第一章 ある少女の記憶
連載初投稿ですが、温かい目で見守っていただければ幸いです。
台所に立ち、徐に包丁を手に取る。鈍く光る銀色の刃を左手首にあてがった。
お父さん、お母さん、純、ごめんなさい。
もうここにはいない家族の顔を思い浮かべながら、それを手前に引き抜こうとしたとき、突然チャイムが鳴った。誰だろう、こんな時間に。玄関を開けてみたが、薄暗い廊下には誰もいなかった。いたずらだろうか。モヤモヤしたまま扉を閉め、ふと郵便受けに目を遣ると、一通の手紙が挟まっていた。
その白い封筒には見覚えがあった。あの喫茶店の入り口のポストに投函されていたのと同じものだった。常連客とは時々文通をすることがあるという話も店主のおじさんから聞いていた。
封筒の中身は三行ほどの短い手紙だった。自室でそれを読んだとき、目頭が熱くなった。綺麗だけど、どこか親しみやすさを感じさせる文字。送り主が誰なのか鈍感な私でもすぐに気づいた。
それまで死ぬことしか考えていなかった自身の愚かしさとこんな自分を待ってくれている人がいるのだという安堵感が一気に押し寄せた。膝が抜けた私の眼には涙がぽろぽろとこぼれた。あんなに声を上げて泣いたのは、独りぼっちになってしまってからたぶん初めてのことだった。手紙を胸に抱きしめたまま、しばらくその場を動くことができなかった。