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89 北の宗教大国




 この大陸の北、大きな山脈をこえた先、宗教国家パラディがある。

 パラディ領の農村や街があちこちにあって、そのさらに北。

 パラディの首都とも言える聖地ピレアポリスへと私たちはやってきた。


 トーカの魔導機竜ガーゴイルで山脈を軽く飛びこえて、二週間以上の道のりを、たった三日での到着だ。

 初めてきた場所だけど、正直ビックリしてる。

 あの広い王都ディーテよりも、ずっとずっとでっかいんだもん。


 背の低い真っ白な建物がならぶ街並み。

 その中心の高台に、とてつもなく大きな神殿がある。

 家やお店、宿までが全部一階建ての白い建物で統一されてるのは、ベアトいわく『けーかんのほご』らしい。


「綺麗な街ですけど、ちょっと緊張するですね……」


「誰が敵で、どこから見てるかわからないもんね……」


 そう、ここは敵地のど真ん中。

 怪しまれないように、目立たないように、ごく普通の旅人をよそおって大通りを歩く。


「……っ!」


 ベアトには、口元を覆い隠すベールと髪を隠すフードをつけてもらった。

 今までの土地と違って、ここには確実に聖女リーチェやベアトの顔を知っている人間がいる。

 私だけじゃなくて、ベアトも変装させる必要があったんだ。

 あと、できるだけ会話の中でベアトの名前を出さないようにってのも、あらかじめ決めてある。


 パラディは、人間の国と亜人の国のどちらでもない中立国。

 そんなわけで通りを歩く人たちの割合も、人間と亜人が半々くらい。

 この国ならではの風景って感じだね。


 そんな大通りを、私たちはベアトの知り合いだっていう人のお店を目指して進んでいる。


「ところでお嬢さん、ずいぶん歩いたが、知り合いの方のお店はどこなんだい?」


「……っ、……」


 さすがはトーカ、年長者。

 ベアトの名前を出さない約束、しっかり守ってくれている。

 ベアトが身ぶり手ぶりで、もう少しだと伝えてくれた。


 それからすぐ、大通りを外れてせまい道へ。

 さらに路地裏へとすすんで、つきあたりまで来たところでベアトが指さした先。

 アレが目的地みたいだけど……。


「……あれなの?」


 思わず聞いちゃった。

 だって、お店だって聞いてたのに看板も出てないし、白い壁が薄汚れてるし。


「……っ!」


 ベアト、元気よく首を縦にふってる。

 あぁ、ここなんだ。


「うわぁ、ですね……」


「お姉さんもちょっと……、予想外かなー」


 そもそもなんで、こんな路地裏に入り口があるんだよ。

 客呼ぶつもりないな、この店。

 どうしよう、とてつもなくうさんくさい。


「……っ♪」


 ……うん、ここは満面の笑みのベアトを信じよう。

 メロちゃんとトーカとうなずき合ってから、怪しいお店のドアをひらく。

 ギィィっと、甲高いへんな音がした。


 ベアトが真っ先に店内に飛び込んで、私たちも続く。

 で、お店の様子なんだけど。


「またまたうわぁ、ですね……」


「気が合うね。私もうわぁ、って気分」


 うす暗い、カビくさい、ほこりっぽい。

 商品棚のカゴの中に、ひからびたトカゲとか虫が転がってる。

 まさかこれが商品か。


「……っ」


 ちりん、ちりんちりんちりん、ちりん。


 カウンターに置いてあるベルを、ベアトが容赦なく連打する。

 子供っぽくて可愛い……じゃなくて、こんな遠慮のないベアト、初めて見たな。


「はーい……!」


 すると、奥からめんどくさそうな、機嫌が悪そうな声が聞こえてきて、


「ったく……。誰だい、こんな店に来るモノ好きは……」


 目つきの悪い、真っ白な髪のおばあさんが顔を出した。

 私たちをギロリと見回してから、カウンターのベアトをじっとにらむ。


 もしかしてこの人なのか、ベアトのお知り合い。

 いろんな意味で、ただものじゃない感じは出ているけれども。


「アンタか? 嬢ちゃん。帰んな、ここはガキの来る場所じゃないよ」


 ものすごーくうっとうしそうだな、せっかくのお客だってのに。

 なんのために店やってんだ、この人。

 そもそもなんの店なんだ。


「……っ!」


 とか思ってたら、ベアトがベールとフードに手をかけた。


「うぇっ!? ちょ、待っ……」


 止める間もなく、パパっと取っ払って素顔を見せる。

 なぜかドヤ顔で、瞳をキラキラさせながら。


「あ、あんた……!」


 その顔を見た瞬間、おばあさんの表情が一変。

 細めていた目を見開いて、ベアトの手をギュッとにぎった。


「生きてたんだね、ベアト!」




 さて、態度がコロっと変わったおばあさんに案内されて、私たち四人はお店の奥、居住スペースへ。

 テーブルに座らされて、お茶とベアトの好物ショートケーキが出てきたんだけど。

 なんか、また急におばあさんの機嫌が悪くなった。


 なんでだ、ずっとにらまれてる。

 ベアトが私のとなりに座ってぴったりくっついてるのと、もしかして関係あるのか?


「……あの、おばあさん?」


「なんだい。あんたにお義理祖母ばあさんと呼ばれる筋合いはないねぇ」


「……っ!!」


 ベアトがムッとした表情カオになって、紙に猛然と殴り書き。


『キリエさんにそんなこといわないでください! このひとはわたしのだいじなひとです!』


「大事な人だぁ? はんっ、こんなナヨナヨした男にあんたは任せらんないよ!」


『キリエさんはおんなのひとです!』


「女ぁ……?」


 またジロジロと、顔を見られる。

 半信半疑っぽいので、ぼうしを取って男装解除。


「女……です。あと、勇者やってます……」


「ほぉ……。ま、女ならいいか……」


 なんとかセーフ判定もらえたのかな。

 やっと視線を外してもらえた。

 で、ようやく本題。


「……さて、どうしてあんたらがベアトといるのか、事情を聞く前に自己紹介しとこうか。あたしゃクレール。ベアトの乳母うばをやってた女の母親さ」


 そうしてクレールさん、色々と事情を説明してくれた。

 娘が乳母をやってた関係で、小さなころからベアトを知っていること。


 ベアトと、それから聖女リーチェ。

 二人の娘を産んですぐ、先代の聖女だったベアトのお母さんが息を引き取った。

 そんな理由があって、二人には母乳を与える乳母うばが必要だったんだって。


 ベアトは生まれつきしゃべれなかったせいで聖女候補から外されてたから、わりと自由に外出できて、この店にも時々来てたみたい。


 例の事件がおこった時、逃げるための物資を集めてくれたのもこの人。

 やせこけたベアトをあてもない旅に送り出して、不安だったろうな。

 さっき、無事なベアトの姿を見た時、本当に嬉しそうだったもん。


「あたしのことは話したよ。次はあんたらの番だ」


「……話せば長くなりそうですけど、いいですか?」


 ここまで、本当に色々あったもんね。

 トーカはともかく、メロちゃんなら少しは説明手伝ってくれるかも——あれ?


「二人とも、どうしたのさ。口ぽかーんって開けて」


「……いやいや。いやいやいや。初耳ですよそれ。お姉さん、知ってたみたいですけど初耳ですよ。ベアトお姉さん、パラディ出身なのは知ってたですけど、聖女リーチェの双子の妹だったんですか?」


「アタシもそんなん聞かされてないぞ!?」


 あー、しまった。

 ずっと隠してたの、すっかり忘れてた。



 ちょっと怒っちゃった二人をなだめて、これまでの色々なことを説明し終わるころには、それなりの時間が経ってしまっていた。

 クレールさん、ベアトの護衛についてった人たちが全員殺されたって聞いた時、すっごくショック受けてたな。

 きっと知ってる人、いっぱいいただろうし。


「……あの、ベアトの乳母うばをやってた——えっと」


「ベルナだよ」


「ベルナさんも、その、護衛の中に?」


「いいや、アイツは今も大神殿の中さ。肩身のせまい思い、してないといいけどねぇ」


 大神殿、この街の高台にある大きな建物。

 大臣グスタフもきっとあの中だ。


「……ねえ、クレールさん。私、あの中に用があるんだ。気づかれずに忍び込む方法、何かないかな」




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