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精霊により創られたとされる世界・エレメトル。
創世時代、人は精霊と共に生きていたと言われている。しかし、今となっては精霊を見ることも、感じることもできない者で溢れていた。
精霊を信じる者も少なく……忘れ去られた存在は力を失い、世界を支える精霊が消えた時、世界も滅びるだろう。そう唱える者たちは「精霊教」として、笑いものにされることも珍しくはない。
彼らは世界が滅びを迎えている証拠として魔物の存在を提唱しているが、根拠のない、苦肉の言い訳だと思われている。
建国153年を迎えたアトラシア王国、その外れにある村。近くに広大で未開拓な土地として有名なヴィーダの森があること以外、取り立てて特徴のない場所だ。
1つあげるならば、珍しく「精霊教」の教会が小さいながらもあるところだろう。
地元の者にしかあまり知られていないその教会に、これまた珍しく訪問者がいた。
「こんにちは、グリファトさん、ライラさん」
「こんにちは、神父様。今日はよろしく頼むよ」
「おねがいします!」
教会の神父に対し、グリファトが笑いかけ、ライラが笑顔で頭を下げた。
2人に穏やかな笑顔で応え、神父は奥へと案内する。
「ライラさんも、もう10歳ですか。早いものですね」
「あぁ。まだ生まれたのが、つい最近のような気もする」
「もうっ! わたしだって、おおきくなってるもん!」
「はっはっは! すまんすまん」
ぷぅ、と頬を膨らませるライラの髪を、グリファトが豪快に笑いながら撫でる。
神聖な教会にしては騒がしいが、滅多に人の来ないここでは、そんな2人のやり取りも微笑ましいだけだ。
神父も気にすることなく、教会の奥へと続く扉を開けた。
そこには小さな石像が祀られた祭壇があり、ここを使えるのは教会に属している神父と修道士。朝の祈りに使われる。
そして、もう一つ。
「では、ライラさん。あの祭壇の前へ」
「はいっ」
神父に促され、ライラが緊張した面持ちで足を進めた。
分かりやすい娘の様子に楽し気なグリファトは、邪魔にならないよう壁際によって眺めている。
祭壇の前に立ったライラは、片膝をつき、右手を左胸へつける精霊教の祈りの姿勢をとった。
神父がライラと祭壇の間に立ち、彼女の頭の上に両手で持った一枚の木板を翳す。
「それでは、祈りを――〈ステータス〉」
瞳を閉じ祈りを捧げるライラの足元、床に描かれていた魔法陣が輝きだす。
緻密な文字と模様の集合体は神父の持つ木板にも現れ、床の陣と呼応するように同じ明滅を繰り返した。
それが数十秒ほど続き、二つの魔法陣の光が徐々に収まる。光が消え、最後に木板にそれまで無かった大量の文字が浮かび上がっているのを確認して、神父は目の前のライラに声をかけた。
「お疲れ様です。ライラさん、もう大丈夫ですよ」
しかし、神父の呼びかけにライラは応えず、変わらず祈りの姿勢のまま瞳を閉じ、微動だにしない。
様子のおかしいのに気付いたグリファトが、ライラに駆け寄り優しく肩を叩いた。
「おい、ライ――」
グリファトがライラの肩に触れると、その身体は唐突に力が抜け、バタリと床に倒れ込んでしまった。
それから3日。ライラは高熱を出して眠り続けた。
おかしな夢を見た。
夢の中で、ライラは見慣れたワイン色の髪とラピスラズリの瞳ではなく、黒い髪に黒い瞳で、名前も遠藤紗矢だった。
科学が広まった魔法のない世界。地球という星の日本という国に住む、一般的な女性。
ゲームが大好きで、社会人になってからも情熱が冷めることなく、平日の夜、休日丸ごとゲームをして過ごしていた。
性格は明るく社交的だったが趣味のゲームのために引きこもりがちで、周囲に同志もおらず、深い友人はゲーム内だけ。
でも、それに対して不満を感じることなく、日々充実した生活を送っていた。
そんなある日、紗矢はよそ見運転による事故であっけなく死んでしまった。痛みを感じることもない即死だった。享年25歳。
あまりに突然の死に、ライラは泣いた。ライラより年上だが、父のグリファトより若い。
何より、その紗矢という女性が自分の前世なのだと、直観的に感じ取っていた。
段々と意識が薄れていく。きっと、もう目が覚めるのだろう。
夢の終わり際、紗矢の最期の感情が流れ込んできた。
(明日からのイベント周回が~!)
涙が止まった。
「――目が覚めたか、ライラ!」
薄っすらと瞼を上げると、真っ赤に充血させた瞳にまた涙を浮かべるグリファトが見えた。
見慣れた木の天井に、嗅ぎなれた草木の匂い。コンクリートの天井も、排気ガスの匂いも、もはや遠い遠い記憶だ。
握り締められた手をギュッと握り返して、ライラは明るく笑った。
「おはよう、パパ。心配かけてごめんね」
【ステータス】
名前:ライラ(10)
称号:≪精霊の落とし子≫
ジョブ:狩人/村人
スキル:弓術Lv1・短剣術Lv1・気配操作Lv1
気配探知Lv1・ジョブチェンジLv1
ギフト:森の精霊王の加護