([中]編-Episode.03)
半自動状態で堂々巡りの同じ問答を延々と繰り返し続けながら、俺は、胡散臭い笑顔を浮かべたご老人と、その後ろに見え隠れする広々とした玄関内に無秩序に並べられた派手派手しい物品の数々を、半ば感心しながら眺めていた。
うん、呆れた。
いやはや、あっ晴れ、だった。
何処までも突き抜けて行きそうな程に怪しさ満載の明らかに紛い物と分かる物品が、これでもか、とばかりのオンパレードで無造作に大量陳列されているのだ。
これって、ワザと、故意の、意図的なもの、だよね?
玄関がこれなら、客間なんかは、もっと、物凄くカオスな世界が構築されているのだろうなぁ。
何と言うか、別の意味でも、お屋敷の中に入れて貰えないのが残念に思えてきた。
ははははは。
しかし、まあ、どうしたものだろうか。
別に俺は多忙という訳ではないのだが、くだらない戯言を延々と聞き続ける趣味もない。
奇特な御仁とその住居、と言っても玄関の外から見える部分だけではあったが、珍しい見世物の鑑賞にも、そろそろ飽きてきた。
ので、そろそろ目の前のご老人の口を塞ぎたくなってきたのだが...。
「ああ~、宜しいですか?」
「な、なんだ。人の話を遮るとは、礼儀のなっていない若造だな」
いやいや、人に礼儀うんぬんを言う前に、茶くらい出せ、というか家の中に入れろ!
と、心の底から思わなくもないが、スルー。
見た目は若造だけど、おっさんよりも相当に年上だよ、俺。
などと、脳内にて盛大に突っ込みを入れながらも、表面上は笑顔をキープ。
殊更にニッコリと満面の笑顔をつくって、目の前の御仁を丸めにかかる。
「そちらの仰りたい事はおおよそ理解致しましたが、何事にも決まりというものが御座いまして」
「だから、儂が真実と成すべき行動を教えてやっているだろうが!」
「いえいえ。客観的な事実を示すのが、こちらの書類になります」
俺は、そう言って、店主から預かって来ていた一部は精巧なコピーを含む書類一式を、厚顔無恥なご老人の前に並べる。
その書類一式を見たご老人は、一瞬、動揺するものの、直ぐに、何か思い付いたのか嫌らしい笑みを浮かべた後、元の横柄な態度へと戻った。
うっわぁ~。分かり易過ぎ、だろ、おっさん。
俺は、この後の展開に想像がついてしまい、うんざりする。
とは言え、この茶番は続ける必要があるので、仕方なく、当初予定通りに説明を進める。
「こちらが、今回の事案に関する物品輸送に関する契約書、ですね」
「...」
「ここに、お客様の署名と捺印がございます。ご確認下さい」
「ふん」
「お間違え御座いませんか?」
「寄越せ!」
横柄な態度をグレードアップしたご老人が、ソッポを向いて俺とは目線を合わせずに、書類の確認を要求する。
バレバレの挙動不審だが、渡さないと話が進まないので、気分的には渋々と、表面的には恭しく、書類を渡す。
「確かに、儂のサインと印鑑だな」
「間違いございませんか?」
「ああ、間違いない」
そう言って、嫌らしくニヤリと笑ったご老人は、その書類を握り潰し、自身のズボンのポケットに突っ込んだ。
はあ。
やれやれ。
予想通り過ぎて、バカ馬鹿しくなってきた。
俺は、脳内では溜息を吐きながら、表見上は一切の反応を封印して淡々と、説明を続ける。
「宜しゅう御座いました。そして、こちらが、この契約に関する規約等を記載した書類になります」
「は?」
「こちらの書類の、この箇所に、今回の事案において輸送時にお預かりした物品が破損した場合の補償限度額に関する記載が御座います」
「おいっ!」
「ちなみに、こちらの箇所が、輸送の際に紛失した場合に関する記載で御座いますが、補償限度額は同じになります」
「そんなことは、聞いておらん!」
「左様で御座いますか、失礼致しました。何をお聞きになりたいのでしょうか?」
「こ、このっ」
分かり易さ抜群な反応を示してお怒りモードのご老人に対し、俺は、慇懃無礼な応対を心掛ける。
う~ん、俺も、大人になったものだ。若い頃は、結構、頭に血が上るのが速かったからなぁ。たぶん。
目の前の御仁の方は、見ための年齢の割に、幸せな人生を送ってきたから我慢を覚える機会が無かったのか、はたまた我慢することを覚えられなかった成れの果てなのか、堪え性もなく既に頭の先から湯気が出る勢いでお怒りだった。が、まあ、ワザと煽ってはいるから、ねえ。
「ご質問がないようでしたら、手続きに移らさせて頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」
「よろしくなどないわ!」
「はて。何か問題がありましたでしょうか?」
「もう、契約書は無いだろうが!」
「いえ、お客様のポケットの中に入っておりますが?」
「お前が持っていないのであれば、手続きの根拠にならんだろうが!」
「いえ。特に、問題は御座いません」
「そっちになくても、こっちにはあるんだ!」
「はあ、左様で御座いますか」
「そうだ。その規約は適用されないものとして対応しろ!」
「成る程」
「ふん。やっと、分かったか」
「はい。承知致しました」
「分かれば良いんだ、分かれば」
「承知致しました。それでは、お客様が契約を無かったとこにとの申し出ですので、賠償は不要として処理させて頂きます」
「ち、ちっ、違うだろうが!」
当初は胡散臭い笑顔を浮かべて延々と自論を横柄かつ一方的に述べてたご老人である、弥生ちゃんが全損させた物品の所有者殿は、激怒していた。




