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悪意なく迷惑ばら撒く厄介者 ([前]編-Episode.02)

 何かとご縁があって昔からのお馴染みとなっている農村で、思わず私怨の混入を疑ってしまう程に厳しめな現代人間社会に溶け込む為のリハビリに取り組みながら少しばかりの野暮用を済ませた後、俺は再び、ピカピカの高層建築とボロボロの廃墟が混在する往古(いにしえ)の商都として名高いあの街へと向かっていた。


 村を出る際にも、ほぼ習慣と化している小細工やちょっとした技と目晦ましなど駆使した隠密行動を取りつつ何度か方向転換を行って、俺が移動した痕跡を出来るだけ辿れないように工夫する。

 最終的には、目的地である街から西に向かって延びている主要街道へと、隣接する森の獣道から合流して来た(てい)を装って入り込んだ。

 そして。俺は、何食わぬ顔をし、遥か昔から「商都」として君臨する現在もこの地域の主要都市としての地位を維持し続けているあの街へと向かって、周囲の人々が流れる速度に合わせながらテクテクと歩くのだった。


 誰もが無秩序に超越者となった挙句に暴走して周囲も巻き込み自爆する可能性を得てしまったあの日から以降、交通の要所や主要な街道など人が多く集う場所であっても一定以上の距離を保って行き来することを、人々は暗黙の了解としていた。

 多くの人が行き交う往来では特に、周囲を警戒しつつも一定のリズムを読み取ってその流れに身を任せ、意識することもなく車間ならぬ人と人との間に一定の間隔を空けて歩みを進めるのが、当たり前の行動となっている。

 不文律、という奴である。

 ただし。

 この、暗黙のお約束、という明文化されていないルールは、何処にも明示されていないが故に、空気を読まず気の利かない異分子が一人でも混じり込んでしまうと途端に、歯車が狂って予期せぬ大きな事故を引き起こしがちだ。


 そう。今、俺のすぐ目の前で、巻き起こっている事態のように。


「うっ」

「おっ」

「わっ」


 一人の、ボヤっとした顔で無意味にへらへらと笑っている感のあるおっさんが、もうだいぶ近付いてきた街へと向かう人の流れに、迷惑をばら撒いていた。

 そう。迷惑、だった。

 本人に、悪意は無いのだろう。

 しかし。その餌食となってしまった人にとっては、故意かどうかなど関係ない。

 ()してや、見知らぬ他人との予期せぬ接近が大いなる災いの契機となり得る現代では、死活問題となる。


 しかも。

 (たち)の悪いことに、大盤振る舞い。

 諸悪の根源のみがそれを理解しておらず、とどまる気配が全くない。


 この地域の主要都市でもある往古の商都に向かう人の流れは、今がそのピークとなる時間帯の一つでもあるので、ぱっと見は余裕があるように見えて実は超絶に過密状態だ。

 人々は、絶妙の感覚で間隔を維持し、整然と過不足のない一定の速度を保ちながら、同じ方向へと向かって黙々と進んでいる。

 そう。誰かが一歩でもこの流れを乱せばその周囲にいる人々が即座に身の危険を感じてしまう程に余裕のないギリギリの緊張感の中で、皆が黙々と同じ方向に向かって歩いているのだ。


 その是非は別としても、それが現実だった。

 にも拘らず、それを全く理解もせず気にもかけない異分子が入り込んでしまうと...。


「わっ」

「きゃっ」

「おい」


 その壮年の草臥れた男は、脈絡もなく、急に微妙な方向転換をしてみたり歩く速度を不規則に速めてみたりと、無遠慮に他人の進路に割り込んだり急接近してみたりする事によって、周囲の人々を大いに困惑させていた。

 その傍迷惑な男の存在に早くから気付いた一部の人々は近隣の人に出来るだけ迷惑をかけないよう配慮しながらもその近辺から離脱を図るようになり、その男の周囲では更に不自然な人の流れが出来上がってしまいより一層にカオスな空間となっていく。

 それは、人々が密集することを恐れなかった時代であれば将棋倒しが起こる寸前の状態、とも言えるだろう。

 一人の悪意なく迷惑ばら撒く厄介者によって、集団パニックが発生する一歩手前の状況が構築されていく。

 諸悪の根源であるその男に悪意はなく、ボヤっとした顔で無意味にへらへらと笑ってフラフラしているだけ、にも拘わらず...。


 これは、天災なのだろうか?

 人災と言っては、イケナイもの、なんだろうか?


 プチっ。


 と、俺の中で何かが切れた。

 どうやら、俺の理性は我慢が出来なかったようだ。が、我慢しなくても良い、と開き直る。


 俺は、この男が嫌いだ。

 そう。独断と偏見だと言われようが、大っ嫌いだ。

 誰が何と言おうと、俺はこの男が嫌いだ。それで良いじゃないか。


 相手の迷惑そうな態度にも気付かず、平然と自己中心的な行動を継続する。

 迂遠な表現での嫌味や牽制の言葉を聞いても、自分に都合の良い解釈をして自己の行動に問題があるとは考えない。


 俺は、そんな悪意なく迷惑ばら撒く厄介な奴など、大嫌いだ。

 何だか微妙に目の前のおっさんとは別の人物や事象への寸評が混じったような気もするが、気にしない。

 うん。それで良い。上等だ。


 という事で。俺は、周囲に気付かれないよう慎重に、こっそりと魔力を練る。

 どうやって、この不埒者を排除してやろうか、などと考えながら...。


「きゃっ」

「わわわっ」

「おい、こらっ」


 し、しまったぁ~。

 またもや、間に合わなかった。

 俺には、まだまだ、この世知辛い世の中で生き抜く感覚を取り戻すためのリハビリが必要なようだ。


 俺の視線の先、少し離れた場所で、訳あり感満載な小柄な人物が、迷惑男の急な接近を慌てて避けたが足元が疎かになり道の凹みに足を取られて盛大に転んだのだった。


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