考えているからです。
今回、薬学の研究に鮮度と品質の良い薬草が必要になりました。そのため、冒険者に薬草採取の依頼をしました。報酬は最低額のみ提示し、薬草の鮮度により増額すること、なるべく早く納品すること、薬草の鑑定はギルド員及び私自らも行うことを条件に加えました。
数日後、私の依頼を受理した冒険者が薬草を手に帰還したと連絡を受けました。待ちに待った薬草を早く研究に使用したい思いに駆られ、すぐさまギルドへと向かいました。
ギルド受付では既に冒険者は最低限の報酬を受け取り、増額されるかギルド員に確認しており、受付は学者も鑑定してからではないと答えられないと返答している所でした。
私は駆け寄り薬草を観せてもらいました。しかし、私は薬草の状態を観て怒りに震えてしまいました。相手が自分より強い冒険者である事も忘れ詰め寄ったのです。
「これは一体なんですか!私は鮮度と品質の良いものを依頼したのです。このような劣化したものではありませんっ。増額などもっての外ですっ。」
これでは研究になど使えたものでは有りません。再度依頼し直さなければならなくなりました。時間もお金も有限であるにも関わらず、何という無意味な数日だったのでしょうか。私の研究への熱意の分だけ怒りが沸々と湧き上がってきます。
「なっ、ふざけんなっ。俺は依頼通り鮮度と品質に気を遣って道が険しい最短ルートを通って行って帰って来たんだぞ。それを劣化品だと!受付のねぇちゃんは品質は良好だって言ったぞ!ケチつけて金払わねぇ気かよ!」
「これが良好ですって?ふざけた事を言わないで頂きたいですね。まず、薬草の根に近い部分が乾燥しているのは構いません。採取したものですからある程度は致し方ないからです。ですが問題は葉の部分です。こちらは明らかに艶がありません。鮮度の良いものは葉に艶があり触れると弾力のようなものがあります。しかしこちらにはそのどちらもありません。つまり、鮮度、品質ともに良いとは言えないのです。これでは研究になど使えません。」
「あぁん?じゃぁ、なんだ、このギルドのねぇちゃんの鑑定が間違ってるって言うのか?そもそも依頼に鮮度が良いもんって書いてあったから、このギルドを拠点にしてる冒険者の中でも足が速い俺が行ったんだ。これ以上のもんなんか採れっこねぇよ!」
私は薬草のことで怒りに我を忘れ冒険者と口論を続けておりました。
「お二方。ヒートアップしているところ悪いね。少しいいかな?」
受付の方が私のあまりの剣幕に呆気に取られていたことや、ほかの冒険者の方が何事かと話を聞きに来ている事にすら気付いておりませんでした。ですから、その方が私と冒険者の間に立つように近づき、声をかけてきた際にはとても驚きました。
第三者に声をかけられたことで私は少しだけ冷静なることが出来ました。未だに薬草について怒りはありますが、周りを見る余裕くらいは戻って来たのです。
冒険者も同じだったようで憮然としておりましたが怒鳴りはしませんでした。
「この薬草のことで揉めているのでしょう?ただ、どちらの言い分も正しいけれど間違っているわ。無知故にお互い言い争いになっているのよ。それを教えてあげるわ。」
その方は薬学の研究をしている私に向かって無知と言い放ったのです。そのような事を言われるとは大変心外です。言い返すために口を開こうとしましたが、それを制するかのように、また話出しました。
「確かに鮮度の良いこの薬草には艶と弾力があるわ。ただ、それはあくまでも薬草が生えている状態か、もしくは採取後に特殊な保存瓶に入れていた場合に限るわ。艶と弾力が残るのは採取してから最高でも30分程よ。他の薬草などと同じように採取して持ち帰って来た場合は、今回採取された薬草が良好な品質とされても間違いではないのよ。そもそも、この薬草の採取にあたって特殊な保存瓶などが必要とは依頼書に記載が無いし、依頼者側から保存瓶の貸し出し等もしていないでしょう。依頼してから採取までの速度を考えると、彼が報酬の増額を申し出てもおかしくないわ。」
その方は私が知らないような薬草の鮮度を保つ方法などを知らせた上で、依頼書の不備、冒険者の優秀さに言及したのです。
私は今回の薬草については図鑑などでしか知らず、更に詳しく知りたいがために依頼したのですが、事前の情報収集不足でした。確かに、特殊な素材依頼の場合は、素材回収のために必要な物を依頼書に明記するか、依頼者が貸出することがギルドで取り決められています。私の落ち度です。
冒険者もその方に言い分がおかしくないと言われ安心したのか、私の対応を見ていました。
「おーい。言ってたのこれだろ?」
その方のお連れ様?でしょうか。何かを持ってこちらにやって来ました。
「遅いわよ。でもありがとう。」
やはり、お連れ様だったようです。文句を言いつつもお礼をいい、その何かを受け取り私どもに見せて下さいました。
「これを見てください。今回の依頼品と同じ薬草です。ただ、こちらは一般に流通しているものです。これと、今回採取された薬草を比べてみてください。私どもにとっての普通が一般流通しているものですから、採取されたものがどれだけ良好な状態かお分かりいただけると思いますよ。」
私を納得させるためにわざわざ用意してくださったようです。お言葉に甘えて手に取り鑑定しますと、一般的に流通しているものがどれほど品質が悪いのか知りました。そして採取して頂いたものは、流通しているものより数段以上品質が良いのだと分かりました。
お互いの無知故の言い争いとはこの事だったのですね。
「私の認識が誤っておりました。確かに今回採取していただいた薬草の状態は良好なものだと分かりました。報酬はきちんと増額してお渡しいたします。取り乱してしまい、すみませんでした。」
冒険者に謝罪し頭を下げました。
「いや、俺も怒鳴って悪かったよ。それに保存瓶が必要なことも知らなかったんだ、お互い様だ。まぁ、俺も仕事だから増額分は貰うが査定は受付のねぇちゃんに任せて良いよな?」
「はい。構いません。」
冒険者への対応が終わり、私は私の無知を指摘してくれた方に話しかけました。
「今回はありがとうございました。この薬草採取に特殊な保存瓶が必要なことなど、とてもお詳しそうでしたが何処でお知りになったのですか?」
「以前出会った薬師に教えてもらっただけですよ。」
「そうなのですか…何か書物などで知ったわけではなかったのですね。もしよろしければ、その保存瓶がどのような物なのか教えて頂けませんか?どうしても研究に使いたいのです。」
そうお伝えすると何やら考え込む素振りをして、先程のお連れ様ともう一人別の方を呼んで相談を始めました。
「保存瓶の構造を教えることは可能ですが、ここでは作ることが出来る職人がいないため入手は困難だと思われます。その研究にもよりますが、現地に向かって直接観るというのは如何でしょうか?護衛を雇うのはお金がとてもかかりますが、私達のパーティーに加入して一緒に行くのであれば、貴方の知識を提供して頂けたら結構ですので。」
そのような提案をされ、とても驚きました。この方達は私が学者であることを知っているにも関わらず誘ったのですから。
学者は自分勝手な人が多く常に研究に明け暮れているような者達です。当然体力も有りませんし、戦闘などもっての外です。ごく稀に学者がフィールドリサーチする際に護衛を依頼しますが、商人などの護衛より相場がとても高くつくのです。それは学者が偏屈であったり、発見したものに夢中になりすぎて護衛の言うことを聞かないことが多いからです。
これらを踏まえて、護衛だけでも探すのが大変なのですが、一時的なものとはいえパーティー加入のお誘いなどして頂けるなんて、私はこの出逢いに今までで一番の運を使ったのかもしれません。
「是非、パーティーに加えてください!出来るだけお荷物にならないように努めますので!」
「分かりました。よろしくお願いしますね。」
「お、よろしくな。」
「…よろしく。」
こうして私はとある冒険者パーティーに加わることになりました。この後受付で冒険者登録とパーティー加入申請をして正式に受理され、学者では初めてと思われる冒険者になりました。
今の私には知識しかありませんが、足手まといにならないように、冒険に関する知識も学ばなければなりませんね。研究の事だけ考えていた時よりもワクワクしている気がします。このお三方と上手くやっていけるでしょうか。
後に、私はこのパーティーと長い付き合いになったり、学者であるにも関わらず戦闘まで出来るようになったりと、少々有名になってしまうのですが、それは今の私は知らないでしょう。
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