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98 グスタフ・マクシミリアン




 グスタフ・マクシミリアン。

 頭脳明晰、王を補佐するに足る器であるとして、十三歳の時デルティラード王国の第一王子に仕える。

 温和で優秀、民や家臣の信望も厚い王子の下で、グスタフは満たされつつも、どこか物足りない日々をおくっていた。


 そんな彼の人生が決定的に変わったのは、ブルトーギュの反乱。

 王位を簒奪さんだつするため、両親を殺した第五王子ブルトーギュは跡継ぎだった第一王子を襲撃。

 グスタフの目の前で、彼を惨殺した。


 その時、彼ははじめて知った。

 自分の求めていたものを。

 命の瀬戸際せとぎわで味わうギリギリのスリルの味を。


 第一王子の心臓から剣を引き抜き、切っ先を向けられた時、グスタフは笑っていた。

 心の底から嬉しそうに笑って、ブルトーギュにひれ伏した。

 この男の下でなら、これからもギリギリのスリルを味わい続けられるだろうから。




「はぁ、はぁ……っ、これだ、この感覚……!」


 勇者キリエに命を狙われて逃げまどう悦び。

 ただ死ぬというだけではない。

 勇者に殺されるということはすなわち、輪廻の輪から外されることを、魂そのものの死を意味する。

 極限のスリルの中で、彼の顔には恍惚こうこつの笑みが浮かび、口のはしから唾液がたれ落ちる。


「あぁ、いいっ! ブルトーギュを見限って正解だった……! こんな最高のスリルを味わえるとは……!」


 暴君の下を去った理由は、彼の敗北が確定していたからだ。

 敗北の決まった戦いに、イチかバチかのスリルなど存在しない。


「パラディ……、あまりにも強大すぎて退屈していたが。ふひひっ……、興奮しすぎて、絶頂すら覚えそうだ……」


 全速力で廊下を走りぬけて、とある部屋のプレートにカードキーをかざし、中に飛び込む。

 おそらく勇者は生きている。

 しかし、この部屋でなら。

 レヴィアとの死闘で体力を使い果たした勇者なら、自分でも倒せるかもしれない。


「はぁ、はぁ……、生き延びる、今回も生き延びるんだ、私はぁ……っ!」



 ○○○



 爆発する空間から、なんとか転がり出た私。

 こんなギリギリのスリル、ホントかんべんしてほしいよね。


「……アイツは、生きてるわけないか」


 トドメ刺せなかったけど、あの爆発なら絶対死んだでしょ。

 顔面マグマで焼かれてたわけだし。

 ……そのわりには、勇者の加護で強くなった感じがしないけど。

 爆発で死んだから私が殺した判定にならないとか、そんな感じかな。


「……ま、どうでもいいか。今はグスタフ、どこに逃げたんだアイツは」


 全身傷だらけだけど、まだまだ怒りっぽい中年をブチ殺すくらいの余裕はあるよ。

 アイツだけは絶対殺さなきゃ。

 そのためにここまで来たんだもん。


(トーカは……、大丈夫だって信じよう)


 探しに行く余裕も体力も残ってないし、今の私が助けにいっても足手まといになっちゃいそう。

 きっと大丈夫、無事だと信じてグスタフ追撃だ。


 扉を開けて廊下に飛び出す。

 爆発音を聞きつけて誰か来るかなって思ったけど、意外にも誰もいない、静かなモンだった。

 で、グスタフだけど。


「……いた」


 廊下のずっと先、ドタバタ走って部屋に転がりこむのが見えた。

 追い詰めたも同然、アイツはもう袋のネズミだ。


(つっても、また何かしかけてきそうだけど……)


 何してこようと、真正面から叩き潰してやる。



 プレートに魔力キーをかざすと、ドアがシャッと音を立てて横にスライド。

 どんな仕組みなんだろ、これ。


「……暗いな、この部屋」


 グスタフが逃げ込んだ部屋、明かりがついてなくて何にも見えない。

 廊下からの光でわかる範囲だと、棚があって、勇贈玉ギフトスフィアがいくつか並んでる。

 人工勇者の実験のための保管場所ってとこかな。

 この全部が勇者の魂で作られたって考えると、背筋が寒くなる。


 部屋に入ると、扉が閉まって真っ暗になった。

 一歩一歩、様子をうかがいながら慎重に進む。

 さーて、短気な大臣さんってば、どこに隠れているのやら——。


「ぬぅぅんっ!」


 ドゴォォッ!


「あぅっ!」


 突然、背中をものすごい力でぶん殴られた。

 勢いよく吹っ飛ばされてカベに激突したけど、大丈夫、まだなんとか動けそう。


「ぬぅぅ……っ、仕留められなかったか……!」


 ボロボロとはいえ、今の私をここまで吹っ飛ばすなんて。

 グスタフのヤツ、まだ誰か用心棒を抱えてたのか?

 痛みをこらえて振り向くと、そこにいたのは右腕だけがやけに筋肉ムキムキになったグスタフだった。


「……ねえ、あんた人間じゃなかったっけ」


 ……こんな感じのカニさんいたよね。

 片方のハサミだけがやけに大きいやつ。


「……今、なんと言った? 小娘がッ、この私を魔物か畜生だとでも言うつもりかッ!」


「似たようなモンでしょ」


「貴っ……様ァァァ!! これは【倍加】の勇贈玉ギフトスフィアだッ!! 全身の筋力を一極集中することによって、非力な者でも無双の怪力を得られ——」


 バギィ……ッ!!


 キレ散らかしてブツブツうるさいカニさんの顔面に、おもいっきりパンチを叩き込んでやった。

 白目むいて泡をブクブクさせて、ますますカニさんらしくなったね。

 でっかくなってた腕が元に戻って、あおむけに倒れていく。


「おっと、気を失ってもらっちゃ困るんだよね」


 ぶっ倒れたゴミに馬乗りになって、さらに一発顔面に叩き込む。

 鼻がひん曲がって鼻血どっくどく、前歯も四本へし折れたけど、女の子に起こしてもらえたんだから安いもんでしょ。


「ぷ……っ、がっ……。バカな、こんな簡単に……」


「ねえ、アンタには死ぬまで起きててもらわないとさぁ。私にブチ殺されるまで、無様な悲鳴上げ続けてもらわないと、私の家族や村のみんなが浮かばれないでしょ」


「こ、殺す……? 貴様が、私をか……?」


「は? 当たり前じゃん」


 なんだコイツ。

 何をいまさら当たり前のことを口にして、青ざめてんだ。


「ひ……っ、ひぃぃぃやああぁぁぁっ!!! 嫌だ、嫌だ、嫌だああぁぁっ!!」


 ……いやいや、ドン引きなんだけど。

 もう自分が詰んだって、死ぬしか道が残されてないってわかったからなのか、涙と鼻水をまき散らして泣きわめきだした。


「嫌っ、殺されるのは嫌ぁ! 自分で死ぬから、殺すのだけはやめてぇ゛ぇ゛ぇっ!!」


 あ、あれ?

 死ぬのが怖いわけじゃないのか?

 『私に殺される』ことを極端に恐れてるみたい。


「そっかぁ、わかった。自殺するから殺すのやめてって、お願いしてるんだね」


「お、お願いしますっ! どんな死に方でも言ってください、その通りにしますっ! だから、殺すのだけはやめてぇぇ……」


「うん、いいよなんて言うわけねぇだろうがッ!」


 バギっ!


「ぶぎぃっ!」


 顔面に、死なないギリギリのパンチを一発叩き込む。


「お前のっ! 私の村を皆殺しにしろだなんて命令出したお前のお願いをっ! どうして私が聞かなきゃいけないんだよっ!!」


 ゴスっ、ドゴっ、メキっ!


「ぶぎゃっ、おねがっ、やめてっ」


「村のみんなだって、家族だって、死にたくなかったっ!! お前がっ、お前らがっ、どうしていつもっ、勝手ばっかりっ!」


 ゴっ、ゴシャっ、メキっ、バキっ、グチャっ!


「やめ゛っ、だずげっ、じんじゃう゛っ」


 何度も何度も、拳を振り下ろす。

 どいつもこいつも、この期におよんで自分のことばっかり。

 一言くらい、謝罪の言葉とか後悔とか出てこないのかよ。


「なんでっ! お前らなんかにっ! 死ねよ! もう死んじまえっ!!」


「いや゛っ、ゆる゛っ、たま゛し゛いがぁっ、あびゃっ!」


 さっきからワケ分かんないことばっかり。

 なんなんだよ、なんでこんなヤツらに、私の人生メチャクチャにされて……!


 殴りながら、勝手に涙があふれてきた。

 悔しくって、腹が立って、どうしようもなくなって。

 もういい、これ以上生かしておいてもワケ分かんないことをわめくだけだ。


「……はぁ、はぁっ。もういいよ、もういい」


「ばべ……っ、びゃ……っ、ゆ゛るじっ」


「だからさぁっ!」


 右の拳をおもいっきり振りかぶって、


「許すワケないだろうがッ!!」


 ドグシャァっ!


 全力で顔面に叩き付けた。

 腐ったゴミの頭がはじけ飛んで、脳みそや目玉、肉や骨があっちこっちに飛び散る。

 勢いよく叩き付けすぎたからかな、床にまでヒビが入っちゃった。


「はぁ……、はぁ……っ、はぁ……」


 殴り続けた拳が痛い。

 皮がめくれて、もしかしたら骨も折れてるかも。


「っぐ、うぅぅっ、あぁぁ……」


 グスタフのヤツ、カケラも反省しなかった。

 ひたすらワケ分かんないこと言って、ゆるしてとか叫ぶだけ。

 なんでこんな、自分のことしか考えてないヤツらに全部奪われなきゃいけなかったんだよ。


「うあぁぁぁぁ……、うぅっ、ああぁぁぁぁぁ……」


 仇を一人殺したけど、やっぱり全然スッキリしないや。

 怒りと悔しさと悲しさと理不尽さに打ちのめされて、私はまた、声を上げて泣いた。




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