プロローグ
人並みには身長のある俺を、上から見下ろす威圧感たっぷりな巨大な体躯。
禍々しい気配と、狂気に侵されたかのような鋭い眼光。
凶暴な牙がのぞく大きな口からは、溢れ出る涎。
魔物かな?
魔物、だよな。
うん。魔物だと断言して良い、と思う。
久方ぶりに人里へと降りて来てみたら、これだ。
世界は、相も変わらず、狂ったままのようだった。
何も最初からハイペースで歓迎してくれなくても良いのに、とは思う。
けど、まあ。この感じだと、これでもまだまだ序の口、なんだろうなぁ。
目の前に立ち塞がる巨大な異形を視野に入れたまま、俺は、軽く空を見上げる。
と。少し離れた上空から、こちらへ向かって真っ直ぐに飛んで来る鳥型の魔物らしき影が見えた。
うん。完全に、獲物として認定されているね。
まあ、確かに。周囲に何もない荒れ果てた平原を人間が一人ぽつんと歩いていれば、格好の得物と認識されても仕方がない。
仕方がないのだが、やはり、正直に言えば勘弁して欲しかった。
今日の俺は、一張羅という程ではないのだが、一応はお気に入りである仕立ての良い黒のスリーピースを着て来ている。
出来れば、この衣装が損傷したり汚れが付いたりするのは、勘弁願いたい。
勿論。戦闘の必要な場面が訪れるであろうことは予め覚悟していたので、ある意味では想定内だ。
そう。今日の俺の出で立ちは、背中に大剣が収まった鞘を標準装備、なのだから。
とは言え。たぶん、人間の集落があるであろう地域までは距離がまだまだある筈なので、この調子では先が思いやられる。
はあ。
俺は溜息一つ吐いて、背中の鞘から大剣を一気に引き抜く。
かなりの重量がある愛用の大剣を、両手で保持して自然体で構える。
と、同時に。自身の周囲に、圧縮空気の障壁と風の流れをイメージして具現化。
そして。目の前の魔物と、対峙する。
軽く目を眇めて、周囲の空間に漂う魔素の分布や状態を確認。
うん。量は十分、属性にも問題なし。
炎をイメージ。そして、それを剣に纏わせる。
ボッ。
両手で構える大剣が、青い炎を纏う。
と、認識した瞬間。俺は、剣を素早く振り抜いた。
ザスッ。
魔物を、炎の魔法を纏わせた剣で、一刀両断。
うん。剣の腕前は全く落ちてない、な。
俺の行く手を遮っていた魔物の巨体、その中央の上から下へと一直線にスパンと線が走る。
続いて。一泊おいてから、その線を中心に、巨体が左右へとゆっくり分離していく。
炎で焼き切ったので盛大に血が噴き出すことも無く、アンデット系のように自動修復されて元に戻ることも無い、と経過を観察。
よし、大丈夫。と判断してから、意識を上空へと向けた。
猛スピードで此方へと接近して来る巨大な烏のような魔物は、五羽。
まだ少し距離があるので、飛び道具、だな。
尖った氷柱をイメージ。そして、それを横一列にずらりと並べる。
十五本の氷の槍が、五匹の魔物を貫く軌跡をイメージする。
そのイメージを固定、と同時に、パチンと軽快に指を鳴らす。
ズガッガガガガガッ。
魔物の、左の翼、嘴から頭部、右の翼。それぞれに、大きな氷の三角錐が、突き刺さる。
刺さった瞬間、停止。一瞬の間が空いた後、ピキピキピキっと、氷の刺さった周囲から凍っていく。
そして。空中に縫い付けられたかのように一旦は静止していた五匹の魔物が、ポトポトポトっと、地面に向かって落下していくのだった。
うん。魔法の制御も、問題なし。
長閑に、自給自足の引き籠り生活をここ暫く続けていたので、少しばかり心配だったのだが、攻撃魔法の腕も錆び付いてはいなかったようだ。
よかった、良かった。
俺は、大剣を右手に持ち替えて軽く持ち上げ、上から下へとビシッと振る。
そして。背中に背負った鞘へと収める。
キン。
綺麗な音が、辺りに響く。
よしよし。最後にドジ踏んで締まらないといった落ちもなし。
まだまだ多少のリハビリは必要なのだろうが、思ったよりもボケていなかったようだ。
弱肉強食が日常となってしまったこの世界では、些細なミスが命取りとなる。
だから。人間社会へと復帰するのならば、常時の警戒と慎重な行動が必須だ。
この世に信じられるものなど、何もない。
今が安泰なのは、ただ単に、強大な力を持つ気紛れな強者たちのターゲットとなっていないから。幸運なだけ。
俺は、そう、自分に言い聞かせて、改めて気を引き締めるのだった。