ゴスロリの王女様 ([前]編-幕間.02)
人を呪わば穴二つ。
俺は今、この由緒正しく語り継がれて来た含蓄ある格言の意味を、沁み沁みと噛み締めている。
何故だか今、俺は、ほぼ三四半世紀ぶりに、一般人にとっては超絶レアな体験とも言えるレベルでスペシャルかつ崇高な相手に、遭遇していた。というか、無理矢理かつ強引に、押しかけて来られていた。
この邂逅が、今後の俺にとって吉と出るか凶と出るかなど全く予想もつかないが、鈍感で傍迷惑なおっさんに制裁を加えた俺の軽はずみな行動に起因する厄介事であることは間違いない。
勿論、その行動をとったこと自体に後悔はないが、怒りの衝動に身を任せ冷静さを失った点については、大いに反省したいと思っている。
ちなみに。
穴二つ、のもう一つの穴というのは、綾ちゃんによる怒りの鉄槌。
被害者である弥生ちゃんを俺との縁が深い例の農村へとご案内した際に、麗しの綾ちゃんからガッツリと盛大に喰らう事となった濃厚な教育的指導その他諸々が、俺の掘ってしまった墓穴の一つに該当するのではないかと愚考している。
あの場から被害者である弥生ちゃんを回収し、急遽、村に取って返して新たな被保護者として追加の申請を行うと、当然の如くに綾ちゃんが対応に現れて、その経緯や状況を根掘り葉掘り徹底的に聴収され微に入り細を穿つよう事細かに詳細な説明を怒涛の勢いで要求され洗いざらいを吐かされた。
その上で更に、俺は、綾ちゃんから懇切丁寧なお叱りとお説教の集中砲火を受け反省を促され、超詰め込み集中講義の連打となる綾ちゃん謹製で特別版の再教育プログラムを受ける破目になったのだった。
まあ、それは兎も角。
今現在、突発的に急遽発生した目の前の緊急事態は、全神経を集中して真剣に対処しなければ大惨事になりかねない種類の大変に危険なシロモノなので、背筋をピンと伸ばしてガチガチに気を引き締めた上で対応する必要がある。
背中に伝う一筋の冷たい汗をまざまざと感じながら、俺は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「やあ、アッシュくん。久し振りじゃの」
「ご無沙汰しております」
「ホント、ご無沙汰じゃが、そなたの方はあまり代わり映えがないのぉ」
そう言って、目の前に立体映像として映し出されている女性が、ころころと笑った。
世間では通称「ゴスロリの王女様」と呼ばれ、家名は確か「有栖川」で、ご本人は会話する際に相手から「プリンセス有栖川」と呼ばれることを好んでいるらしい、実質的なこの地域の支配者。
それが、この女傑の立ち位置の筈、なのだが...公式にはそれを証明するものはなく、俺もまだ現在の社会情勢には十分に馴染めきれていないが故に正確なところは良く分からないのだが、たぶん、大きくは外していないと思う。
この、圧倒的な存在感と、抑えきれずに滲みでる威圧感。そして、あまりにも非常識なこの場への登場方法、などなど。全ての状況が、彼女の突出し卓越した能力と権力と経済力が盤石で揺るぎ無きものだと感じさせ納得させるのだ。
轟音と共に上空から猛スピードで何かが降って来たと思い慌てたら、それは軟着陸機能を備えた小型ロケットもしくは弾道ミサイルで。
その小型ロケットだか弾道ミサイルだかが、俺のすぐ目の前で左右に割れて開いたと思ったら、その場に一人用ソファーが設置され。
俺のすぐ目の前に忽然と設置されたソファーのその上に、そのソファーの内部に仕込まれていると思われる高性能なプロジェクターによって、悠然と腰掛ける女性の立体映像が投影されたのだ。
今、俺は、その立体映像の女性と顔を合わせ、その立体映像の口から発せられているとしか思えない声を聞き、タイムラグもなく自然で意思疎通に全く不自由のない会話を交わしていた。
いくら現代の科学が進んでいて超高度な機器がある所にはある筈だと分かってはいても、気紛れに一時的な会話をするためだけに、このような高価な機器を惜しげもなく使用してしまうのは一般人の感覚ではあり得ない、と思う。
しかも、たぶん、この機器は全て使い捨てにされるのだ。用事が終われば直ぐ様に、跡形もなく破壊されて消滅する光景が、まざまざと目に浮かぶようだ。
豪華な一人掛けソファーにちょこんと腰掛けた、黒と白のツートンカラーで構成される豪勢なゴスロリ衣装を纏う、釣り目気味で少し気の強そうな感じのする美少女。
そんな美少女が、お淑やかに笑っていた。
が、しかし。俺の記憶にある彼女と、目の前にあるこの姿には、微妙な相違点があったりする。
「これ、おぬし。今、何か失礼なことを考えておったな?」
「いえいえ、滅相もない」
「では、なんじゃ?」
「その...以前にも増して、お若くなられたなぁ、と」
「ふん。それだけかや?」
「えっと、以前にお会いした時よりもかなり縮んでいるような...」
「ふむ、確かに。半世紀ほど前に比べると、より成長期の体格へと戻っているかもしれんのぉ」
「はあ」
やはり、そうなんだ...。
半世紀は少し大袈裟で実質的には約三四半世紀ほど前に会った前回は、確か、女子大生くらいの年齢に見える容姿だった筈だと思ったのだが、俺の記憶違いではなかったようだ。
鮮烈であっても古く余り思い返すことのない記憶が変質してしまったのかと、一瞬、焦った。
けど、俺の頭脳が経年劣化したり破損脱落したりした訳ではなさそうなので、一安心だ。
目の前には、女子中学生くらいまで若返って身長が縮んだ、元は美女な美少女。
以前はナイスバディで綺麗なお姉さんだけど強烈な迫力と威圧感で近寄り難く神々しいまでの存在であったのだが、今は、無邪気さが前面に強く出ている為か妙な迫力と威圧感は健在なものの上手くカモフラージュされていて気にならない可憐な美少女。
そう。釣り目気味なので少し気が強そうな感じも受けはするが、一見すると可愛らしいとも言える美少女だった。
「若返りの実験で色々と試した所為もあって、ちと可愛くなってしまったかのぉ」
「ちょっと可愛らしく...」
「何じゃ、羨ましいのか?」
「...」
「では、おぬしの容姿も、また少しばかり弄ってやろうかえ?」
「えっと」
「どうやら、ここ暫くは臥せっていた期間が長かったようじゃのぉ」
「...」
「どうじゃ。もう一度、その身で最新技術による身体改造を試してみるかや?」
「い、いえ...」
「遠慮は、要らんぞ。そなたの献身のお陰で、妾の研究成果が日の目を見て、今の妾の容姿や身体能力もある訳じゃから、の」
「はあ」
それは、まあ、その通り、なんだろうが...。
俺が不運にも死にかけ、幸運にも適性があったが為に瀕死の状態から生き返り、結果的には今の特殊能力満載な身体を得る事となったのは、全てが彼女、ゴスロリの王女様の行動と気紛れが発端と契機であり、その高度な能力と実力と運がもたらしてくれた成果だ。
現実問題として、俺はプロトタイプの実験台であり、彼女はその成果を余すことなく活用して完成した完全体とも言える訳だが、それは、彼女がこんな風にあっけらかんと口にしなければ誰にも分らないことだ。
こんな性格が彼女の憎めないところではあるのだが、遺憾ながら、彼女は根っからのマッドサイエンティストでもあるので、取扱注意で超危険な物件なのだった。
「それに、ちょうど良い具合に試してみたい新しい研究成果もあったりするから、お得じゃぞ」
「いえ。恐れ多いので、ご遠慮させて頂きます」
「ふん、意気地なしめ。つまらん奴じゃの」
「...」
はい、意気地なしで結構です。俺は、平穏無事に過ごしたいと思っているのです。
そんな俺の心情と無言の返答は、しっかりと、顔に表れていたようだ。
超絶リアルな立体映像として俺の目の前に訪れている美少女は、少し不満げに口を尖らせ、可愛らしく拗ねてみせたのだった。