あの夏のハルシャギク 4
「わかった?だからちりちゃんは特別なの。」
「……」
「他の人とか、男の人とかじゃないの。ちりちゃんだけが私の特別なの。ちりちゃんが大好きなの。付き合いたいの。」
ちりは黙って、すずの目を見て話を聞いていた。
いつになく真剣なすずの声が、ちりの脳内にまで響いた。
すずはドキドキしながら、ちりの返事を待った。
自分の気持ちは伝わっているのか、すずはじっとちりの目を見ていた。
「…そんだけ!?え、そんだけなの!?」
「…へ?」
ちりの大声がさっきまでの真剣な空気を突き破った。
思いもよらぬちりの返事にすずは唖然とした。
もっとこう…ありがとうとか、ごめんとか…ちゃんとした返事をされると思ってたのだけど…
「リボンあげただけじゃん!なんで!?」
「なんでって…」
「確かにあの時似てるなって言った時、すずが嫌な顔したから区別をするためにリボンをあげたけど、それだけで好きになる!?」
ちりは混乱していた。
あの時のことを覚えていない訳ではなかった。
でもちりにとっては、ほんの些細な出来事に過ぎなかったからだ。
あれだけのことで私を好きになるって…
「分からん…すずって変わってるね…」
ちょっと引いたような目をしたちりに、すずはまたもや唖然としていた。
だが、すぐにおかしくなって吹き出してしまった。
「えっ…何で笑ったの…?今笑いどころあった…?」
「ふふっ…やっぱりちりちゃんは変わってないなって。」
そう言って、すずはまた笑い出した。
分からん…私なんかおもしろいこと言ったか…?
「意味がわからない…」
「分からなくていいよ。あ、でもすずがちりちゃんのこと大好きなのは分かって欲しいなぁ?」
「よし、帰るぞ。」
「えー?すず今告白したつもりなんだけどー」
「無理、断る。」
すずの口調はいつも通りの、明るい口調に戻っていた。
(ちりちゃんは優しい…あの時嫌な顔してた私に気づいてくれてたんだもん…それに今も私の相手をしてくれる…)
「やっぱり優しい…変わってないよ、ちりちゃん。」
「はいはい、そーですか…」
すずはいつもの笑顔を向けて、そう言った。
本当にこの子の思考は読めない…
だから人と関わるのは嫌なんだよ!
なに考えてるか分からないから!
「ねぇねぇ、ちりちゃんは普段どんな本読んでるの?恋愛小説とか?」
「そんな甘ったるい砂糖みたいな話は読めん。」
「じゃあ何?ホラーとか?」
「そんなもの読んだら夜眠れなくなるだろ。」
「え!?ちりちゃんかわっいいー!」
「…は?生き埋めにすんぞ?」
さっきまでの空気とは一変した下らない話を繰り返しているうちに、二人は駅についた。
「すずは上りなの?下りなの?」
「すずは徒歩通学。」
「え?じゃ、何で駅までついてきたの?」
「通り道なの。ここからだと五分くらいだから。」
「めっちゃ近いじゃん…じゃ、さよなら。金輪際会わないことを願うわ。」
「うん!また遊びに行くね!」
「…はい、またね。」
「うん!ばいばーい!」
もうなにを言い返しても無駄だと判断したちりは、笑顔で見送るすずから逃げるように改札を通った。
(あいつらも要注意人物リスト行きだな…)
本当に、今日一日いろんなことがあり過ぎた。
久しぶりに沢山喋った。
今日一日で一年分くらい喋ったわ。
それに生まれて初めてプロポーズというものをされた。
…思い返せば、本当に色々あり過ぎた…
はぁーあ!帰ったら本読むつもりだったけどもう寝ちゃおう…
憔悴しきってるちりはため息をつきながら、改札へ向かった。
その背中が見えなくなるまで、すずはちりをずっと暖かな目で見ていた。
その背中を見送ると、すずは来た道を辿り、自宅へ向かった。