82 灼熱の殺意
「なーるほど、こんな挑発には乗ってくんないかー。さっすが大人だねー」
あんな卑怯な手段でベアトを狙ってくるとか、許せない。
ヘラヘラ笑ってるけどさ、トーカがどんだけ怒ってるか、お前の顔面殴りつぶしたくてたまんないか、想像できないのか。
「ナリはちっちゃくても大人ってかっ。我慢できてえらいえらい」
「……お前、もう黙れ」
「あ?」
ありったけの殺意をこめてにらみつけたら、小馬鹿にした顔を返された。
ホンっトにムカつくな、コイツ。
「死にかけ勇者にすごまれたって、全然怖くないっての。足下フラっフラのくせしてさ」
「あんたの方こそ、強がってらんないんじゃない? ご自慢の【機兵】、もう私には効かないよ」
「それこそ要らぬご心配! わっちの【機兵】は手下を作って戦わせるだけの、ショボイギフトじゃないってな!」
お前の機兵じゃないだろうが。
借り物の力で調子に乗りやがって。
さておき、腕輪の勇贈玉が魔力光を放ちはじめた。
それに反応して、地面から湧いた砂鉄が両の腕にまとわりついていく。
地面から這い出てきたように見えたゴーレムも、こうやって地中の砂鉄をかためて作ってたわけだ。
「コイツが直接戦闘用の、わっちの最強の武器だわいな!」
砂鉄が両手に作りだしたのは、ごついガントレット。
さっきの魔導巨兵の手を、そのまま縮めて装備したみたいな感じだ。
「バスターガントレット、機動っ!」
なんだ?
装甲がひろがって、ガーゴイルの翼についてたみたいな筒が、ひじのとこから出てきて……。
「さあ、死にかけの勇者ちゃん! 何秒もつか、試してやるわさ!」
筒が火を噴いた。
瞬間、ブルムの拳が目の前に。
とっさに横っ飛びした私の顔面スレスレを、巨大ガントレットが横切った。
あの筒から出る炎で加速して、ものすごい速度を出してるんだ。
「よけるとは思わなかった、ほめてやんよ! けどっ」
噴射を止めて急ブレーキ。
それから私の方をむいてまた点火、急加速。
「仕留めるのは時間の問題ってな!」
「調子に乗んな……っ!」
触れさえすれば、溶岩に変えられるんだ。
指一本でも触れれば、こっちの勝ち——。
「出力全開ッ!」
まずい、さっきよりももっと速い突撃がきた。
倒れこむように転がって、ギリギリでやりすごす。
このままじゃよけるのに精いっぱいで、触るどころじゃない。
「ひゃははっ! さわれるもんならさわってみろってーの!」
それに、たとえ触ってもあのスピードとパワーじゃ、魔力を流す前に指がちぎれて飛んじゃうね。
ここはあせらず、確実に戦おう。
「……練氣・月影脚、神鷹眼!」
まずは足に練氣をまとってスピードアップ。
次に視力をアップさせる。
攻撃をよけてよけてよけ続けて、なんとかスキを見つけて触れさえすれば。
練氣での強化が終わった瞬間、またブルムがつっこんできた。
「ほらほらほらぁっ!!」
繰り出される、左右のガントレットでの高速ラッシュ。
スピードと視力を上げてなければ、あっという間にミンチだろうな。
けど、腕を引いてから、突きだすまでの動作がはっきりと見える。
そのスピードに追いつくだけの足もある。
最小限のステップで、パンチの乱打を回避、回避、回避だ。
「……どうしたの? 自信満々なわりには当てられてないけど?」
「ぐぬぅぅっ、ちょこまかと……!」
挑発も忘れずにしておこう。
正直なところ、体のあちこちがめちゃくちゃ痛いけど、顔には出さず余裕をアピール。
「こうなりゃ一気に……っ!」
きた。
挑発に乗って思いっきり右の拳をふりかぶった。
筒の中の炎が一気に燃え上がって、きっとよけられないくらいの最速のパンチが来る。
「コイツをくらってくたばりな!」
けどさ、大技を出す時って動きが止まるよね。
それに右手を引けば、左手を突き出す形になる。
よけてよけて、耐え抜いて、狙っていたのはこの瞬間だ。
「くたばるのは、お前一人だ!」
手をのばして、指先が左のガントレットにふれた。
全開で魔力を流し込んで、お前の武器をマグマに変えてや——。
「な、なんで……っ!」
変えられない。
さわって魔力を流したはずなのに、ガントレットが溶けださない。
「ひひひっ、さっきのセリフそのまま返すよ。くたばるのは、お前一人だってな!」
ズドボォォッ!!!
「が……っ!」
筒が爆炎を吹いて、超高速で打ち出された拳がお腹にめり込んだ。
みしみし、めきめきって、体の中で嫌な音がして、思いっきり吹き飛ばされる。
ゴロゴロ地面をころがって、止まるまで地面と空が何度も入れかわった。
「ひゃははっ、いい感じでブッ飛んだねぇ!」
なんで……。
なんで、溶かせなかったんだ……?
「あんたのそれ、魔力を流すことで沸騰させるんだろ? 残りの魔力が少なすぎて、アタシの魔力が通ってるガントレットは溶かせなかったみたいだねぇ!」
あぁクソ、そういうことか。
術者から離れたモノなら、魔力の上書きで問題なく沸騰させられる。
けど、常に新しい魔力を流してる場合は、それ以上の魔力を流して押し勝たなきゃダメなんだ。
送った魔力が弱すぎて、小さな波が大きな波にかき消されるみたいに、打ち消されたってわけか。
「……っ、……ぁぁっ!!!」
痛すぎて、叫び声すら出てこない。
口をパクパクさせながら、気絶もできないほどの痛みに悶えるだけしか。
これ、無事な骨とか残ってるのかな。
今すぐ勝負を決めないと、ホントに死ぬかも……。
「あぁん? まーだ生きてんのか、勇者ちゃんってば黒いアレなみにしぶといね。まー、ほっといても死ぬだろうけど。特別に、わっちが直々にアタマ潰してやるだわさ」
勝利を確信したブルムが、こっちに歩いてくる。
けどアイツ、なぜか二十歩くらい手前のところで突然立ち止まった。
「……いや、用心には用心を。遠くからトドメ、刺させてもらうわいな」
なかなか用心深いな。
右のガントレットを大きな筒状に変形させて、砲身を私にむける。
「バスターガントレット、バスターモード! ドラゴンの火球ブレスに匹敵する強烈なヤツで、灰すら残らず焼き尽くしてやんよ!」
筒の奥に、炎が集まっていく。
ドラゴンのブレスに匹敵って、ハッタリじゃないんだろうな、やっぱり。
まともに喰らったら、私は黒コゲだ。
だけどな、もう終わりだよ。
「ひひっ、さあ、焼け死ねってな!!」
「……焼け死ぬのは、お前一人だ」
「は? なに言って——」
ズドォォォォっ!!!
地鳴りとともに、ブルムの真下から溶岩の柱が吹き上がった。
「なああぁぁぁぁあぁっ!!?」
ざまーみろ。
灼熱のマグマに飲み込まれて、悲鳴を上げてやんの。
「私の、げほっ……! 遠隔破砕、岩でも応用できるんだよ……!」
お湯を飛ばせるようになってから使わなくなった、地面の水分を伝って遠くの水を沸騰させる技。
コイツを地面そのものに使って、敵の足下にプチ噴火を起こしてやった。
油断してないつもりだったろうけどさぁ、足を止めた時点で油断してんだよ。
「ぎあっ、ぎあああぁぁぁぁぁああぁぁぁっ!!? あづい、あづいいいいぃぃっ!!!」
さーて、コイツはトーカの仇だからね。
殺す前に一応、トーカに了解取らないと。
「ねえ、トーカ……、げほっ。最後に確認……。コイツって、殺してもいいヤツだよね……っ?」
「あぁ、思いっきり殺ってくれ」
「りょー、かい……っ」