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珍しくグリファトが朝から森へ入っていったと思ったら、その日帰って来なかった。
普段なら夕飯には帰っているのだが、支度が整いテーブルにセッティングしても小屋の扉は開かない。
グリファトが一日家を空けるのは初めてではないが、いつもはライラに朝か前日に一言ある。無断で帰らないのは初めてだった。
「といっても、相手も大人だし……」
心配ではないとは言わないが、グリファトはライラよりも冒険者としても森の住人としても先輩だ。
今更、森の中で遭難するとは思えないし、とある理由からグリファトはヴィーダの森では安全が保障されている。そこらの魔物に負けるような腕前でもないだろう。
久しぶりに独りご飯を済ませ、片付けを終えても気配すら感じない。
小屋から3キロほどが今のライラが感じ取れる〈気配探知〉の効果範囲だが、その中にグリファトらしき気配はなかった。
その時、何やら違和感を覚えた気がしたが……
「ま、いっか」
日も暮れ腹も膨れ、睡魔に負けたライラはさっさと眠ることにした。
きっと明日にはグリファトも帰って来るだろう。
それから3日、グリファトは帰って来なかった。
無断外泊の翌日には村で聞いてみたが、どうやら村には来ていないらしい。てっきり冒険者仲間と呑んで潰れているのかと思っていたのだが。
探知にもグリファトの気配はかからず、その時点で何か嫌な予感はあった。
ヴィーダの森の中で、ライラが入り込める限界まで潜った。半日をかけて探したが、痕跡すら発見できなかった。
小屋に戻った様子もなし。
2日目、昨日と同じくまず村で聞き込みをして、手掛かりを得られないまま森に潜る。父の冒険者仲間が心配していたが、大丈夫だと笑っておいた。
更に深い所まで潜るも、今のライラには相手が難しい魔物の気配を探知して、さすがに危険だと渋々帰る。
3日目、グリファトが帰らなかった日に感じた違和感の正体がわかった。
「魔物の数が少ない……?」
それも森の全体ではなく、何故かライラ達の住む小屋の周囲にだけ極端に魔物がいなかった。
普段ならライラが獲物探しに困らないくらいには魔物がいて、まれに強い魔物が寄ってくることもあった。
この辺りで一番強いのはグリファトだろう。その彼が数日留守にしているにも関わらず、強い魔物が寄り付かないのはおかしい。
そのくせ弱い動物はいるのだ。ウサギや鳥といった、ライラが狩るのに調度いいサイズだけが。
まるで、何かに弾かれているようだ。ライラはそう感じた。
「それに、前々から感じてた気配もする……森に何が起きてるの?」
結局、その日もグリファトは戻らなかった。
そして今日。ライラは弓矢と短剣、数日分の野営道具を鞄に詰め、小屋を後にした。
これまでは日帰りできる距離にしか潜らなかったが、覚悟を決めた。嫌な予感は強くなるばかり。
戸締りを確認し、あの日の朝を思い出す。グリファトは確か、小屋から北東に向かって出て行った。
「――北東、か。なるほど」
グリファトが戻らず、無意識に慌てていたのだろう。冷静になって改めて考えると、彼がどこへ向かったのか何となく察した。
小屋から北東は、ヴィーダの森の中央――森の守護樹がある。紗矢として幾度となく訪れた場所だ。
もちろん、森の中央に近付くほど魔物は強くなるので、ライラとしては初めてになる。グリファトにも許可されていない。
しかし、今はそんなこと言っていられない。何もしないと後悔する、そんな気がしてならないのだ。
荷物を背負い直し、ライラは森に向かって駆け出した。
やはり小屋の周辺には魔物の姿はなく、一定の距離を離れると気配がある。
まるで結界のような範囲を出る時、ライラはスキル〈気配操作〉を発動した。
〈気配探知〉と違い〈気配操作〉は自分に作用するスキルだ。
Lv1で自分の気配を濃くする。威嚇や、相手の注意を自分に向けさせる時に使う。
Lv2で自分の気配を薄くする。所謂スニークスキルで、相手に気付かれにくくなる隠密効果。
Lv3で自分の気配を書き換える。他の気配に上書きし、相手の気配探知を誤魔化すことができる。
Lv4でスキル効果上昇。より上位の相手にも通用するようになる。
Lv5になると気配を完全に消すことができる。
ライラの〈気配操作〉はLv2。気配を薄めることは【狩人】として狩りをするには必須ともいえるので、ライラが最も早くLv2にしたスキルだ。
探知で位置が分かったところで、矢が届く距離まで近付けなければ意味がない。それも、最初の頃はいくら素質があるとはいえ、弓矢を扱うのは初心者なのだ。
強力な魔物と運悪く出くわそうと、バレなければ乗り切れることも多々ある。冒険ではなく生きる為には、〈気配探知〉よりも〈気配操作〉の方が重要だとライラは考えている。
気配を薄くし、同時に探知で周囲を確認しながら進む。目的はあくまでもグリファトの捜索。無駄な戦いをするつもりはない。
歩き慣れた森の中を、まだ見ぬ場所へ向かい駆け出した。