([中]編-Episode.01)
ぼお~と呑気に呆けていた俺は、眼前で繰り広げられていた一連の光景を目にしていながら正確な状況認識が出来ておらず、その意味する処とその当然の帰結にまで思い至れていなかった。
はあ。ダメ駄目だろう、俺。
小学生くらいに見える小さな痩せた子供二人組が、紫煙の汚染源殿を追い抜く。
が、子供の足では歩く速度にも限度があり、成人男性であるガタイの良い汚染源殿に直ぐ追い抜き返される。
そして。煙草の煙を吸ってしまい、苦しそうに咳き込む片方の子供。
慌てて、もう片方の子供が支えながら早足で、汚染源殿を再度追い抜こうとする二人。
だが。呼吸が苦しいそうな方の子供の足が止まり、汚染源殿の進路を塞いでしまう。
そんな一連の出来事を最初からずっと目にしていながら、俺は、危機感を欠片も覚えず呆けていた。
はあ。感覚が鈍っている、よな。間違いなく。
こんなボケた感覚で、人類社会に復帰するのは、危険極まりない。
やはり、もう少し温和な環境から、リハビリすべきだろうか。
そうだよな。まずは、馴染みの農村にでも出向いて、悪意を向けて来ない人たちとの適度な距離感を掴むところから始めるべき、だよな。
そんな風に、改めて自己評価を下方修正しながらも、俺は、周囲に気付かれぬようコッソリと魔力を練る。
中継体の出現ポイントは、排除する汚染源殿の右前方にある建物の二階、庇の上。
形状は、小さな水色の水龍。
そう、俺のイメージするウンディーネさんは、見た目が少し可愛らし過ぎるので、対象を威嚇したい今回は不採用。
慎重かつ大胆に、細心の注意を払って最小出力で、魔法を発動。
選択した場所に選択した生物が存在する情景を、イメージする。
小さいが威圧感漂う水色の水龍。
顕現。と同時に、その口から、水鉄砲を数発ほど連続で発射する。
精密射撃で、ピンポイントに、煙草の先端の火を消し飛ばす。のみならず、発射された水に勢いがあったが為か、火の付いた煙草の先端も派手に吹っ飛んだ。
ははははは。火力ならぬ水力と言うか水流の勢いに、計算ミスがあったようだ。
その余波で、男は、右手に持っていた煙草を、ポロリと落とす。
そして。水撃の飛んできた方向を見て、自身を威嚇する小さな水龍の存在に、気付く。
と同時に。
「う、わ、わわ。わわわ、ワァぎゃ~」
諸悪の根源である元歩行喫煙者殿は、意味不明な科白を叫びながら脱兎の如く、その場から遁走したのだった。
それは、もう、見事な程に、恐怖の表情をクッキリ浮かべての全力疾走だった。
何もそこまでビビらなくても、と俺が思う程に、恐慌をきたしていたようだ。
ちなみに。水龍が水撃を飛ばした時に、迷惑千万なその御仁は、元気な方の子供を思いっきり突き飛ばして弱っている方の子供の胸ぐらを掴みその顔を覗き込んでいた。
どうやら、難癖をつけた時に煙草の煙に咳き込んでいた方の子供の容姿に興味を抱き、攫って何処ぞに連れて行き売り払ってしまおうか等々と不埒なことを考えていた可能性もありそうだ。
しかし。威丈高なその人物も、つい先程、見事な変わり身の速さで二人の子供をほっぽり出して素晴らしい逃げ足を披露し、この場からは退場している。
つまり。歩き煙草で周囲に紫煙を撒き散らして幼い子供にイチャモンつけていた元歩行喫煙者殿は、もう、ここには居ないのだ。
勿論。小さな水龍の姿は、その役目を果たし終えたその直後に、ドロンとばかりにエフェクト付けて消しておいた。
だから、水色の小さな水龍に気付いた人は極僅か、の筈。
だが。周囲の人影は、スッと波が引くかのように、この場から綺麗に消え失せてしまっていた。
そう。疎らにではあったが存在した周囲の人影が、今現在は、綺麗さっぱり消え失せている。
この場に残っていたのは、尻もちをついて座り込んでいる痩せこけた小さな子供の二人組と、俺だけ。
うん。その二人にさえも俺は、見事なまでに、ビビられている。
などと。思わず俺は、現実逃避的に現状分析をしてみたのだった。
妖精とか精霊とか不思議系の生き物って、今は恐怖の対象になっているのだろうか?
それとも。この街に限定した、あるいは、このタイミングのこの街に固有の何らかの事情がある、のだろうか?
水龍の見た目には、多少の迫力を出すためにリアルな部分も少し混ぜたが、どちらかと言えばアニメっぽいデフォルメされた可愛らしい外見になっていた筈、なんだがなぁ。
それとも。俺が不在の間に、魔法に対する忌避感が以前にも増して大幅に悪化するような何らかの事態が、この街で発生したのだろうか。
いや、まさか。現在進行形で、魔法の関わる何か恐怖の対象となるような出来事が発生している最中、といった事はないと思いたいのだが...。
やっぱり。俺には、リハビリというか、最新情報の収集と少しばかりの追加学習が、必要とされているようだった。
今の俺は、浦島太郎、という奴だな。
まあ、確かに。かなり長い間、人里離れた僻地に一人で籠って自給自足の隠遁生活をしていたので、世情に疎いのは間違いないのだが...。
さて、どうしよう。と、俺は、途方に暮れるのだった。
ピカピカの高層建築とボロボロの廃墟がアンバランスに同居する、往古の商都の街中の一角。
そんな場所に、俺は、地面にへたり込んでいる見ため貧相なお子様二人と居た。
そう。
蜘蛛の子散らすように周囲の人々が消えた往来で、三人だけ。
取り敢えず場所を変えたい、と俺が痛切に希望するのは、当然だと思う。
「えっと。大丈夫かな?」
「「...」」
お子様二人が、ピクリと反応した。が、視線を彷徨わせ、俺とは目を合わそうとしないのだった。