([後]編-Episode.01)
まあ、警戒するのが当たり前、だよな。
俺は、ほんの少し離れた位置で、子供たちと視線を合わせるべく、しゃがみ込んだ。
出来るだけ優しそうに見える笑顔を浮かべて、痩せ衰え小柄なまだ幼い少年と少女の二人組の目を見ながら、遠慮がちに声を掛ける。
「取り敢えず、場所を変えたいのだが、良いだろうか?」
「「...」」
「通りすがりの、危険人物ではない割と親切なお兄さんのつもり、なんだが...」
「あ、ありがとうございます。私たちは大丈夫、です」
「ホントに?」
「はい!」
「でも、そっちの子は、たぶん、もう動けないんじゃないかな?」
「...」
「二人とも、少し休んで、何か温かい物でも食べた方が良いと思うよ」
そうなのだ。
煙草の煙に咳き込んでいた少女は、胸ぐらを掴まれて持ち上げられた際にダメージを受けたようで、息も絶え絶えでこの場から動けそうにはないレベルまで衰弱している。
しかも。二人ともかなり痩せているのだが、蹲って動けそうにない少女の方が、栄養失調の程度が少し酷いようなのだ。
つまり。この場から移動するには、俺が、彼女を抱えて行くしかない訳なのだが...。
彼女も、見知らぬ他人にお姫様抱っこで運ばれるのは、不安だろう。
少なくとも、相方の方には、何らかの安心できる材料を与えてあげた方が良い、という状況であるのは間違いない。
ので、仕方がない。少しばかり、臭い芝居をするとするかな。
「おお、そうだ」
「?」
「ほれ、少年。ここに、今現在の俺の手持ちが全て入っている」
と言って俺は、スリーピースの懐から財布を取り出し、ポイっと少年に投げ渡す。
少年は、一瞬お手玉するも器用にバランスをとり、俺の財布をちゃんと受け取った。
「???」
「という事で。俺の全財産を預けるから、君は後から付いて来てくれるかな?」
「は?」
「それを無くすと、俺も困るんだ」
「はあ...」
「だから、ちゃんと付いて来て欲しいな」
「...」
「という事で。そっちの子を、抱っこさせてもらうよ」
俺は、さっさと、具合の悪そうな少女をひょいっと持ち上げ、お姫様抱っこする。
そして。そのままの状態で、暫く待機。
少し混乱している、多少の体力は残っていそうな感じの痩せた少年に、目配せ。
何となく納得がいかないような表情ながらも特に反論はないようで、静かに俺を見返す少年。
そんな少年を見て、腕の中で大人しくお姫様抱っこされたままの少女を見て、俺は、ゆっくりと歩き出すのだった。
さて。と、考え込む。
この子達を連れて入れるような喫茶店的な店って...たぶん、今どき無いよなぁ。
テイクアウトの食べ物屋さんを探し、何か温かくて食べ易い食事と飲み物を買って来て、公園のベンチ的な休憩できるスペースで一休みする、といった選択肢しかないような気がする。
俺は、この先の対応プランについて、役に立つかどうか分らない程に古くなっている可能性もある自身の記憶を漁りながら、色々と検討してみる。
後ろの少年は、少し足取りが覚束ない気もするが、取り敢えずは何とかついて来ている。
ただし。よく見ると、少年も、それ程の距離はもう歩けそうにない感じだった。
う~ん。この近くに、適当な場所はあったかなぁ。
暫く歩くと。周囲に、パラパラと人影が戻って来た。
しかし。その人々も、他者や周囲を警戒し、取り付く島もない拒絶の雰囲気を放っている。
そう。とてもじゃないが、近寄って行って道を聞けるような雰囲気ではなかった。残念。
後ろの少年の様子を時折そっと伺いながら、更にもう暫く歩き続けると漸く、ちょっとした広場にでた。
都合の良いことに、何軒かの屋台が出ていて、噴水やちょっとした建物レベルのオブジェなどが散在し、ベンチや座れそうな芝生などもある。
しかも今は食事時ではないので、座っている人も少なく、場所の確保も容易そうだ。
そう判断すると、俺は、ザっと周囲を見回し、古びたコンクリートの建物前の芝生に目を留め、そちらの方へと足を向けた。
周囲の安全を確認し、抱えていた少女を、芝生の上へと丁寧に降ろす。
だいぶ息が整って落ちついてきた感じの少女を、コンクリートの建物に凭れさせるようにして座らせる。
俺の後からついて来て手持ち無沙汰な様子で立っている少年に、その横に座るように目線で指示。
そして。少年から預けていた財布を受け取って、俺は一人、屋台へと向かうのだった。
何軒かの屋台を回って調達した少し多めの食べ物と飲み物を抱え、俺は、子供たちの元へと戻り、その横にどさっと座る。
そして。
まずは腹ごしらえ、と宣言。子供たちに確保して来た飲食物を渡して、食事するように促した。
最初は遠慮していた子供たちも、空腹と美味しそうな食べ物の匂いには勝てず、食事を始める。
そして。俺が尋ねるままに、彼と彼女の事情を、ポツポツと説明してくれたのだった。
* * * * *
ツトムくんとユカリちゃん、双子で八歳の少年と少女は、身寄りのない子供たちだった。
二人は、年齢的には小学校に通う年頃ではあったが、学校には通ったことは無いと言う。
この街で、つい最近までは、母親と一緒に三人で慎ましく暮らしていた。が、数週間くらい前から、仕事に出た母親が帰って来ない。ので、今は二人だけで生活している、と。
主にツトムくんが、ポツリポツリと、話してくれた。
久し振りにお腹いっぱい食べた、と心の底から満足そうにしてる二人の様子に安堵しながらも、俺は思案中。
食欲を満たされた次は、睡眠かな。と予想して、二人を見てみると、既にもう眠たげな表情になっていた。
幸いにも今日は天気も良く、ここは、日当たりが良いのでポカポカと温かい。
この後、二人が寝起きしている場所とその周囲の環境や隣人など色々と確認する必要がありそうではあったが、まだ日も高いので時間は十分にある。
という事で。
俺は、周囲をそっと伺い、誰もこちらを見ていないことを確認。視覚情報のみの認識阻害がこっそりと軽めに発動されている背中の装備から、ズタ袋だけを右手でそっと掴む。左肩に掛かっていた紐を外し膝の上に置き、縛ってあった布袋の口を開けて、中から一枚の毛布を取り出す。
そして。
そっと、優しく、すやすやと寝息を立て始めていたお子様二人へと被せた。
噴水やちょっとした建物レベルのオブジェなどが散在する、何軒かの屋台も出ていた、憩いの広場。その端っこに位置する日当たりが良くてポカポカと温かい芝生の上で、優雅に日向ぼっこと洒落込む、俺と二人のお子様たち。
ぱっと見には、なかなかに、心温まる長閑な光景の出来上がりだ。
こうして、俺は。
人里に降りて来た途端、早くも、二人の可愛らしいお子様を保護する事になったのだった。