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歩き煙草を消火する幻獣   ([前]編-Episode.01)

 久方ぶりに訪れたこの街は、以前とあまり変わっていなかった。


 ピカピカのビルと、ぼろぼろの廃墟。

 きらきらの小型電動自動車と、ガラガラと崩れ落ちる線路の高架に錆びつき放置された電車の車両。

 颯爽と風を切って歩く身なり良い護衛付きの資産家と、ビクビク周囲を伺いながら足早に歩く草臥れた服装の勤労者たち。


 光と影、現在と過去が入り混じり、混沌が渦巻く場所。


 世界に魔法と超能力と妖怪変化が溢れ出し、人間社会と国家と常識が崩壊してしまったあの日から、無秩序に破棄された過去の遺物と新しく出現した富の象徴が混在している。

 都会で暮らす人々の数は、自由主義経済と人類社会が繁栄を極めていた時代と比べれば大幅に減り、人気の施設や店舗に押し寄せる人波や押し合いへし合いの大行列といった光景も絶滅した。この世界で今を生きる大多数の人々にとっては、そんな過去に於いてはありふれた光景も、想像すらできない程に異様な事態に他ならないのだった。

 そう。見も知らぬ、何者かも分からぬ他人と、至近距離で接することなど狂気の沙汰だ。

 いきなり凶暴化して破壊を撒き散らす存在に、誰が、いつ、成り果てるとも分からない。そんな状況の中で、緊張もせず漫然と過ごせる人間は、やはり、ある意味で何かが壊れているのだと思う。


 今は、そんな時代、だった。


 何かが狂っていたのではあろうが、人混みが当たり前に受け入れられていた時代は平和だったのだ、とつくづく思う。

 とは言え。今となっては、とてもじゃないが、そんな怖ろしい状況の中で過ごしたいとは微塵も思わないのだが...。


 などなど、と。

 感慨深く、俺は、久し振りの都会で、人影は(まば)らながらも一定の間隔で行き交う人々の姿を、漫然と眺めていた。

 ホケっと、お互いに絶妙の間合いと距離を保って歩く人々を、見るともなしに瞳に映す。

 そして。そんな俺自身も、人の流れに乗って目的地へと向かって黙々と歩いている。

 自然体を維持しながらも決して周囲への警戒は怠らず、足早にテクテクと歩いていた、訳なのだが...。


 けむい。


 煙草の煙。が、(ただよ)って来ていた。


 前方からの自然な空気の流れに乗って届く、独特な匂い。

 吸い込んだ途端に、軽い眩暈と一種の酩酊感を引き起こす、厄介な煙。

 街に人と物が溢れていた人類絶頂のあの時代ですら吸える場所が限定され、今となってはほぼ過去の遺物と化している感のある、煙草を吸った者の口から吐き出された煙、が。


 俺は、思わず顔を顰め、発生源をガン見する。


 大騒乱の最中(さなか)に様々な特典を不本意ながら受け取る事となり色々な意味で一般人の範疇から外れてしまった俺だが、基本となる身体は、残念ながら頑丈でも健康優良児でも何でもない。

 どちらかと言うと、軟弱な体と騙しダマしで付き合っている状態のため、今でも煙草の煙は苦手だ。

 昔から、体調不良な時や疲労困憊している際に煙草の煙を吸ってしまうと、運が悪い場合には強烈な眩暈や頭痛に悩まされる状態となるのだ。

 最近は煙草の供給も細り喫煙者も殆ど見かけなくなっていたため、この嫌な感覚も久し振りだ。

 とは言え。強烈に突き上げてくる、不快感というか生存本能が断続的に発する警告は、無視し難い。

 だから。俺は、自己防衛のため、発生源の抹殺...ではなく、回避策の検討を開始する事にした。


 さて、如何(どう)して()れようか。


 風系統の魔法で、煙を散らすか?

 いや。

 残念ながら、こんな街中では攻撃魔法を行使する感じで派手にぶっ飛ばす訳にもいかないから、制御に難あり、の結論にて却下だな。


 水系統の魔法で、消火するか?

 そう。

 煙草の煙は、煙草の火さえ消してしまえば発生する事もなくなる訳だから、良さそうだ。

 が。俺を起点に、水の放出や魔力の操作を行うと、発生源に難癖つけられる可能性もある、よなぁ。

 要検討、だな。


 ターゲットは...と。

 うん。

 見るからに、堅気の人では無さそうだ。

 これは、やり方を間違えると絡まれて面倒臭そう、だよな。

 まあ。そもそもが、街中での歩き煙草、といった現在では絶滅危惧種的な行動をとっている時点で、普通の感性を持った人物ではない筈ではある。

 それに。俺の(つたな)い記憶によれば、煙草それ自体も現在では結構な貴重品、だったような気がするので、尚更だった。

 はあ。そんな貴重品、何処ぞに籠って大切に吸えば良いのに、ねぇ。


 更に。残念なことに、(くだん)の御仁と俺は向かっている方向が同じ、らしい。

 しかも。不幸なことに、暫くは一本道なので、別の道に迂回して回避するといった選択肢もない。

 その上。この御仁は、煙草を吸っていながらも割と早足で歩いているので、さり気なく追い抜いてしまう事すら出来そうにもない。


 うん。仕方がない、ね。

 排除、で決定だ。


 けど。やっぱり面倒は嫌だから、前方に中継地点を設けて別方向から水で攻撃、が良いかなぁ。

 そうそう。サラマンダーは炎系統だから、小さなウンディーネさんでも出現させて、水鉄砲的な攻撃を仕掛けて貰うか...。

 う~ん。

 けど、確か。魔法の使用は、注意深く行わないと、周囲の人たちがパニックを起こすんだったっけ。

 無関係な人たちには気付かれずに、ターゲットにだけ魔法の行使を見せつける。

 いやいや。魔法以外で、手間を掛けずに解決する方法を考えるべきか...。


 あまり危機感なく、まだ距離があるため散発的に漂って来るだけの煙を軽く避けながら、俺が、のほほんと思索に耽っている、と。


「きゃっ」

「うわっ」

「おい、何やってやがる!」

「す、すいません」

「ご、ごめんなさい」

「ウロチョロと、目障りなんだよ!」


 俺の目の前で、煙草の煙の発生源である難儀な人物が、俺と同様に煙の被害を受けていたであろう弱者に対して、難癖をつけたのだった。


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