言った者勝ちと惚ける厚顔無恥([前]編-Episode.03)
諸行無常、だった。
ひょんなことから代理で処理する事となった運送請負中に全損した物品の弁済対応のため、俺は、日を改めてから再びこの街を訪れ、崩れ落ちかけの建物が多い雑然とした地区の中に在りながらも立派で頑丈そうな優良物件であるビルに構えられた、とある店舗にお邪魔していた。
商社と古物商と質屋とを合わせた様な業態のこの商店を訪れ、俺は、目の前で頭を抱えて苦悩する意外に実直そうな店主さんと、先程から向き合っていた訳なのだが...。
モッタイナイとオモテナシの精神で来訪者への細やかな気遣いが出来る国民性と、村社会を形成して排他的な態度で余所者の侵入を拒む島国根性が滲みでた国民性は、表裏一体のものであり、その気質の良い面と悪い面が如実に現れているものだ、と俺は思っている。
どこまでを身内として扱い、どこからを他所様と見做すのか、その線引きは難しく、その境界線の内と外での扱いの相違が大きければ大きいほど周囲からの反発を招く。
一方で、どうしても一定数は内部に紛れ込んでしまう不心得者が引き起こす傍若無人で傍迷惑な行動を正すのは、何をもって寛容としその限度とするかによって加減が難しい。その為、結果的に良心的で押しの弱い一部の者たちがその後始末に奔放する訳だが、張本人は全く反省することなく開き直って同じ過ちを何度も繰り返す、といった事態が齎されることになる。
情けは人の為ならず。
ではなく、下手な情けは本人の為にもならない、という現実を示す一例だ、と俺は思う。
つまり、俺が何を述べたかったのか、と言うと...。
ある意味でお人好しな店主が、同郷の知り合いからその知り合いの知り合いだからと頼まれて身内扱いにした厚顔無恥な人物の所為で、頭を抱える事態に陥っている。
そんな、俺の目の前にて現在進行形で展開されている理不尽な状況に、ただただ溜め息しか出て来ない、という事だった。
はてさて、如何したものだろう。
代理人の俺としては、可能な限り、適正な弁済金額の内に収めたい。
全損に至った経緯は理不尽であり可哀そうな状況ではあったが、契約上は本人に瑕疵があり弁済義務が生じるのは致し方ないし本人も債務を自身で負うことを望んでいるため、保護して一時的な債務の肩代わりを約束しただけの状態である俺も、面倒だからと言って法外な要求を呑む訳にはいかないのだ。
一方で。
店主の方も、先方の無理難題に起因して不幸が重なり現状となったという経緯はあるものの、現実問題として買取前の預かり品を全損させてしまった弱みがあるので、明らかに足元を見て吹っ掛けてきている法外な要求だと分かっているにも拘らず明確に拒めずにいた。
しかも。商売は信用が第一であるため、今回の案件を店主に繋いだ店主にとっての身内と言える人々の手前、明確な根拠もなく過大な要求だとは言えない状況であり、先方が当初の説明を平然と覆して強硬に先方にのみ都合が良い主張を繰り返しているため、全く折り合いがつかず膠着状態に陥っているのだという。
そして。更に頭の痛い問題は、損害の大部分を負担せざるを得ない雲行きとなっている運搬請負人が、単発のアルバイトで、店主たちのコミュニティにとっては余所者であり配慮する必要性が認められ難い立場にある、という点だった。
しかし、まあ。
俺の立場で言うのも何だが、見るからにお金に困っている様子の未成年に運搬の為とはいえ一時的に物を預けるとなると相当にリスクがあると思うのだが、その点はどう考えていたのか...。
と、疑問に思ったので、店主に聞いてみた。
「ご店主。今更ではありますが、一点、お教え頂けませんか?」
「はあ、何でございましょう」
「どうして、今回は、本業ではない未成年を、物品の運搬に使われたのですか?」
「ああ、そうですね。疑問に思われますよね...」
「ええ。失礼ながら、ご店主は、堅実なご商売をされているように見受けられましたので」
「...」
「代理人である私が言うのも何ですが、取り扱いが難しい預かり物の運搬は、専門の業者かご自身のお店の店員さんなどに任せものではないか、と思うのですが...」
進退窮まった感で元気がなく、口も重くなりがちな店主が、ぽつぽつと話してくれる。
当初から我儘な客で、無理難題を気紛れに次々と吹っかけて来るので、対応に苦慮していたこと。
今回の物品の査定に関する日程も、急で尚且つ一方的に日時の指定をされてしまい、困っていたこと。
それでも何とか店主が自身で訪問するよう調整したのだが、またまた直前に予定を変更され、訪問対応が不可能になってしまったこと。
店の者をその日程では行かせられないと告げたら、理解不能な理論が展開され、見積り提示と買取り日程の更なる前倒しを強要されたこと。
窮余の策として物品の店への送付を提案したら、恩着せがましく勿体ぶられた上に、店の負担での引き取り対応とその手配を要求されたこと。
仕方なく店側で信頼できる運送業者を手配し事前調整まで行ったにも拘らず、指定された日時にその運送業者が訪問すると、別件への対応を強引に押し付けてしまったこと。
など、など。
最終的に、店主が依頼していた運送業者では代替の人員を直ぐには確保できず、苦肉の策で臨時のアルバイトを雇う事として馴染みの業者に相談したがそれもまた困難な状況で、打つ手なし。
巡り巡って、未成年だが真面目な働きぶりが一部で知られていた弥生ちゃんに声が掛かることになった、という事情らしい。
つまり。
話を聞いてみると、店主さんには、致し方のない経緯があったのだった。
と言うか、この客、相当にタチが悪い。
「申し訳ない。この件は、何から何まで後手に回って不運続きで、もう、どうして良いのやら...」
「...」
「本当に、申し訳ない。理不尽な要求だと分かってはいるが、店で負担するにも限度があるし、先方とは交渉の余地が見い出せず、ほとほと困り切っておるのです」
「はあ」
「本当に、ホントに、申し訳ない。私では、色々と柵もあり埒が明かないので、アッシュ殿からも先方に申し入れて頂けないだろうか?」
「いや、ねえ」
「私も、頑張っている子供に、責任転嫁などしたくない。したくはないんですが...」
「はあ。分かりました」
「あ、ありがとうございます!」
「ただし。先方からの請求金額の圧縮にご協力するだけで、こちらで全て負担するという意味ではないですよ」
「はい。勿論です」
「仕方ないですね。では、現存する関連の書類のコピーと、先方の個人情報をご提供下さい」
「ええ、ええ、勿論です。ただ、情報の開示に際して、こちらの書類にアッシュ殿のサインを...」
こうして。俺は、弥生ちゃんが全損させた物品の運送依頼元であるこの街の商社と古物商と質屋とを合わせた様な業態の店の店主さんと、情報開示に必要な手続きを行った上で、これからの交渉に必要な書類と情報を入手したのだった。
* * * * *
立派な門構え、樹木が生茂る和風な造りの庭、広々とした玄関。
この地域で最大規模の主要都市でもある往古の商都から、西へ約十五キロ。
以前は高級住宅地として持て囃されていた中規模都市にある、厚顔無恥な某氏のお屋敷を、俺は訪ねていた。
まあ、重要顧客だとか要人だとかまでは言わない。が、一応、俺は来客だ。
いや。もしかして、来客だと思っているのは俺だけで、先方はそう思っていないという事なのか?
俺は、今、某氏の立派なお屋敷の玄関前にて、お屋敷の敷地内だがお屋敷の建屋には一歩も入れて貰えていない微妙な位置で、ずっと立ったまま、某氏と対峙している。
そう。案の定とでも言うべきか、予想通りに、某氏は、陸でもない人物だった。
呼び鈴を押して敷地内に招き入れられ、門を潜って庭を抜け玄関前に辿り着き、玄関を開いた某氏と顔を合わせた俺は、その場で延々とかなりの時間、全く噛み合わない会話という奴を体験し続けているのだった。




