訪れの鈴蘭
「あ、花澤さん!」
「はい。」
「よかったら一緒にお昼ご飯食べない?」
今日もいつも通り中庭に向かおうとしと瞬間、背後から嫌な予感を察知した。
ニコニコ話しかけてきたクラスメイトを見て、ちりはしまったと思った。
普段は授業終了と同時に教室を出るからこんなことは起こらないが、今日に限って日直の仕事をしていたせいで声をかけられてしまった。
このパターンは新学期でちりが一番恐れていたことだった。
ワイシャツに冷や汗が染みるのを感じながら、ちりは頭をフル回転させた。
頭の抱えるちりの脳内に会議室がセッティングされた。
議題は【一人で昼休みを過ごす且つクラスメイトとの関係を悪くしない断わり方】
さあ、始まりました。花澤ちり脳内会議。
ちり2『っんなのテキトーに断わればいいだろ!』
ちり1『何言ってるの!?テキトーって何?そんなこと言うなら何か策があるの?』
ちり2『女ならなぁ…【ごっめーん☆隣のクラスの子と約束してるんだぁ!また今度一緒に食べよーねっ!】って言えばいいんだよ!』
ちり1『そんなの私のキャラじゃないでしょ!却下よ。』
ちり3『あ、あのっ…でも隣のクラスの子と約束してるっていうのはいいと思います…』
ちり4『えー?ばれたらメンドーじゃね?陰口叩かれっかもよ?』
ちり1『それは仕方ないわ…ぼっちにリスクはつきものよ。』
ちり5『わかった!走って逃げればいいんだ!』
ちり1・2・4『馬鹿かお前は!』
…うん、これしかないよなぁ。
「ごめんなさい。他のクラスの友達と約束しているの。」
「あ、そっか。花澤さんいつも昼休み始まるとすぐどこかに行っちゃうでしょ?他のクラスの子とご飯食べてたんだねぇ。」
うっ…何気なく放ったその一言が私の良心を締め付ける…
ごめんなさい…本当は嘘なんです…この場から立ち去りたいだけなんです…
心の中で全力謝罪をしながらちりは話を続けた。
「ごめんなさい。また機会があったら一緒に食べましょう。」
「もちろん!じゃあまたね!」
やっと話が終わり、クラスメイトが自席に戻るとほっと胸を撫で下した。
よ、よかった…何とか断われた…
へ、変じゃなかったよね…?嘘ってばれてないよね…?
本当に陰口に発展したら…もう学校いけない…!
ネガティブ思考を巡らせている内に、ちりの視界には中庭が広がっていた。
そうだ、今日はお花見をするんだ。
実はお花見を楽しみにしていたちりは小走りでベンチへ向かった。
鮮やかなピンク色を纏った桜が見えてきて、ちりのテンションは
上がってきた。
しかし、ベンチに辿りつく前にちりは目撃してしまった。
ベンチにはすでに先客がいたことに。
(えっ…マジで…?)
ちりは絶望した。
少し離れたベンチには女子生徒が二人いた。
ちりは視力2.0の本気を出して、彼女達の制服を凝視すると、リボンの色がかろうじて見えた。
あれは多分緑…ということは一年生…
しかも二人とも顔がそっくりだった。
(すごい…双子…?)
テレビや漫画ではよく見るが、生の双子なんてめったに見ることないもんなぁ…
…生の双子ってなんだよ。
ちりは自分の思考に軽くツッコみを入れ、再び双子を観察した。
恐らくこの子たちは一軍キラキラ女子だろう。
話し方、見た目、全ての要素がキラキラしている…!
うっ…ま、眩しい…!
ぼっちの私にはこれ以上見ていられない!
彼女たちに背を向け、ちりはツナマヨとお団子を見つめた。
ど、どうしよう…
私に残っている選択肢は三つ。
1、このままここでお昼を食べる
2、教室に戻り、ご飯を食べる
3、便所で弁当
…3は嫌。せっかくのツナマヨが臭くなる。
2もダメ。そもそも教室でご飯食べることが苦痛なのに今日はプラスしてクラスメイトの誘いを断ったという気まずさもある。
1が妥当だけど…こんな茂みでこそこそツナマヨを食うJKなんて…
誰かに見られたら死ぬしかないっ…!
こ、こうなったら再び脳内会議を行うしか…!
ちりは何に対してもよく考え、良く悩む。
そして考え事をしているちりの危機管理能力は著しく低下する。
そのせいでちりは全く気付くことが出来なかった。
背後から近づいてくる敵に…
「「ちりちゃん!」」
「へ!?」
振り向くと例の双子が私に接近していた。
くっ…!いつの間に背後をとられていたなんて…!
ちりは咄嗟に逃げ出そうとしたが、時すでに遅し。
「やっぱりちりちゃんだ!本当に会えるなんて夢みたい…!」
「ちりちゃん!ちりちゃん!私に会えてうれしい!?」
両手を双子に掴まれてしまった。
しかもキラキラした目で私を見て、話してくる…
に、逃げたい!今すぐこの場から逃走したい!
「覚えてる?このリボン!」
「ちりちゃんがプレゼントしてくれたんだよねぇ…」
双子たちはうっとりした目で頭のリボンを指さした。
左の子は頭にのってる大きな赤いリボン、右の子はツインテールを結っている二つの青いリボン。
あっ…
「すずちゃんとらんちゃん…?」
「「うん!」」
なんだ…すずらんなら安全な陽キャだ…
すずらんとは家が隣でよく遊んでいた。
と言っても彼女たちは私が小学五年生の時に引っ越しちゃったけど。
でもこうして再会できたのは正直嬉しい。
本当の妹みたいに可愛がっていたから。
「もしかして二人とも、私に会うためにこの学校に入学したの…?」
「「もっちろん!」」
はうっ…!可愛い!
すずとらんはとびっきりの笑顔でうなずいた。
ああ…これが姉心ってやつなのね…!
「でもね、それだけじゃないの。」
「え?」
「私たちね、ちりちゃんをお嫁さんにしたいの。」
「…は?」
ちりの思考、身体、表情、全てが固まった。
だが、双子たちはそんなのお構いなしに話を続けた。
「「ちりちゃん!私と結婚して!」」