94 再戦
「……実験の、失敗作?」
この、生き物かどうかすらわからない、見てるだけで鳥肌立ってくるような気持ち悪い肉塊が?
うねうね触手をゆらして、変な液体たらしながら近寄ってくる物体が、元人間……?
「倒してくれてかまわんよ? ちょうど、廃棄処分したいと思っていたところでな。はーっはははっ!!」
なに言ってんだ、コイツ。
これが人って、実験に失敗したって、廃棄処分って。
……あぁ、そうだろうさ。
コイツは人の命なんて、なんとも思ってないんだ。
私の村を滅ぼす命令出したことも、今でもなんとも思ってないんだろ?
「……おい、グスタフ」
「はははっ、はぁ? ……おい貴様、卑しい身分の小娘が、誰のことを呼び捨てにしたッ!!!」
「お前のことだよゴミ野郎。これから殺すから、それまでに思い残したこと全部終わらせてろ」
うん、すぐキレる性格、謁見の日から変わってないな。
人を見下す傲慢な態度も、私の中に燃えさかる殺意の炎に油をそそいでくれる。
「貴様ぁぁ……っ! 失敗作ども、そいつを八つ裂きにしろっ!!!」
だからさぁ、こいつらで今の私を殺ろうとかナメてんのか。
この肉塊たちも被害者なんだろうけど、命令のままに襲ってくるなら容赦しない。
新しいソードブレイカーの試し斬り、やらせてもらおうか。
私にめがけて押し寄せる、かわいそうな実験の被害者たち。
トーカがガントレットをかまえるけど、
「ここは私にやらせて」
手で制止しつつ一声かけて、群れの中に斬り込んだ。
(たしか、斬ったら沸騰するんだったよね)
体の中から魔力を集めて手に送る、いつもの感覚、その延長線上。
手から先、剣へと魔力を流し込む。
「闍ヲ縺励>縺?<縺?▲谿コ縺励※縺上l繧ィ繧ァ繧ァ」
意味不明な叫びを上げて突っ込んできた肉塊に、まずは一振り。
膿みたいな黄色い体液がはじけて、それから沸騰、破裂。
弾け飛んだ肉片が、こぽこぽと泡立ちながらピクピクと動いて、やがてドロドロに溶けていった。
「蜉ゥ縺代※縺?∞縺?♀豈阪&繧薙s繧薙s縺」」
「繝翫ル繝「繧ェ繝「繧、繝?繧サ繝翫う」
続けて襲ってきた肉塊、全部で十体。
沸騰の魔力をおびた斬撃を素早く浴びせて、瞬く間に全員が弾け飛んで全滅した。
なるほど、深く斬る必要はないのか。
素手で触った場合と一緒、体の表面をなでるだけで魔力を流しこめるんだ。
コイツは思った以上に強力かも。
「……さてと。グスタフさん、あの世に旅立つ準備は終わった?」
「き、貴っ様ぁぁ〜〜っ!!」
「あなたは下がってて」
ようやくのご登場か。
歯ぎしりして悔しがるグスタフを押しのけて、レヴィアが窓枠を飛び越えた。
「コイツを殺すのは、ボクの役目だ」
「あっそ。私はアンタに殺される筋合い、ないんだけどね」
「あなたに無くても、ボクにはある」
「ぜひともお聞かせ願いたいね。あの時の続きをしながら、さ」
王都では腕を斬り飛ばされて、引き分けみたいな形に終わったけど、今度はそうはいかない。
「……なあ、盛り上がってるとこ悪いんだけどさ。今度もアタシは下がってろ、か?」
ちょっと居心地悪そうに、トーカが隣に進み出てきた。
今まで蚊帳の外にしちゃってたかな、ちょっと悪いことした気分。
「いいよ、一緒に戦おう」
正々堂々一対一で戦ってやる必要ないからね。
「ただし、危ないと思ったら下がってよ」
「心得てるさ。ここなら地面があるし、離れてても魔導機兵で援護だって——」
「そうはいかんのだよ」
なんだ?
グスタフが口をはさんで、気取った態度で指を鳴らした。
ムカつくな。
ゴゴゴゴゴ……。
地震みたいに部屋全体がゆれて、右側の壁が上へとスライド。
その向こうには、今いる場所と同じ広さの空間が広がっていた。
あの右壁は真ん中の仕切りで、この空間は左半分だったわけか。
で、向こう側にいたのはキマイラ、ガルーダ、ケルベロス。
一級品の魔物たちばかりが三体、ズラリと並ぶ。
「はははははっ! この私が、失敗作の肉片のみを頼りにしていたとでも思ったか?」
魔物たちがこちらをギロリとにらんで、獲物を見つけたって感じで舌舐めずり。
どうせなら高笑いしてるグスタフを喰ってほしい。
「そちら側は魔物研究棟のスペースでな、この私の一声があれば、この程度のスペースと魔物など簡単に貸し出し——」
「……ごめん、トーカ。ホントにごめん。あっちの相手、お願いできる?」
「はいはい、お姉さんは貧乏くじか。ま、【機兵】のギフトさえあれば、あんなヤツらどうとでもなるでしょ」
「貴様ァァァァッ!! 無視するなどとっ! この私がっ! 喋っているのだぞッ!!」
ため息混じりに、やれやれって感じで魔物の方にむかってくれるトーカ。
ホント、ちっちゃくても頼れるお姉さんだ。
あと、キレやすいおっさんがうっさい。
「こいつらはアタシが引き受ける。あんたも負けんじゃないぞ」
「誰に言ってんの」
「つよーい勇者様に、かな」
地面の砂鉄から、魔導機兵を五体くらい作成。
腕のガントレットから火を吹いて、ゴーレムたちといっしょに突っ込んでいく。
いくらトーカでもキツそうな相手だけど、ここは信じて——。
ガシャンっ!
「な……っ!」
トーカが右側の空間に行ったとたん、壁が下りて元通りに。
これじゃあ助けに行けないし、むこうの様子もわからないじゃんか。
「はははははっ!! 分断は戦術の基本だ。不用心なヤツらよ」
「グスタフ……、お前……っ!」
「ねえ、いつまでウダウダやってんの?」
……そうだ、今はグスタフよりコイツ。
私の前方、少しはなれたところで片刃剣をかまえる女魔族に集中だ。
王都であれだけ苦戦した相手だもん。
気が散ったまま勝てるほど甘くないよね。
「話はもう終わったんでしょ? さっさとボクに殺されてよ。ボクの仇討ちのために」
「その仇討ちってのが、私としてはワケわかんないんだけど」
「わからなくてもいい。黙って死んで」
レヴィアの姿がぶれた。
けどあわてない、タネは割れてんだ。
いくら速くても、一直線にしか動けない突進技。
それに、今の私ならなんとなく見えるんだ。
どこを狙っているのかも、なんとなくわかる。
今のは右腕を狙った斬撃だった。
横っ飛びでかわして、地面をごろりと転がって飛び起きる。
「そんなこと言わずにさぁ、教えてよ。……あんたがここにいる理由と、なんか関係あるんじゃないの?」
「——っ」
表情が変わった。
無表情から、驚きと怒りと困惑の色が見えた。
カマかけてみただけなんだけど、この反応、さては図星か?
「やっぱり。人工勇者の実験と関係あるんだ」
「……黙れっ! お前は大人しく、ボクに斬られればいいんだ!」
おっと、感情的になって突っ込んできた。
右からと左から、力任せの二度のナナメ斬り。
腰を落として体を左右に振って、軽く回避する。
「ボクは、姉の仇を討つ! この手で仇を地獄から引きずり出して、殺して、また引きずり出して、ずっとずっと殺し続ける!」
続けて、足首を狙った水平斬りが来る。
ジャンプでかわして、頭の上を飛び越えながら上下反転。
肩をねらって斬りつけるけど、刀身でガードされて弾き返された。
「そのためにお前を、お前たち勇者を殺して、勇贈玉を大量に……!」
「へえ、そう。なるほどね」
弾かれた衝撃を利用して、少し離れた場所に着地。
敵に向きなおって剣をかまえる。
そうか、ワケのわからない逆恨みじゃなかったわけか。
まだまだ全体像は見えてこないけど、冷静さを失ってペラペラ喋ってくれたおかげで話が見えてきた。
「あんたの目的、なんとなくわかったかも」
きっとそうだ。
人工勇者の研究と、どう関係するのかはさっぱりだけど。
「つまりさ、あんた。死んだ仇を蘇らせたいんでしょ。自分の手で殺すために」