85 刃に込めた思いとは
まるで血をべっとりぬったような真紅の刀身。
長さ、太さは前のソードブレイカーとほぼ同じだけど、決定的にちがうところが一つ。
独立した刀身を柄にはめ込むのが、一般的な剣の形。
だけど、これは柄の部分から刀身までが一つにつながっている。
全部がひとかたまりの、赤い鉱石で作られているんだ。
「魔力伝導率の高さを生かすためさ。にぎっただけで刀身へ、ダイレクトに魔力が伝わる仕組みだ」
「……魔力が伝わるとどうなるの?」
「触れると沸騰するのが能力だったんだろ? これからは、斬っても沸騰する」
「わーお」
そりゃすごい。
これからは、斬ったら即死ってわけか。
グリップの部分には、すべらないように布が巻いてあるけど、この程度じゃ魔力の伝わり方は変わんないみたい。
でも、なんかこの剣……。
「ま、まがまがしいのです……!」
言おうとしたことを、メロちゃんがかわりに言ってくれた。
まがまがしいっていうか、殺気がこもってるっていうか。
「あははー、ちょーっと気合入れて打ったからね。色々と移っちゃったかも」
「え、移ったって? 何が?」
まさか憎悪とか殺意とか……?
私の言葉、もしかしてバッチリ効いちゃってたりしたの?
○○○
さて、色々と予定外のできごとはあったけど、予定通り武器を手に入れた。
本来の目的地、パラディへの出発は、明日の朝ってことに決定。
じゅうたんの上に敷いた布団でベアトと寄りそって、出発前の最後の夜。
ドワーフ用のベッドって二人で寝るには小さいから、滞在中はずっとこんな感じで眠ってた。
ベアトがいないとまた、家族が殺される時の夢、見ちゃうから。
「……ベアト、本当にいいの?」
「……?」
「パラディに行きたいって、完全に私のわがままだよ? ベアトを守るって目的とは完全にかけ離れてる、矛盾まみれの行動だよ?」
パラディにいる大臣グスタフを殺す。
その目的のために、ベアトが危ない目にあう可能性は高い。
殺したい、守りたい、二つの行動が真っ向からぶつかって、ぐるぐる、ぐるぐると回る。
決して混じり合わずに、ぐるぐると。
「大臣は絶対に許さない。絶対に殺したい。けど、ベアトを生け贄にしようとしてるヤツらのとこに、ベアトを連れていきたくない」
もしもベアトを失ってしまったら。
考えるだけで、足下が崩れ落ちそうな感じになる。
怖い、そんなの絶対に嫌だ。
「もしも、ベアトが良ければさ。この村に残ってトーカに守ってもらうとか、コルキューテまで行って、そこにいるはずのジョアナに預けるとかも……」
「……っ!!!」
ぺちっ。
「あてっ」
おでこを叩かれてしまった。
全然痛くないけど。
『つよがらないでください! キリエさん、わたしがいないとよるもねむれないじゃないですか!』
怒らせちゃったみたい。
布団から起き上がって、すごい勢いでペンをサラサラ走らせる。
『キリエさんのあしでまといになるつもりはありません! それに、パラディにはてきだけじゃない、わたしの味方もいます。そだててくれて、たすけてくれたひとたちがいるんです。そのひとたちの助けをかりるために、わたしはひつようです。たすけがなければ、きっと大臣もたおせません!』
なんか私、この娘のこと甘く見てた。
ホントに強いんだ、ベアトって。
「……ごめん、ヘタレちゃってた。ベアトのこと守る自信がなくて、弱気になってた」
私も体を起こして、ベアトと向かい合って座る。
『はなれたくないんです。あぶなくても、キリエさんといっしょにいたいんです。かたき討ちがキリエさんのわがままなら、これはわたしのわがままです』
「……私も。私も離れたくない。ベアトといっしょにいたい」
細い体を抱き寄せて、背中をなでなで。
ベアトも私の背中に手を回して、肩に顔を寄せてきた。
「いろんな意味で、私にはベアトが必要なんだ。危ない場所だけど、おねがい、私についてきて。絶対に守るから」
「……っ!」
そのまましばらく抱き合ったあと、いつものように寄りそって目を閉じる。
お互いにわがまま押し付け合ってるね、私たちって。
けど、ベアトがいっしょにいたいって言ってくれて、嬉しかった。
ベアトも嬉しかったのかな。
そうだったら、もっと嬉しいな。
○○○
「嫌なのです……。トーカとお別れなんて嫌なのです……」
起きてからずっとメロちゃん、こんな感じだ。
出発の朝、旅立ちの準備をととのえてる間、ずっとメソメソしっぱなし。
「しかたないよ。これから行く場所、本当に危ないし。無関係のトーカを連れていくわけにいかないでしょ?」
「ですけどぉ……」
「……っ」
ベアトが両手ガッツポーズでメロちゃんをはげましてる。
かわいいけど、それではげましになるか?
……で、肝心のトーカだけど。
荷物まとめて、さっきからなにやってんだ?
「泣くな、メロ。アタシもいっしょに行ってやるからさ!」
「……ふぇっ?」
本気か?
メロちゃん泣きやんだけど、それ本気で言ってるのか?
「ねえ、トーカ、正気? 私たちの旅がどんだけ危険か話したよね。理解した上で言ってる?」
「理解してるよ、正気を疑うレベルでヤバい旅だってことならさ」
「ハッキリ言うね、嫌いじゃないよ」
「ありがと。だからこそ、マトモに戦えるヤツがもう一人くらいいたっていいだろ? 勇者サマは、自分のお姫様で精いっぱいだろうし」
「……っ!!」
ベアト、真っ赤にならないで。
なんか私まで顔熱くなる。
「メロのお守りはお姉さんに任せときな。あんたは思う存分、大事な娘だけを守るんだぞ!」
「……そこまで言われちゃ、来るなとは言えないか」
に、しても。
どんな心境の変化があったんだろうか。
……もし、私のアレが効いてるんだとしたら、しっかり責任取らなきゃいけないかもね。
「やったのです、トーカといっしょなのです!」
「はは、だからトーカお姉さんと呼べってば」
でも、よかったね、メロちゃん。
トーカに抱きついて、ぴょんぴょん飛び跳ねてる。
トーカのヤツ、もうとっくに村の長に旅立ちの許可をもらってたみたい。
私たちが行った坑道、あの後不思議とモンスターの出現がパッタリ止んで、鉱石取り放題になったんだって。
それを聞き付けた鍛冶師のドワーフたちが集まって、人手も資材もじゅうぶん。
トーカ一人が抜けても大丈夫になったらしい。
昇降機を登って、穴の外へ。
めざすは北の果て、宗教大国パラディだ。
「……ところでお姉さん。大臣殺す以外にもう一つ、勇贈玉をこっそり持っていくってのが目的にありましたよね?」
「勇者なら、元々のギフトと勇贈玉で二つのギフトが持てるからね。使えるモノは使っておきたいな」
「【機兵】手に入れたじゃないですか。それじゃダメなのです?」
トーカに首飾り作ってもらって、そこに埋め込んだ機兵の勇贈玉。
使えるように、持ってはいるんだけど……。
「私の【沸騰】さ、ゴーレム戦わせたり、でっかいガントレット出したりするコレと、相性悪すぎない?」
「……たしかに、お互いのよさが壮絶に殺し合ってますね」
直接素手で触っての一撃必殺とは、色んな意味でちぐはぐなんだよね。
ただでさえマグマの沸騰は魔力を大量に使うのに、その上ゴーレムなんて作ったら、あっという間に魔力切れそうだし。
マグマ飛ばすための弾を作るにしても、そんなもん足下にいくらでも転がってるし。
どうにも始末に困るな、これ。
「どうしようかな……」
首飾りをぷらぷらさせながら悩んでたら、
「キリエが使わないならさ、私に使わせてくれないか」
なんとトーカが、使い手に名乗りを上げた。