80 思い込み
さーて、こんだけ挑発してやれば、自分で戦う気になってくれるよね。
あんなに高いトコ飛んでちゃ、引きずり下ろすのに手間だし。
「……そんな安い挑発のるかっての。魔族の将が一人ブルム、直接戦闘でも遅れは取らんけど、あんたの【沸騰】近付いたら危なすぎるかんな!」
ちっ、ダメか。
「このまま、お人形ちゃんたちだけで始末つけるってな! 機兵合体!」
右腕を高くかかげて、腕輪にはめられた勇贈玉が魔力の光を放つ。
それに反応して、私たちをかこんでた魔導機兵たちが、黒い粒に分解していった。
……あれ、砂鉄っていうんだっけ。
土の中にある、細かい鉄の粒。
ケニーじいさんが言ってた気がする。
とにかく黒い砂粒は一か所に集まって、どんどん大きな鉄のかたまりになっていく。
「なにする気……?」
「まあ黙って見てな。これからあんたをブチ殺す、最強のお人形ちゃんの誕生なんだからさっ」
鉄塊が人型のシルエットになって、体を覆う鎧が、右手に巨大な剣が、左手には盾が生み出されて。
最終的には、見上げるほど大きな一体の魔導機兵が誕生した。
「こんなデカいのって、アリ……?」
だいたい、三十メートルくらいかな。
見た目は普通の魔導機兵とくらべて、肩とか足先がとがってる。
カブトにツノがついてたり、鎧もなんか豪華だ。
「ひひゃはっ、びっくりしたみたいだねぇ! この子は魔導巨兵・ギガントゴーレム! さぁ、やっちまいな!」
ブルムの合図で、デカブツがこっちに一歩を踏み出した。
まずい、コイツデカすぎて、このままじゃベアトたちを巻き込んじゃう。
ここから離れなきゃ。
「トーカ、ベアトたちたのんだよ!」
「おう! あんたも死ぬんじゃないよ!」
一声かけてから全速力で駆け出して、ギガントゴーレムの左側までまわりこむ。
これでひとまず、あの娘たちが巻き込まれる心配は——。
『ヌゥッ……!』
心配はないけど、今度は自分の心配しなきゃ。
二十メートルはありそうな、超巨大な騎士剣が私めがけて振り上げられた。
……いやいやいや、どうすんだこれ。
とりあえず、避けるしかできないよね。
振り下ろされるドデカイ剣が作る影から、必死に走って必死に逃れる。
ズドォォォォォッ!!
「っあああぁぁぁぁあぁぁぁっ!!」
直撃はさけられた。
けど、巨大な鉄のかたまりが岩盤に叩きつけられた衝撃で、ものすごい風圧が私の体を吹き飛ばす。
砕けた地面の破片が体にたくさん当たって、あちこちに青アザができた。
すごく痛い。
「っこの!」
やられっぱなしでいられるか。
受け身をとって着地。
剣を持ち上げてる間に、ギガントゴーレムに走り寄る。
正直なところ、攻撃が効く気しないけど。
それでも、やる前からあきらめてちゃダメだから。
「練氣・硬化刃!」
剣の強度を増して、足のスネめがけて思いっきり斬りつける。
パキィィィ……ッ。
……剣が根元からへし折れたんだけど。
いや、硬化させてたよね?
「クソッ、どんだけ硬いんだよ……!」
驚いてるヒマも、文句言ってる余裕もない。
なんとか、なにか効きそうな攻撃を考えないと。
折れた剣をにぎったまま、巨兵の足を素早くよじ登る。
どっかにコアがあったり、内部にもぐりこんで破壊できたりしないかな。
「とつぜん登りだして、なんのつもりだっての。振り落としちまいなっ!
『ヌゥッ……!』
デカブツが体をブンブン揺するけど、振り落とされてたまるか。
鎧のでっぱりに捕まってやり過ごす。
動きが止まったら、ジャンプで飛んで駆け上がって、一気に肩の上まで到達。
真っ二つになったゼキューの残骸、たしか中身が詰まってた。
よくわかんない部品とかが、いっぱい。
ここからカブトのバイザーのスキマに潜り込んで、体の中に入ってやれば、もしかしたら内側から壊せるかも。
「練氣・鋭刃!」
折れた剣でも素手よりマシ。
ちょっと残ってる刃の部分に練氣をまとって切れ味強化だ。
でっかいヤツの中に入って内側からやっつけるって話、たしかあったよね。
何代前の勇者だっけ、覚えてないけど。
私も先輩見習って、体の中で大暴れしてやる。
「まさかコイツ……! させないってな、お人形ちゃん、はらい落とせ!」
ゴーレムが剣を地面に突き立てて、右手ではらいに来た。
まずい、ここじゃ逃げ場がない。
……っていうか速い!
コイツ、こんなに素早く動けたのか!
バシッ!
「っあぅ!!」
まるで虫かなんかみたいに肩から払いのけられて、真っ逆さまに落ちていく。
かなり痛かったけど、この程度ならまだ全然戦える。
それにさ、今の命令、中に入られたらマズイってなによりの証拠だ。
突破口は見えた、あとはなんとか体内に——。
「よし、トドメだよっ!」
「え」
落下中の私の目の前に、黒い壁がせまってきた。
いや、違う、壁じゃない。
これは、ギガントゴーレムが左手に持ってる、盾。
ぐしゃっ。
「ご……ぁ」
とっさに練氣で体をおおった瞬間、ドデカイ盾で思いっきりぶん殴られた。
体がぺしゃんこになったみたいな感覚。
目の前が真っ暗になって、次の瞬間には地面の上で大の字だった。
どうやら殴られた衝撃で気絶して、地面に激突した痛みで意識が戻ったみたい。
「ぃっ!! ぁぁっ、っ!!」
声にならないほど痛い。
練氣がなかったら、たぶんつぶれて盾に張りついてたと思う。
どっか骨、折れたりしてないか?
ケガの具合をたしかめたくても、体がしびれて動かない。
今わかるのは、折れた剣がどこかにすっ飛んでいったことくらいか。
「まーだ生きてんのか、しぶといっての。今度こそトドメ、しっかり刺しちゃえよ!」
『ヌゥ……』
ゴーレムがこっちに来る。
だめだ、まだ動けない。
どうすることもできないまま、私の体は人形みたいにがっしりとにぎられた。
「そのまま握りつぶしちまいな!」
ブルムの命令で、にぎった手に力がこめられる。
私をつぶれてひしゃげた死体に変えるために。
「っああぁぁあ゛ああ゛ぁぁあぁぁぁッ!!!」
体中がミシミシ言って、口から血と絶叫が勝手に出てきた。
痛い、痛い、痛い。
体中の骨が砕けそう。
内臓が口から出てきそう。
「あぁぁあぁぁっ、ぐっ、ああ゛あぁぁぁ゛ぁぁあ゛あぁぁ!!!!」
まずい、これまずい。
ホントに死ぬ。
(クソ、コイツが生き物ならこんな腕、煮立たせてやるのに……!)
私の【ギフト】は水を沸騰させる魔法。
この状況じゃ、なにもできない。
目の前がチカチカして、なんか色んなものが頭の中をぐるぐるまわってきた。
ベアト、家族、ベアト、ベアト。
それからメロちゃんとベアト、レジスタンスのみんな。
ベアト、ジョアナにメロちゃん。
ぐるぐるまわるその中に、昨日の鍛冶風景がまざってた。
こぽこぽ、こぽこぽ、赤く溶けて泡立つ鉱石。
『一説には、可能だと思ったことが全部できるようになってる、それが魔法だなんて言われてますですね』
同時に、メロちゃんのアドバイスもよみがえる。
魔法に一番大事なのは、できて当然だと思う心。
そっか、なら逆に……。
(ムリだと、決め付ける心。それがいちばんダメなんだ)
そう、私のギフトは【沸騰】だ。
水を沸騰させるだけの能力だなんて、それは私の思いこみ。
このチカラの名前は、ただの【沸騰】だ!
「さぁて、そろそろぶちゅっといい音立てて、つぶれる頃だわね」
……こぽっ。
こぽこぽっ。
「……ん? なんだってな、この音は」
ドパアァァァァァァッ!!
「な、なにさっ!? ゴーレムちゃんの手が、真っ赤なマグマになってっ!?」
大きな手を溶かして、自由になった私は軽やかに着地。
足がきしんで腕が痛んで、息をするたびにお腹のあたりがズキズキする。
うん、このくらいのケガなら我慢すればなんとか戦えるかな。
「聞いてない、わっちこんなの聞いてない! いったいなにが起こったんだいな!!」
「……なにが起こったって? 『いつも通り』が起きただけだよ。敵に魔力を流して煮立たせた。いつも通りの私の【沸騰】」
ゴーレムの手首からできたマグマが、私のまわりにぷかぷか浮かぶ。
浮かびながら、こぽこぽと煮えたぎる。
あの日からずっと私の心の中にうずまく、怒りを象徴するかのように。