90 潜入、大神殿
夜、と言っても寝静まるにはまだ早い、人の行き来がまだある時間帯。
ピレアポリスの街並みを、私とトーカは闇夜にまぎれて屋根の上を飛び渡り、大神殿へとむかう。
私は服とホットパンツの動きやすい格好、出来るだけ軽装備だけど、トーカの方は重たそうなリュックを背負ってる。
あの中には砂鉄がパンパンに詰まっているみたい。
地面のない屋内で【機兵】を使うためのモノだけど、重そうだな。
「……本気でついてくるとは思わなかったよ、トーカ」
「ムリ言ってゴメンよ。けど、一人より二人の方が色々とやりやすいと思わないか? 今のアタシなら戦力にもなれるしさ」
大神殿への潜入。
大臣を探して殺して、ついでに勇贈玉を一つ持ってこう作戦。
そのために良い手はないか、クレールさんに聞いたんだけども答えはノー。
入りたきゃ自力で忍び込むんだな、とのことだった。
「トーカは確かに頼りになるさ。けど私としては、ベアトんトコにいてほしかったな」
ベアトはメロちゃんといっしょにお留守番。
ベアトを危険な場所には行かせられないし、メロちゃんが一発ブチかましたいのはタルトゥス軍の方だからね、二人ともすんなり聞いてくれた。
あとはトーカが残ってくれれば、なんの心配もなく行けたんだけどな。
「平気だろ。クレールさんは信用できる。ベアトがあれだけ信頼してるんだ。キリエも、うたがってるわけじゃないんだろ?」
「うたがってはいないよ? あの人は信用出来るって、私もそう思う」
ベアトがあんなに信頼を寄せる人、私以外じゃ初めてだ。
あまりにも信頼しすぎてて、ちょっと妬いちゃったくらいに。
……いやいや違う、妬いたりしてない。
「ただ、万が一ベアトが見つかって、襲われるって可能性も……」
「そんな低すぎる可能性、いちいち考えてたらキリないだろ。それより今は前をむく。仇を殺すことだけ考えな」
「……うん、そうだね。トーカの言う通りだ」
ブルトーギュを殺して、残る仇は二人。
そのうちの一人がすぐそこにいて、もうすぐ殺せるんだ。
家族の仇を殺す。
ベアトを守るのと同じくらい大事な、私の原動力。
「——今はそっちに、集中するよ」
「……っ、うん、いい顔になった、と言っていいのかな?」
トーカのこの反応、もしかして私、ベアトがいたらそで引っ張られるような顔してるのかな。
だったらちょうどいい。
しっかり気分を入れ替えられたってことだから。
「……もうすぐ大神殿のある高台だね。こっからは静かに、慎重に行こう」
「アタシ、潜入とかド素人だからね、そっちは頼りにしてるよ」
「任せといて。暗殺なら弱っちかった頃、散々やったから」
高台にある大神殿。
正面の大通りから続く階段をのぼって、正面に大聖堂、その奥には神官や関係者の居住スペースがある。
中には表ざたにしちゃいけない施設もあるんだろうな、きっと。
高台のわき、崖になってるとこを飛びのぼって、大神殿の左側に到着。
このあたりは普通の居住スペースになってるみたいだ。
窓から明かりが漏れてて、扉がならんだ廊下が見える。
さて、どこからどうやって侵入するか。
「……裏口とかは、さすがにないよね」
屋敷じゃないんだし、こんな崖ぎわに裏口作るわけもないか。
「こんな時はどうすんだい、潜入の玄人さん」
「窓を割って入る……と言いたいところだけど」
割った音に気付いて、誰かが来るかもしれない。
割れてるところを見つかって、侵入者がいるって気付かれるかも。
だったら、あの方法でいくか。
「どうした? 窓に手、ついたりして」
「こうすりゃ、割れてることに気づかれにくいかなって思って」
木のわくで仕切られたガラス窓の一つに触れて、魔力を流す。
【沸騰】の力で、ガラスが溶けてアメ細工みたいになった。
高熱ガラスが木について燃え出さないように、丸く浮かべて引き寄せる。
「ガラスって透明だし、ワクの一つくらい無くなってても、案外気づかれないんじゃない?」
あとは魔力を解除して、冷えたガラス玉をその辺の地面にポイ。
ガラスがなくなったトコから手を突っ込んで、内側からカギを開ければ。
「ほら、開いた。さ、行くよトーカ、見つかんないうちに」
「お、おう。ホントに馴れてんだな……」
やめてくれないかな、泥棒を見るような目をむけるのは。
「……ところでさ、入れるのはいいが見つかったらヤバいだろ。隠れながら進むのか?」
「大丈夫、コイツを持ってきてあるんだ」
カバンの中から取り出した、教団員のものと同じローブとフード、それから口元を隠すベール。
コイツで関係者のフリをしてしまおう。
「これつけて堂々としてりゃ、バレないはず」
「準備もしっかりしてきてるワケだ」
服の上からささっと着けて、探索開始。
用事があるのは一般に開放されてない、居住エリアだ。
窓から侵入して、居住エリアの廊下へ降り立つ。
この辺り、石造りのごく普通のお屋敷、もしくはお城って雰囲気。
壁にランプがたくさんかかってて、夜だけど明るい。
高そうなじゅうたんがしかれてるけど、豪華なツボや絵画はさすがにないね。
この大神殿、地下一階なんてモノは存在しないはず。
にも関わらず、ベアトが生け贄に決まってからずっと繋がれてた場所は地下にあったらしい。
ベアトが言ってた赤い石を使った実験も、そこから救い出された時に、チラっと目撃したんだって。
秘密の出入り口がある場所は、居住区一階北側、関係者用の礼拝堂。
見られたくない重要なモノとか、隠しておきたいやましいこと。
みんなみんな、地下にあるはず。
「……でもさ、なにも知らない関係者も大勢行く場所だろ? そんなトコに、秘密の出入り口なんてよく作ったね」
「あえて、なんじゃないかな。堂々と出入りしてても怪しまれない場所だし、ね。もちろん、絶対にわかんないように隠されてるだろうけど」
ベアトが逃げた時、地下からの昇り階段は祭壇の裏にあったらしい。
出現させるためには、特別な手順が必要なはず。
「だから今すべきは、怪しいヤツを探すこと。見つけてつけていって、入る現場を押さえてやろう」
「怪しいヤツって、アタシらがそれを言うかって感じだな。で、見つかった?」
「……見つかんない。もういっそ、すれ違う誰もが怪しく見えてくる」
さっきからすれ違う、この神殿の関係者たち。
みんな私たちみたいに顔をベールで隠してて、とっても怪しい。
『口元』を隠す、これがエンピレオ教団員の正装らしいんだけど、なんでそんな決まりがあるんだろ。
「むしろさ、逆に顔隠してない方が怪しいよね」
「確かにな。けど、そんなヤツ見当たらな——」
「止まって、トーカ。あと静かに」
「おっと……」
見つけた、怪しいヤツ。
顔をベールで隠してない、というか、そもそもここにいることがおかしなヤツ。
今、この廊下の突き当たり、T字路を右から左へまっすぐ歩いていった。
「……そーっとついてきて。変な動きはしないように」
「わ、わかった」
はやる気持ちをおさえて、堂々と歩く。
突き当たりの別れ道を左へ曲がった時、ソイツの背中がハッキリと見えた。
間違いない。
忘れもしない。
王都でドンパチやりあった、銀髪の女魔族。
後ろ姿でもハッキリとわかる。
「間違いない……。アイツ、タルトゥス軍のレヴィアだ」
どうしてアイツがこんなトコをうろついてるのか。
さっぱりわかんないけど、このままつけていけば、その疑問も晴れるはず。




