96 勇贈玉の正体
全身をまんべんなく斬りつけられて、私の体は血まみれ、服もボロボロ。
結局いつも通りのズタズタっぷりだ。
帰ったら、またベアトを悲しませちゃいそうだな。
「っあぁぁぁっ、いたっ、いってばぁ!」
って、そんな心配はこの場を切り抜けてからだ。
レヴィアの奥の手、全力機動の連続超高速突進。
何度も何度も私の体を斬りつけて、攻撃が果てしなく続く。
ズババババッ!!
「あぐっ……、づうぅっ、っああぁぁ!!」
こんなに斬られ続けても、私の体がバラバラにならない理由。
防御力を上げる、練氣・堅身のおかげでもあるけど、どうもそれだけじゃない。
狙いが正確なら、とっくに腕や足を持ってかれててもいいのに、私はまだ五体満足。
なんか妙な感じだ。
「……ぐっ!!」
ズザザザザザァッ……!
連続突進が、やっと終わった。
土煙をあげてブレーキをかけ、レヴィアが停止。
斬撃の嵐から解放されて、私はその場にぶっ倒れた。
まずい、血を流しすぎたかも……。
「……っぐ、早く……、立たないと……っ」
このままじゃ追撃がきて、即あの世行きだ。
手をついて、剣を杖にして、なんとか起き上がる。
「っはぁ、はぁ……っ」
大丈夫、どの傷も浅い。
全身血まみれだけど、見た目よりひどいケガじゃないみたいだ。
で、レヴィアの方だけど、ここまでずっと攻撃をしかけてこない。
それもそのはず、アイツは私と同じく剣を杖代わりにして、
「はっ、はぁっ、ぜっ、かひゅ……っ」
私以上に消耗しきっていた。
「辛そうだね……。どうしたのさ、体調でも悪いの……?」
「戯言を……ッ! この程度で、ボクは……っ!!」
今ので私をしとめるつもりだったんだろうけど、とんだ誤算だったね。
挑発して冷静さを失わせた結果が、こんなところで出てくるとは。
「足ガックガクで……、よくも強がれたモンだよ」
うん、だんだん息がととのってきた。
練氣も発動したまま残ってる。
「やっぱ自分の力じゃないからかな? 今の技の反動、甘く見てたみたいだね」
肉体の限界を越えた超高速機動。
狙いが甘かったのは、感覚がついていけなかったから。
今まで使わなかったのは、体への反動が大きすぎるから。
きっと、練氣で体を補強するのが正しい使い方なんだろう。
『何が出来るか』だけを説明されて、知識としてだけ知っている。
それがコイツらの共通の弱点だ。
「さーて、決着といこうか」
真紅のソードブレイカーをにぎって、つかつかと近寄る。
「黙れッ! ボクはまだ、負けない……っ」
震える足で無理やり立ち上がって、剣をその場で振る。
超高速の斬撃が空気を裂いて飛んでくるけど、
「当たんないよ、こんなの」
所詮は苦し紛れの攻撃。
歩きながらかるーく剣を振るだけで、簡単に弾き飛ばせる。
「っまだ、まだだ……、ボクは負けてない……!」
「諦め悪いなぁ。そんなザマでよく言えたね」
「……っ、黙れッ!!!」
叫びながら、高速突進を無理やり発動。
こんな悪あがき、もう止せばいいのに。
ゴロリと転がってかわしてやっただけで、足が速さについていかずにスッ転んだ。
「ぐあっ……!」
「さて、次はどうする気? どうせ何しても無駄だろうけどさ」
「……っふざけるな! ボクは、ボクは死なない! 仇を殺すまで、絶対に……っ!」
「その仇だけどさぁ、気になってんだよね、さっきから。知ってる? 【神速】って、アンタの仇のギフトなんだけど」
さーて、どんな反応してくれるかな。
利用されてたって思い知って、心が折れてくれるといいんだけど。
「……っ!」
レヴィアの目が、大きく見開かれた。
うつむいて剣を強くにぎって、腕輪にハマった青い勇贈玉を見つめ、
「そんなことは……知っている」
私を、強い眼差しでにらみつけた。
「利用されているとでも思った? ボクは最初から、全部承知の上で動いている。この勇贈玉には、仇の魂が入っている。蘇らせるためには絶対に必要だから、自分で管理している。ただそれだけのこと」
「たま、しい……?」
なんだそれ、魂ってどういうことだ。
「……その顔。驚きと困惑に満ちた表情。お前が見たかったボクの顔はそんな感じ?」
「魂ってなんだよ……。なんで勇者の魂が、勇贈玉に入ってんだよ」
「知らないんだ、なら教えてあげる。勇者が死ぬと、勇贈玉が生まれるのは知っている?」
「……知ってる、けど」
知ってるのはそれだけだ。
どうやって生まれるのか、そもそもどういうモノなのか、ベアトですら詳しく知らなかった。
「勇者が命を落とした時、その魂はエンピレオの元に導かれる。そこで、己の魂を【ギフト】もろとも結晶化させられる。それが勇贈玉の正体」
……なんだって?
魂を、結晶化?
「【ギフト】はその者の魂が生み出した、唯一無二の力。死とともにそれが失われるのは損失だと、カミが考えたかどうかはわからないけど」
「ちょっと、待って。勇者が死んだら、魂が勇贈玉に閉じ込められるってこと……? あの世にも行けずに、永遠に玉の中……?」
「よっぽどショックだったみたいだね。青ざめてる」
ふざけんな、なんだそれ。
頼んでもないのに勝手に勇者にしといて、いいように使い倒して、死んでからもしばりつけるつもりかよ。
ふざけんな、ふざけんな!
「ふっ……、ざけんなぁぁぁっ!!!」
頭に血がのぼって、目の前のレヴィアをぶん殴りたくて、にぎった拳をふりかぶる。
けど、顔面をぶん殴る前に、レヴィアの拳に顔面を殴り飛ばされる。
「っがぁ!! ……げほっ、げほっ!!」
鼻血を出して吹っ飛ばされて、私の体がゴロゴロと地面を転がる。
……ダメだ、冷静になれ。
ここで頭に血がのぼったら、せっかく勝てる戦いが台無しになっちゃうだろ。
「……そういうことか」
鼻血をぬぐって、立ち上がる。
冷静に、冷静になるように強く意識して。
「人工勇者の実験。ソイツで仇を蘇らせるって……」
「声、震えてる。あと指先も」
……挑発に乗るな、冷静に。
「けどそうだね、教えてあげる。人工勇者っていうのは、勇贈玉に込められた【ギフト】の力だけを、生きた人間の体に転移させる技術。成功すればギフトと勇贈玉で、二つの能力を使えるようになる」
「……失敗すると、あの肉塊になるってわけ?」
「ギフトっていうのは、使い手の魂のカケラみたいなもの。無理に合わないモノを入れられたら、肉体が耐えきれずに変質する」
なんて実験してんだ、パラディのヤツら。
そこまでして軍事力を手に入れたいのか。
「その応用が、勇者そのものの蘇生。ギフトの力だけじゃなく、魂も転移させて元の体の魂に上書きする」
「……歴戦の勇者再びってか。ヘドが出るね」
「この研究を完成させるためには、たくさんの勇贈玉が必要なんだ。今の在庫じゃ足りないくらいに」
話してるうちに、レヴィアの体力が回復しちゃったみたいだ。
剣を両手でかまえて、低くかまえを取る。
「だからボクは、勇者を殺す。復讐のために、勇者を殺して勇贈玉を増やし続ける。仇が蘇る日までずっと。まずはお前だ、勇者キリエ」
「何度も言ってるでしょ。アンタに殺されるつもりは無いし、ワケ分かんないカミサマなんかに、玉にされてたまるかっての」
攻撃にそなえて、私も真っ赤なソードブレイカーを両手でにぎる。
この戦い、次の激突で最後になりそうだ。
色々とショックだけど、冷静になれと自分に言い聞かせる。
死ねない理由がまた一つ増えた。
つまりは、ただそれだけの話なんだから。