08 怒りは煮えたぎり、心は凍りついて
「いい? 聞きたいことあるから、口から手を離すけどさ、騒いだらすぐ殺すからね。分かった?」
コクコク、と必死に首を縦にふるカロン。
前にも見たね、これ。
コイツのこれも芝居だったらどうしてくれようか。
「は、はひっ……、はひっ……」
口を抑えてた手を離しても、叫んだりはしない。
本気で怯えてるだけみたい。
つまりこいつには、アイツと違ってプロの軍人としての意地とかは無いってことかな。
「じゃあ、まず質問。勇者キリエの村を襲った理由を教えて」
「お、王に命令されて、それだけなんだ、本当だ……。あ、あんたが誰か知らないが、命だけは……」
「そんなこと聞いてない。殺されたい?」
「ひ、ひぃっ……」
あはは、股間から水が広がってら。
おしめでも履いたらどうかな。
「なんで、村のみんなまで死ななきゃいけなかったのか。その理由を聞いてるの」
「ゆ、勇者は、死ななきゃ次の勇者が生まれないんだ。だから、あの役立たずの勇者を殺して、次の勇者が誕生するように……」
「……知ってるよ。だから、なんで、村のみんなが、死ななきゃいけなかったの?」
「ひっ! 勇者は、英雄だから、象徴だから、おおっぴらに殺したらまずいから、それで……」
「それで、野盗に見せかけて村ごと?」
「そうっ、話したっ、話したから、助けてっ」
「ふーん、へー、そっか、なるほどね」
なんだそれ。
そんな下らない理由か。
そんな理由で私の家族も親友も、みんな殺されたのか。
「……ねえ、さっきワイン届いたの、知ってる?」
「あ、あぁっ、知ってるっ、知ってるっ!」
「今持ってるんだよね。飲ませてあげるよ」
ちょうどテーブルの上に、コルク抜きもあるしね。
持ってきたワインのコルクに、刺して、回して、キュポンと小気味いい音がした。
「ん、いい香り。ささ、遠慮せず思うぞんぶん楽しんでよ」
ワインの注ぎ口を、カロンの口に突っ込む。
同時に、中身を沸騰させた。
ボコボコと煮だったワインが、口の中に流し込まれていく。
「んぉっ、んぶぶぶうううううぅぅぅぅうむ!!?」
「ほら、美味しい? どうかな、美味しいかなぁ!」
「んぼぉぉぉぉぉっ、ぶふうううぅぅぅぅっ!!」
あらら、吐き出しちゃった。
熱いワインが服の上に垂れて、これまた熱そうだ。
残りは勿体ないので、カロンの頭からかけておく。
「熱い、あづぃいぃぃぃぃぃぃっ!」
「叫ぶなっつっただろ」
首に手をかけて力を送り、喉全体を沸騰させてぐちゃぐちゃにしてやった。
これでもう喋れない、呼吸も出来ない。
「……っ、……ぁっ、……ぁっ!」
予想通り、酸欠の魚みたいに口をパクパクさせて、床の上をのた打ち回ってる。
ははは、面白い。
……面白い、はずなんだけどな。
指さして笑ってもいいくらいなのに、全然笑えない。
なんだろ、この満たされない感じ。
もっとスカッとしてもいいはずなのに。
「……もういいや、殺そう」
そうだ、きっとコイツが、本当の仇じゃないからだ。
本当の仇、ブルトーギュ王さえ殺せば、胸のモヤモヤも消えるはず。
全部スカッとして、全部終わるはずだ。
頭を掴んで、頭蓋骨の奥、脳みそを狙って力を発動する。
「弾け飛べ」
頭がビクン、と大きく震えた。
見えないけど、脳みそが沸騰して破裂したんだろう。
何度か体を大きく痙攣させて、カロンは動かなくなる。
「ざまあみろ、豚野郎」
最後に頭をおもいっきり蹴っ飛ばした。
ドアを開けて、注意深く辺りを見回して部屋を出る。
すると、向こう側から凄い勢いでジョアナさんが走ってきたよなんだあれ。
「キリエちゃん、ごめん! しくじっちゃった!」
「……は?」
後ろに目をこらせば、追ってくる兵士二名。
あぁ、なるほど。
潜入がばれたってか。
「いや、あんた何やってんの!?」
「ごめーん!」
見事に私も巻き添えだ。
ジョアナさんと一緒に廊下を突っ走る。
「侵入者だ、もう一人いるぞ!」
「み、見ろ! カロン様が死んでる! 殺されている!!」
「なにっ! 外の奴らにも知らせろ!」
うわ、全部バレたし。
一人が門の見張に知らせに行って、残り一人が私たちを追ってくる。
どうすんだよ、これ。
「な、なんかいい作戦! ないの!?」
「とりあえず三階に! 話はそれから!」
階段を駆け上って、駆け上って、廊下を走って。
後ろからは抜き身の剣を持った兵士。
私は丸腰、ジョアナさんは短刀一本。
追い付かれたら、まあ勝ち目は薄いよね。
走りに走って、ようやく三階だ。
「はい、次どうすんの!」
「突きあたりの部屋、カギは確保してあるから! そこから脱出するよ!」
「わぁ、無駄に準備いいね!」
そこまで抜かりないなら、そもそも見つからないでほしい。
突きあたりまで廊下を駆け抜けて、目的の部屋まで到着。
ジョアナさんが急いでカギを開けようとする。
「早く、早く! もうそこまで来てる!」
「焦らせないで! 開いた!」
ガチャリ、と音がして、カギが開く音。
急いでドアを開けて、まずは私、続いてジョアナさんが飛び込んで、内側からカギを閉めた。
「おい、開けろ! くそっ!」
ドンドンドン、ガチャガチャガチャ。
乱暴にドアを叩く音と、回らないドアノブを回そうとする音がする。
「と、とりあえずは助かっ——」
部屋の中へと視線を移した私は、目を奪われた。
そこにいた、銀髪の少女に。
髪はぼさぼさで伸び放題、服もボロきれ同然。
体はやせ細っていて、首輪がつけられている。
鎖とかは、繋がってないみたいだけど。
でも、目は綺麗だった。
青い色の瞳、長いまつげ。
顔立ちも、かなり整って見える。
歳は私とおんなじくらいかな。
「ちょっと、勇者ちゃん。なにぼんやり見とれてるの」
「あ、いや、違くて。この子、誰?」
「さあ、余所様のお家の事情までは知らないわ。大方奴隷とか、そんなもんでしょ」
まあ、確かに。
見た限りでは奴隷なんだろうな。
そんな感じの格好だ。
「それよりも、ゆっくりしてる時間はない。さっさと脱出するよ!」
「いや、どうやって……」
とか言ってる間に、ジョアナさんは窓を開けて、葉っぱの落ちた街路樹めがけてカギ付きロープをブン投げた。
窓の外は屋敷の裏側で、人通りも無し。
フックが樹にがっちり食い込んだのを引っ張って確認すると、ピンとロープを張って、部屋の柱と結ぶ。
最後に短いロープを二本、ロープに通してわっか状に結んで、持ち手を二人分作った。
「はい、脱出経路完成。さっさととんずらしましょう」
「手際いいな。分かった、私先に行くね」
早く逃げなきゃ、増援とか呼ばれちゃう。
窓へと一歩を踏み出したその時、私のズボンのすそがつままれた。
歩けないほどじゃない、簡単に振りほどける弱い力で。
「……ん?」
犯人は、この女の子。
振り払ってさっさと逃げてもいいんだけど、この子はじっと私の目を見つめてきた。
まるで、行って欲しくない、とでも言いたげな顔で。
「なに? 私急いでるの。言いたいことがあるならはっきり言って」
「……っ、……ぅ、……っ!」
「……なに?」
口をパクパクさせて、声を絞りだそうとしてる?
でも、声は出て来なくて。
さっき喉を破壊したカロンと、似たような感じ。
「もしかしてあなた、喋れない?」
「……っ!」
言葉は分かるみたいで、頷いた。
「私に、ついてきたいの?」
「……っ、……っ」
「……そっか」
連れていってと、必死に目で訴えてくる。
誰かと深く関わる気はないけれど、ここで見捨ててもダメだと思う。
全てに見捨てられたような彼女の、すがるような目に見られたら、ここに一人で残していけない気持ちになった。
「ねえ、ジョアナさん。この子も連れてくから、そういうことでよろしく」
「……え? はぁ!?」
反論は聞かない。
女の子の細い体を左腕で抱えて、右手で持ち手のわっかを握り、屋敷の窓枠を蹴って飛び出した。