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93 二人目の仇




 地下に空気を送るため、全体に張り巡らされた通気口。

 全部の部屋につながってて、金網のスキマから部屋の様子も確認できる。

 かなりせまくて四つん這いじゃないと進めないけど、普通の屋敷の屋根裏よりはずっと快適かな。


「トーカ、せまくない?」


 後ろをついてきてるトーカに、小声で話しかける。

 かなりボリューム落とさないと、声が響いちゃいそうだし。


「なんだキリエ、アタシがちっちゃいことへの嫌味か、そりゃ」


「ちがうって。ただの気くばり、他意はないよ」


「だったらいらぬご心配。アタシの体格は知っての通りだし。気になることと言えば、キリエの大きなお尻が目の前でゆらゆらしてるくらいかなー」


「蹴るよ?」


「冗談冗談。緊張をほぐしてやろうってお姉さんの気くばりさ、他意はないよ」


 いや、本気で顔面に靴裏ブチかましてやろうかと思ったんだけど。


 リーダーから大臣の居場所を教えてもらった私たち。

 ヤツがいるのは、人工勇者の実験を行っている区画のどこからしい。

 区画のおおまかな場所を教えてもらって、今、そこにむかって進んでいる。


(リーダーも来てくれれば、もっと心強かったんだけどな)


 あの人、他に用事があるからって、話が終わったとたんにものすごい速度で部屋を飛び出していった。

 私たちに、扉をあけるための魔力キーを渡して。


 魔力キー、カギと言っても見た目はうすっぺらいカード。

 これに魔力が入ってて、白いプレートにかざすと扉が開くらしい。


(どうりで扉、見つからないし開かないわけだよ)


 メロちゃんが知ったら興味しんしんだろうな。

 ……メロちゃんと言えば、いっしょにいるベアト、今ごろなにをしてるんだろ。



 ○○○



「ベアトお姉さん、こんな遅くになにしてるのですか?」


 イスにすわってアクセサリーを作ってる私に、メロさんが問いかけてきました。

 キリエさんのための、手作りの髪飾り。

 まだまだ完成には遠いです。


「……っ」


 キリエさんと違って、以心伝心とはいきません。

 羊皮紙にサラサラ書いて、言いたいことを伝えます。


『キリエさんがかえってくるまで、まっていたいんです』


 そろそろ寝る時間です。

 おばあちゃんも寝ちゃいました。

 メロさんだってパジャマですけど、私は普段着のままです。


「キリエお姉さんが心配だから、ですか?」


「……」


 それもあります。

 もしものことがあったら、そう思っただけで不安がいっぱいになります。

 だけど、それだけではなくて。


『キリエさんは、わたしがいないとねむれません。かえってきたときにわたしがねてたら、つかれてるのにねむれません』


 それに、ケガの治療だって。

 いつもみたいに大ケガして帰ってきたら、私がすぐに治してあげないと。


「愛、ですね……」


「……っ!」


 愛です!


「……よし、あたいも一緒に起きてるです。トーカが帰ってきたら、たっぷり話を聞いて質問攻めにしてくれるですよ」


 メロさんも私の隣に座って、作業の見物をはじめました。

 やっぱりトーカさんのこと、心配なんでしょうか。


(キリエさん、どうか無事に戻ってきてください)


 カミサマなんてちっともアテにならないから、キリエさん本人に祈ります。

 どうかいつものように、生きて戻ってきて……。



 ○○○



 さて、そろそろリーダーに教えてもらった、人工勇者の実験区画だ。

 ここからはゆっくり、金網をのぞいて部屋の様子を確認しながら進もう。


 ……って言っても、誰もいない部屋ばっかりだな。

 明かりだけついてて誰もいなかったり、書類が保管されてるだけの部屋だったり。


「……ねえ、トーカ。この辺りで間違いないんだよね? 私たち、場所間違えてないよね?」


「ダクトについてるこの数字、E−25。Eが人工勇者の実験区画を表してるっつってたから、間違いないだろ」


 うん、間違えてないか。

 あんまりにも誰もいないから、ちょっと不安になっちゃった。

 侵入者がいるから実験を中断してる、ってところかな。


 ダクトに刻まれた数字を頼りに、入りくんだダクトを曲がって進んで、金網から中をのぞいてを繰り返す。

 そして、E−50。

 この数字が示す部屋をのぞいた瞬間、私は息をのんだ。


「……いた」


 極限まで小さくした声で、手振りも加えてトーカに知らせる。

 殺すべき標的の発見を。


「侵入者とやら、どうせヤツだろう……。実験動物に逃げられるなぞ、魔物を研究しとるようなヤツらはこれだから……」


 机にむかって書類を広げながら、キレ気味に独り言をつぶやく小太りの中年。

 元デルティラード王国大臣、グスタフ・マクシミリアン。

 私の村を襲う命令をカロンに出した、憎き仇の一人。


「キリエ、落ち着いて。冷静に行くんだぞ」


「わかってる……」


 心配してくれてありがとう。

 だいじょうぶ、私は冷静だよ。


 さて、まずは部屋の様子の確認だ。

 中にはグスタフ一人だけ。


 部屋にあるのはまず、病院の診療台に似た、人が寝られそうな台。

 あとは勇贈玉ギフトスフィアかな、小さな玉がたくさん収められた棚がある。

 他には資料棚とか、よくわかんない医療器具っぽいものが入った棚とか。


 逃走経路になる出入り口だけど、廊下に続いてるだろう扉が一つ。

 それから、大きなガラス窓のむこうに広い空間があって、そこに続いてる扉がある。

 角度的な問題で、ここからじゃ見えない場所もあるけれど。


 とまぁ色々確認したけど、重要なのはただ一つ。

 ヤツが今、この部屋に一人ってことだ。


「……トーカ、とりあえずここで待ってて」


「了解……。なにかあったらフォローするよ……」


 音を立てないように金網を外して、ワキに置く。

 コイツをマグマに変えて飛ばしたら、一発で殺せちゃうもんね。

 あっさりと殺しちゃったら、私の気がおさまらない。

 苦しんで苦しんで苦しみ抜いて、たっぷり地獄をおがませてから殺さないと。


「行ってくる」


 天井のダクト穴から、部屋へと飛び下りる。

 さあて、まずどうしよっか。

 騒げないように声帯を潰して……あ、それだと叫び声を聞けないな。

 だったら、私の登場でびっくりしてる間に口元をなにかで塞いで——。


「……これはこれは、予想外な獲物がアミにかかったな」


 え、私を見ても驚いてない……?

 むしろ嬉しそう。

 まあいいや。

 軽やかに着地して、グスタフの方へ一直線に——。


「……っ!?」


 ゾクリ。


 凄まじい殺気が、私の背筋を貫いた。


「うん、予想外。けど、嬉しい予想外だ」


「同感だな。最高のスリルが味わえそうだ」


 とっさに振り向けば、そこにいたのは私めがけて斬りかかる銀髪の女魔族。

 軽く反った抜き身の片刃剣を振りかざして、横ぶりの斬撃が放たれた。

 バック転で回避して、真っ赤なソードブレイカーを抜き放ち、お互いににらみ合う。


「勇者……! 会いたくて、殺したくてしかたなかった……ッ!」


奇遇きぐうだね。私もアンタを殺したいと思ってたんだ」


 売り言葉に買い言葉でそんなん言ってみたけどさ、今は会いたくなかったっての。

 クソ、なんでコイツがこの部屋にいんだよ。

 大臣しかいないって確認したはずなのに。

 通気口からじゃ見えないとこに隠れてたのか?


「つかアンタ、大臣の部屋でなにやってたのさ」


「……【機兵】の使い手はブルム。アイツがここに来たのなら、思惑がどうであれ人工勇者の実験区画にいるボクに用事があるはず。そう思って張ってたんだけど——」


 ベラベラしゃべってる間に、天井の穴からトーカが飛び下りた。

 背中の砂鉄でガントレットを生み出して、そのままレヴィアに殴りかかる。


「そっか、殺されたんだね、ブルム」


 けど、練氣レンキパンチが届く前に、横から突っ込んできたピンク色の何かが激突。


「あぐぅぅっ!」


 トーカのちっちゃい体がふっ飛んで、大きな窓をブチ割った。


 ガシャァァアッ!!


「トーカっ!!」


「人の心配してる場合?」


 吹っ飛ぶトーカを目で追った、その一瞬のスキ。

 強烈な回し蹴りがわき腹を蹴り飛ばした。


「ぐっ……!」


 あまりの衝撃に、私の体は吹っ飛ばされてトーカの割った窓の外、広い広い空間へ。

 クソ、どんな馬鹿力だよ。


 空中で回転して体制を整え、軽やかに着地。

 ぶっ倒れてるトーカの無事を確認する。


「トーカ、平気?」


「何とかね……っと」


 よかった、ケガもないみたい。

 元気よく飛び起きた。


 この空間、廊下とおなじ薄緑色の壁で覆われてる。

 天井までの高さは、私が縦に二十人並んだくらいかな。

 広さの方は、王都のお城前にある広場ほどもある。

 で、地面がむき出しの砂地。

 なんかを戦わせるための空間かな。


「にしても今のヤツ、なんなんだ……?」


「わかんないけど、どうやらいっぱいいるみたいだね」


 トーカをふっ飛ばしたドロドロの肉塊みたいな気持ち悪いモンスター。

 そいつが窓を乗り越えてきて、地面の下からも十匹くらい湧きだしてきた。

 地面に染み込めるってことは、あんな感じで部屋のスキマにひそんでたのか。


「ねえ、こんな魔物見たことある? 私のイメージするモンスターからは、ちょっとかけ離れたルックスなんだけど」


「残念ながら、見たことも聞いたこともないね」


「それは当然。自然界にこのようなモンスターは存在しないからな」


 声の主はグスタフ。

 安全な部屋の中から、割れた窓ごしにほざいてる。


「いや、正確にはモンスターですらない。彼ら彼女らはみな、人工勇者を生み出すための実験の、失敗作だ」




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