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ヴィーダの森をヴェーダの森と誤表記していました。
正確にはヴィーダの森です。
『精霊の星エレメトル』は、発売当時から人気タイトルとして知られていたが、その割に古参のプレイヤーが少ないことでも有名だった。
それは、ストーリーが中盤になると一気に上がる難易度のせいだ。公式からは大した情報開示もなく、初期プレイヤーは本当に手探りで開拓してきた。
遠藤紗矢も苦労した1人だが、これほど苦労させられるゲームも体験したことがなかったので、逆にドハマりしていた。
攻略組のおかげで中盤の難易度も下がり、総プレイヤー数も増え、おかげで人気ランキング上位に入り続ける。それを見て新たに新規が増える。とても活気のあるゲームだった。
新規プレイヤーの引率も積極的にやっていた紗矢は、彼らの初めての悩みも微笑ましく聞いていたものだ。
その悩みとは――RPGの最大の楽しみといえる「ジョブ選択」である。
「こんにちは、ハナルさん」
「お、ライラちゃんか。よく来たな」
「これ、ブルースライム。お父さんもいらないっていうから」
家から持ってきた、昨日捕獲したブルースライム入りの袋をハナルの前の台に置く。まだ生きているので、袋の表面がモゾモゾと動いていた。
「お、ありがてぇ。ブルースライムなんてこの辺りじゃ、俺は見たことないんだがな。一体、いつもどこで見つけてくるんだ?」
「ふふー、秘密っ」
「へいへい。まぁ、ライラちゃんの狩人としての能力が良いってこったな」
苦笑したハナルはスライム入り袋を持って、奥へと下がった。それを少し離れた場所でライラが待つ。
教会を後にしたライラが向かったのは、村にある冒険者ギルド。ヴィーダの森が近いため、それなりの規模の建物だ。
昼のこの時間帯は基本的にまだ仕事中。ギルド内にいる冒険者は少ない。あと3時間ほどすれば依頼を終えた冒険者たちが帰ってきて、この村で一番の賑やかな場になる。
「お待たせっと。ほらよ」
奥から戻ってきたハナルが、ライラに1つの小袋を差し出した。ライラが持ってきた袋より小さく、片手で握れるほどのサイズだ。
受け取るとチャリッという音が鳴る。先に持ってきたブルースライムの報酬だろうが、予想より中身が重い気がする。
「ねぇ、ハナルさん。多い気がするんだけど?」
「あぁ、それな。ブルースライムだけじゃなくて、前にグリファトが持ってきてたライトホークの分もある。アイツ、獲物を置いてそのまま帰っちまったんだよ」
「そうなの? 面倒かけてごめんね」
気にするな、と肩を竦めるハナルが持ち場に戻っていったので、ライラもギルドから出ることにする。
村に来たついでに軽い買い物も済ませ、家に帰るべくヴィーダの森へ続く門へと向かった。
そこでは門番をしている兵士が1人、暇そうに欠伸をしている。顔見知りでもあるスユンがライラに気付いて、ニッコリ笑顔を浮かべて右手を上げた。
「やぁ、ライラちゃん。もう帰るの?」
「うん。スユンは暇そうね」
「そりゃあね。ヴィーダの森に用のある村人なんて基本いないし、冒険者が使うのは別の門だし」
「それもそうね。あ、これあげる。じゃあ」
「お、やった。気を付けてね」
先ほど買っていた物の中から、赤い大ぶりなリンゴを1個取り出す。嬉しそうに受け取ったスユンに見送られ、ライラはヴィーダの森へと立ち入った。
まだ高い位置にある日に照らされ、木洩れ日の差し込む森の中は、それだけなら危険性はないように感じる。
しかし、よく目を凝らせば至る所に生き物の痕跡があって、それは戦う術のない人には危険なやつもいる。
「さて、と」
荷物を背負い直し、ライラは自然な動作で右腕を軽く横に振った。
すると頭の中に周囲の地図が浮かび上がり、そこに赤い点がポツポツと散らばっている。スキル〈気配探知〉の効果だ。
ライラのジョブである【狩人】は森での活動に優れた能力を持っていて、気配探知もその1つ。初級ジョブの中で気配探知を持っているのは狩人のみ。
ただ『精霊の星エレメトル』の通常フィールドでは、敵の位置は誰のマップでも確認できる。ヴィーダの森のような特殊フィールドのみ、気配探知が必要になる。そしてヴィーダの森は中級ジョブ推奨フィールドだった為、狩人はあまり人気のないジョブだった。
紗矢の記憶から情報を抜き出しつつ、ライラは足を進める。頭の中に浮かぶ地図を頼りに、できるだけ生き物のいない道を選んだ。
今も弓矢と短剣は持っているが、無暗に戦いを挑む気はない。今のところ食べるのには困っていないし、無駄な殺生も好きじゃない。
これがゲームで、ライラが紗矢であった時なら、経験値の為に近場にいる魔物を狩りまくっていただろうが。
しかし今は現実で、ライラはライラだ。経験値なんて目に見えるものはないし、魔物を倒したら光になって消えるなんてこともない。死体は残るし、残ったものはそのままにはできない。その死体に他の魔物が集まって、繁殖の手助けになってしまうからだ。
武器だって無限に使えるわけないし、持てる矢には限りがある。怪我をすれば痛い、致命傷を負えばゲームオーバーじゃなくて本当に死ぬ。
『精霊の星エレメトル』に似た世界なんだとしても、ここは現実の世界なのだ。ゲームみたいに、プレイヤーに都合の良いようにはできていない。
それでも、役立つ情報も確かにあった。
「この辺に……あ、あったあった」
木の陰を丹念に探すと、見覚えのある葉っぱが生えている。薬草の一つで、回復薬を作るのに必要な素材だ。名をフレイ草という。
薬草や魔物の出没ポイントは、ゲームの時とそう変わらない。もちろん魔物は生きて動いているから、多少は違うが。
昨日捕まえたブルースライムも、少し分かりづらい場所に生息地がある。ヴィーダの森は危険地帯なので、スライムのような弱い魔物は長く生きられないのだ。
いろいろと制作に使われるスライムは、生きたまま錬成しないといけないので生け捕りになる。そのせいで嵩張るし、長距離移動するにしてもただ放置すれば餓死するし、わざわざ取ってきても大して報酬も出ない。
冒険者素人には良い相手だが、旨味が少ないので人気がない。そのため素材として不足しがち。しかし報酬を上げるとギルドの損失になる。
世の中はなかなか、上手くいかないものだ。
ライラにはちょっとした小遣い稼ぎになって調度いいが。
フレイ草もいわゆる常駐クエストなので、見つけてギルドへ持ち込めば持ち込むだけお金が貰える。ギルドだけではなく、薬屋や教会でも買い取って貰えるので、採っておいて損のない素材だ。
「これくらいで良いかな」
20本ほど集めたところで打ち切る。まだ生えているが、全て採ると次がなくなってしまうので、キリが良いところで止めておく。
こういうことはゲームでは知りえなかった、生きた情報だ。それを教えてくれたのは、父であるグリファト。
ジョブ【剣士】の冒険者であり。
『精霊の星エレメトル』では、≪精霊の落とし子≫である冒険者をサポートするNPCだ。