表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

87/373

87 イーリアとベル 逃避行の果て 前編




「コルキューテ本国への食糧の輸送、とどこおりないか」


「万事、抜かりなく」


 側近ノプトの報告を受け、タルトゥスは大きくうなずいた。


「モルドの練兵、ルーゴルフの本国での活動も、共に順調です」


「結構。王都の住民たちの心情も中々に良好だ。全ては俺が『正しい』からこそだな」


 満足気に笑う第一皇子を前に、ノプトの表情は一切変わらない。

 冷めきったまま、まるで、仮面でもつけているかのように。


「……報告の続きを。レヴィアはパラディに出向いています。戻るまで詳細はわかりませんが——」


「ブルムの姿が見えんが、ヤツは何をしている?」


「見当もつきませんね。私の【遠隔】の届く範囲、このデルティラード盆地の外にいることはたしかです。ルイーゼも、ですが」


「そちらは任務中だろう。さらわれたお姫様の救出という大切な任務の、な」


 民衆に絶大な人気をほこる、ペルネ姫。

 その行方がわからないとあって、一部の民衆から不安の声が上がっている。

 ペルネの処刑が、やはり魔族による強制的なものだったのではないか、と。

 小さな波紋が大きなうねりとなる前に、なんとしても捕らえなければ。


「彼女には、ぜひとも無事に戻ってきてもらわねばならん。どのようなつもりで処刑を願い出て、俺の顔に泥をぬったのか。優しく問いただしてやらねばな」



 △▽△



「姫様、大丈夫です。怪しい者はどこにもいません」


 小さな安宿の一室、その窓辺から、外の様子をうかがう。

 こちらをのぞき見たり、探りを入れるような者は見当たらない。

 とりあえずはひと安心だ。


「イーリア、姫様はやめて下さい。私はベル、お付きの剣士といっしょにお屋敷を飛び出した富豪の娘です」


「も、申しわけありません」


 あぁ、またやってしまった。

 これだからいつまでたっても青二才なんだ、わたしは。


 ……しかし、だ。

 深窓しんそうの令嬢然とした、フリルワンピースにロングスカートのペルネ様。

 なんと素敵なのだろうか。

 きらびやかなドレスよりも、清楚さが格段に増している。


「どうしたのです。私の服がなにかおかしいですか?」


「あ、いえ、その……。なんでもありません」


 しまった、そんなにジロジロと見ていたか。


 王都にて姫様を処刑台から救いだしてから、はや一ヶ月と半月。

 その間わたしたちは、独立した東側の諸国をあてもなく旅している。


 王国の支配から解放された地域のうち、独立を宣言した国は十七。

 今、わたしたちがいる場所が、そのうちの一つ。

 王都から南東にある新興国しんこうこく、バルミラードだ。


 ……正直なところ、この国の名前の由来がわたしにはさっぱりわからない。

 このあたりの地名は、グラッジだったはずなのだが。


「ひめさ——こほん、お嬢様。アテの無い旅ももう限界です。そろそろお話になってくれませんか。どうしてスティージュを頼ろうとしないのです」


 あの国なら、ギリウス殿がいる。

 ともに戦ったレジスタンスのメンバーも大勢いる。

 姫様が身を寄せるのなら、これ以上ない場所のはずなのに。


「なぜ、スティージュ行きをこばむのですか」


「……言えないのです。その理由は言えない。ですが、私が行けば大勢の人の迷惑になる。あなたもきっと——後悔する。それだけは、たしかです……」


 やはり、理由は言えないままですか……。

 行けばどちらも不幸になると、何度たずねても、姫様はただそれだけしか教えてくださらない。


「ですが、資金面でも人目を逃れるにも、わたしたち二人だけでは限界があります。せめて、せめてスティージュに行けない理由だけでも……」


「ごめん、なさい……」


 あぁっ、なにをやっているんだわたしは!

 姫様に悲しいお顔をさせてしまったではないか!

 主君を疑うなど、近衛騎士にあるまじき失態……!


「イーリア……? どうしたのです、とつぜん頭を抱えて」


「いえ、なんでもありません、なんでも……」


 もう二度と疑うものか。

 きっとスティージュに行けないのは、海よりも深い理由があるに違いない!



 さて、夜も更けて、今日も就寝の時間がやってきてしまった。

 姫様とご一緒の部屋で眠るというだけでも恐れ多いのに、


「イーリア、今日も二人で、いっしょに寝ましょうね?」


 これだ。

 姫様と一つのベッドで眠るなど、一ヶ月半続けても馴れるものじゃないだろう。


 影武者の方の姫様は、なんというか勇ましかった。

 わたしのイメージが崩壊するほどに、勇ましく勇敢で即断即決。

 一方、ここにいる本物の姫様は非常にしおらしくいじらしい、野に咲く一輪の花のようなお方だ。

 一人では心細くて眠れないとおっしゃるほどに。


「は、はい……っ、では失礼つかまつりまするっ!」


「ふふっ、おかしなイーリアですね」


 笑みを浮かべるお顔も、可憐でお美しい。

 緊張でガチガチになりながらベッドに入り、いつものように少し離れて横たわろうとすると、


「……ねえ、イーリア」


「なっ、なななっ」


 姫様に抱きつかれてしまった。

 体に手をまわして、たわわな胸を押し付けになられて、わたしの顔をじっと見つめて。

 なんだ、この状況はっ!


「さみしい、のです……。ねえ、もっとそばにいて欲しいの……」


 お顔が、お顔が近い!

 甘いニオイがして、お顔がどんどん近付いて……!

 これはまさか、誘惑……されている?


(いやいやいや、そんなバカなことが……!)


「ひ、姫様っ! 明日も早いので、わたしはこれにてお休みしますっ」


「あ……っ」


 やさしく引きはがしてから、ベッドの中にもぐりこむ。

 ダメだ、このようなこと、このような……!


(あぁ、でもこのまま流されていたら、一体どうなっていたのか……)


 悶々とした思いを抱えたまま、その晩は遅くまで眠れなかった。



 △▽△



 街を出て、街道を行く。

 この道の先は、バルミラードの首都だったか。


 国の騎士団が演習しているのだろう。

 馬に乗った数十人の鎧の騎士が、遠くを駆けていく。


「イーリア、もしかして具合が悪いのですか? 目の下にクマが……」


「なんのこの程度っ! わたしは平気です、平気ですともっ!!」


 本当は足下がふらふらしていますが。

 ……それはさておき、そろそろ真剣に考えなければいけないな。

 今後の身のふりかた、スティージュ以外に身を寄せる先を——。


「みーつけた」


「……っ!? 姫様、お下がりください!」


 しまった、また姫様と言ってしまった。

 けどしかたないだろう。

 あの日の因縁深い魔族が、薄緑色の短髪の女魔族が、今度は魔族兵十人ほどを引き連れて現れたのだから。


「貴様、あの時の……!」


「ルイーゼ。改めてお見知りおきを。さて、ずいぶんと手間とらせてくれたね、ナイト様?」


 どうする、戦うか、逃げるか。

 はっきり言って、今のわたしに勝ち目などない。

 ましてや、姫様を守って戦い抜くなど……。


「そこの魔族たち、何をしている!」


 な、なんだ?

 低く鋭い声が耳にとどく。

 ふりむけば、遠くで演習していた騎士団の長が、部下を率いてすぐそこまでやってきていた。

 フルフェイスの鉄仮面で顔は見えないが、しかしこの声、どこかで聞いたような……。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ