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面白い小説を見つけ、読み、読み終わり、読み返しまくって最近の一日が終わります。
良作は何度読んだって楽しいものですよね……
〈気配探知〉でしかマップが表示されないヴィーダの森。
その中でも、エリア4は〈気配探知〉でも表示されない空間だ。
ライラの視界には、当然として森の奥への景色が広がっている。しかし脳内マップには、何も表示されていない。
これが『精霊の星エレメトル』プレイヤーを悩ませた、ヴィーダの森の特性だ。
エリア4という限定された区域とはいえ、その広さはかなりのものだ。マップを持たないまま、探索できるような距離ではない。
だが、エリア4の中央に守護樹があるのは確か。そして公式が出した情報の中に、巨大な守護樹のイラストもあった。ならば、真っすぐに進めば辿り着くのではないか? そうでなくとも近付けば見えてくるのではないか? そう考えたプレイヤーが少なからずいた。
その結果は、見事に失敗だった。真っすぐに歩いているはずなのに、気付けばエリア3に戻ってしまっているのだ。それらしき姿も見えないまま。
根気強く繰り返していたプレイヤーも、さすがに無理だと悟った。恐らく、何かしら必要となるアクションがあるのだろうと。
そして、そのアクションとなるのが、グリファトという男だ。
「――さて、と」
ライラは視界に広がる木々、その更に奥を眺めるように目を細めた。
森はまだ続いているように見える。が、実はそれも幻覚によるものだろう。
守護樹に辿り着けない答え。それは、そこにエリア4は存在しない、というものだった。
マップに表示されない、謎の空間。あたかもエリア4がそこにあるかのように思わせ、その実、まだエリア3だったのだ。
いや、魔物は現れなくなるので、プレイヤーからは「エリア3.5」と呼ばれていた。
それを知った時の、プレイヤーの脱力といったらなかった。
紗矢もその事実を知った時、思わず机に突っ伏した。彼女もノーマップで探索した者の一人だ。
では、守護樹はどこにあるのか。エリア4とは、そもそも存在しないのか。
その答えが――
「――私はあなたの名を知る者。あなたの姿を見る者。あなたの声を聞く者」
どこか遠くを見つめるように、そっと呟くライラ。
すると、唐突に彼女の目の前に現れる、全くの別の景色。
一帯を囲んでいた樹海は消え去り、ただただ、地平線まで広がる青々とした草原。
穏やかな風が吹き、空は雲一つない蒼。
そして、視界を遮るもののない草原に、一本だけ聳える巨大な樹木。
とてもとても大きな樹は天に届かんばかりに枝を伸ばし、大地を抱かんばかりに太い根を張っている。
しかし、その樹には一つの葉もついていなかった。
爽やかな草原風景に似合わない、まるで冬木のような寂しい樹の姿。
その根本に、父グリファトはいた。
「父さん」
「……ライラ?」
樹に寄り掛かるようにして、頭を垂らし座り込んでいたグリファトに駆け寄る。
特に怪我をしている様子はない。少なくとも、見た目からは大丈夫そうだ。
しかし、グリファトの顔はこれまで見たことがないほど、憔悴したもので。
手入れも出来ていないのか、無精髭は伸び髪は乱れ、目元はクマが酷い。
駆け寄り側へ膝をついたライラを、どこかボンヤリとした目で見ていたグリファトだが、徐々に視点が定まってきた。
「どうして……いや、どうやって、ここへ……?」
掠れ、力のない声で問いかけるグリファトに、ライラは背負っていた鞄から水筒を取り出す。
それをグリファトの手に握らせると、立ち上がった。
「迎えに来たに決まってるでしょ。もう何日、家を空けていると思っているの?」
どうやって、という質問には答えず、どうして来たのかだけを答える。
まだどこか呆けているのか、水筒に口をつけようとしないグリファトに、早く飲めと促した。
「全く、泊まり込みなら事前に言ってよ。私、ご飯作って待ってたのに」
「……それは、すまなかったな」
腰に手を当てて怒るライラに、ようやく水筒の中身を飲んだグリファトが、多少はましになった声で謝る。
困惑した表情で、グリファトはここにいるはずのない、来れるはずのない娘の姿に首を傾げた。
「まさか、俺は死んだのか?」
「寝言は寝てから言ってくれる?」
「ライラは段々、ノートラに……母さんに似てくるなぁ……」
ギッと睨みつけるライラに、苦笑する。
「それはどうも。いいから、早く彼を助けて帰るわよ」
「そうは言っても……ん? お前は、知っているのか?」
「知らなきゃ、ここには来れないでしょう。それは父さんが一番よく知っているはず」
未だ困惑しているらしいグリファトから、ライラは樹木へと視線を上げる。
葉は一枚もついていないが、その幹から生命力は消えていない。
それは、紗矢がよく知る『精霊の星エレメトル』の光景だ。
「もうここまで進行してたか……ということは、ストーリーも……」
「ライラ? 何を言っているんだ?」
「気にしないで、こっちの話。それよりも、彼は今どうしているの?」
幹に手をついてペタペタと触ったり、額をつけて目を閉じたりしているライラに、グリファトは目を白黒させながら話す。
「あぁ……今は眠っている。昨日からだ」
「そう。声はかけているの?」
「かけているが……」
「応えないのね。いや、もうそれだけの力がないのか」
瞳を開き、その内側を見通すかのように睨みつけたライラ。
そして、グリファトが力なく眺める前で、静かに呟いた。
「私はあなたの名を知る者。あなたの姿を見る者。あなたの声を聞く者。さぁ、目を覚まして…………ウルヴィーダ。森の守護者よ」