([後]編-幕間.01)
不味い、困った、どうしよう。と、俺は、大慌てでなけなしの頭脳をフル回転させる。
まず間違いなく、約二十年ぶりの再会、となった点については怒っている。
しかも。何も言わず唐突に、引き籠ってしまったまま連絡をつける手段も伝えていなかった、のが拙かったのは分かる。
勿論、村の上層部には緊急事態を伝えるための連絡手段を用意していたのだが、当時の、まだ十五歳だった綾ちゃんには、それを知る術が無かったのは確実だ。
確かに、悪いことをした、とは思う。
けど。
記憶は定かでないものの、当時、何か綾ちゃんと特別に約束したような事柄はなかった、と思うのだが...。
いや、まあ。日常会話的には、何かと小さな約束はしていた、ような気がする。
が、まさか、その程度の事で綾ちゃんが未だに怒っている、などという事はないと思いたい。
小さい頃からツンけんしたお子様で、何かある度に俺に突っかかって来た元気で明るい美少女ではあった、けど。
だから、まあ。急に挨拶もせずに引き籠ってしまった所為で、何か、迷惑を掛けてしまった可能性が高い、という事だよな。
昔から、表面的には綺麗な笑顔を浮かべて瞳が笑っていない時は、要注意、だったと思う。
今更ながらに、過去の潤沢な経験が盛大に特大の警告を発していた。ま、拙い。
「えっと。綾ちゃんが、今の村長さん?」
「いいえ。村の評議員ではありますけど、今は、孤児院の院長として応対をさせて頂いております」
「そ、そうなんだ。忙しいところ、申し訳ないね」
「いいえ。アッシュさんの為なら、いくらでも、時間を用立てしますよ?」
「ははははは」
「ええ、本当に。二十年も待っていたんですもの。いくらでも、時間は用意致しますとも」
「...」
「で。今回のご用件は、そちらの子供二名、ですか?」
「あ、ああ」
「成る程。また、保護された、と?」
「ま、まあ」
「相変わらず、という事ですね?」
「いや、まあ」
「分かりました。短期か長期かは、この子たち次第ですが、他ならぬアッシュさんのご紹介ですから、取り敢えずは、受け入れ準備はさせて頂きます」
「た、助かるよ」
「どう致しまして。勿論、それなりの対価は頂きますわよ?」
「あ、ああ、勿論。俺に出来る事であれば...」
ギラリ、と綾ちゃの瞳が光った。
段々と鮮明に思い出してきたのだが、綾ちゃんのこの感じは、相当にヤバイ。
「ええ、勿論。アッシュさんにしか出来ない事を、色々と、お願いさせて頂きますとも」
「ははは...」
「ええ。色々とお願いしたい事はあるのですが、まずは、ここにサインして下さい」
すっと差し出された書類は、契約書、ではなく、申請書類というか...届出書?
「って。えええ?」
「さ、ここに、サインして下さいませ」
「え、えっと」
「さあ、さあ、サインして下さい」
「こ、これって...」
「はい。この村での婚姻届け、ですね。私の名前は記入済み、です」
「いやいやいや」
「勿論、アッシュさんの本名も記載済み、ですよ」
「お...おお、本籍地まで」
「ええ。私とアッシュさんの仲ですもの。キチンと把握していますとも」
「...」
「あら、お嫌でしたか?」
「いやいやいや、滅相もない」
「では、良いではありませんか。効力はこの村の中限定、にしておきますよ」
「いやいやいや。そんな訳ない、って」
「おほほほほ。まあ、細かい事は気にしないで下さいな」
「こ、細かいこと?」
「そうですよ。私とアッシュさんの仲ですものね!」
「け、けど。俺は、綾ちゃんには嫌われているものだと...」
「何を言っているんですか。二十年間も、待っていたのですよ」
「え、ええ~!」
「さあ、さあ、さっさと、男らしく責任を取って、サインして下さいませ」
「いやいやいや。ちょ、ちょっと待った!」
「え、ええ~」
「綾ちゃん、早まってはいけないよ」
「そうですか?」
「そ、そうだよ。美人で賢くて気立ての良い綾ちゃんには、勿体ないって!」
「はあ、仕方ありませんわね」
「...」
「では...少し、時間を差し上げましょう」
「あ、ああ?」
「でも。当面は、アッシュさんのこの村でのパートナーは私、という事でよろしいですわね?」
「あ、ああ。分かった」
「はい、男に二言無し、ですわよ。しっかりと、お聞きしましたからね」
「...」
スッキリしたと言わんばかりの表情でニッコリ微笑む綾ちゃんは、昔と同じで凄く可愛かった。
昔馴染みの村で、昔馴染みである知り合いに、ほっこりする間もなく怒涛の攻めを受けて押し込まれてしまった訳だが、この笑顔を見ると、文句は言えない。
やっぱり、女の子には笑顔、だよな。
こうして。俺は、訪れた当初の目的に関しては無事に果たせたものの、この村での生活の方は、前途多難な再スタートとなったのだった。