77 ドワーフの村
「コルキューテ本国からの増員千人、手配しました」
「ご苦労」
側近であるノプトの報告に、タルトゥスが深くうなずいた。
百人じゃさすがに物足りないものね。
手持ちの兵士を増やして、これでひと安心、ってとこかしら。
「……ふふっ」
でも、タルトゥスは知らない。
スティージュがリーダーを失って怒っていることを。
当然よね。
そもそもリーダーは死んでないし、私がパラディに連れていったって、しっかり報告に上がってるもの。
動機も無いのに、あの日圧倒的な力の差を見せつけられて、自分にむかってくるつもりだなんて思いもしていない。
だから、あなたはお坊ちゃんなのよ。
「ではタルトゥス閣下。私はこれにて失礼するわ」
「忙しいな、ジュダス。今度はコルキューテか?」
「ええ。スティージュはリーダーが無事だって知らせたし、もう安全でしょうから」
「ふっ、二重スパイ、か。……いや、三重スパイなのかもな、お前は」
「あら、怖いこと言うものね」
王様のお部屋を後にしてしばらく行くと、ゴーレム使いの元気な女の子に遭遇。
金髪のツインテールをゆらして、ご機嫌そうね。
「ブルムさん、お元気そうですね」
「ジュダスかいっ。当然だし、あの日任務をたっせーできたの、わっちとルーゴルフだけだもんね。自分の優秀さが怖いくらいさっ」
「あらあら。それにしてはおヒマそうなこと。ルーゴルフさんは本国に戻って、他の皆さんも各地で重要な任務についているというのに……」
「……あん? ケンカ売ってんの?」
「いえいえ、滅相も」
思った通り、扱いやすそうな子。
……いえ、子供なのは見た目だけ、だったかしら。
まあいいわ、ヒマならヒマで。
今動けそうなの、この子だけだし。
それに、キリエちゃんの【沸騰】に【機兵】は相性バツグンだもの。
「それよりも、密命です。ドワーフの国に勇者と聖女様の片割れが入りました」
「……ほほう? ドワーフの国、ね。わっち、なにかと縁があるっしょ!」
あら、くわしく話を聞きたいところだけど……。
まあ、どうでもいいかしら。
「勇者を殺し、片割れを奪還する。それがタルトゥス様からあなたに言い渡された任務です」
全部ウソなんだけどね。
せいぜい利用させてもらうわ。
「詳しい居場所は私が知っています。近くまで案内しましょう。あなたならこの程度の距離、一日もあれば行けますね?」
「トーゼンだしっ。わっちの魔導機竜でひとっ飛びさね!」
○○○
トーカの荷馬車のうしろについて、やってきたのは森の中の小さな村。
森を切りひらいて作られたって感じの、小屋がいくつか建ってるだけの小さな小さな村だった。
「これはまた……」
「おどろいてるみたいだね。ここがこの国で三番目に大きな村、ガントさ」
「えっ」
これが?
スティージュが大都会に見えるくらいの、私の故郷よりも小さな村が……?
「ついてきな、アタシの家はこっちだ」
ベアトやメロちゃんと顔を見合わせながら、自慢げなトーカについていく。
ここまで感覚がちがうとは……、とか思ってたら、とんだ勘違いだった。
小さな村に入って数歩すすむと、トーカの行く先、しげみのむこうに大きな穴が見えてきた。
「お、おぉ……っ、おおおおぉぉぉぉっ!!!」
メロちゃんがテンションを上げて突っ走っていく。
しゃがんで穴をのぞきこんで、おおさわぎしてるみたいだ。
一足おくれてメロちゃんに追いついて、その光景に目をうばわれた。
「うわ、でっかい……」
森の中にあいた、大きな大きな穴。
むこう側がうっすらかすんで見えるくらいの大きさの巨大な丸い穴だ。
壁面にはたくさんの通路が作られてて、ドワーフたちがいっぱい歩いてる。
扉や窓もたくさんある。
そうか、みんなあそこに住んでるのか。
この穴そのものが、大きな村なんだ。
「さ、こっちこっち」
荷馬車を引いて、全員で柵がついたせまい木の足場の上へ。
トーカが下にいるドワーフのおじさんに合図を出すと、足場がゆっくりと下がっていく。
昇降機、だっけ。
聞いたことはあるけど、実物に乗るのは初めてだな。
この村、大昔の採掘跡地に作られたらしい。
今も底の方では、鉱石の採掘が続いてるんだって。
穴の底の方にある通路のドアをくぐったら、そこがトーカのおうち。
あなぐら掘って作られた家だけあって、壁も天井も土だ。
なんか、リーダーの武具店の地下室を思い出すな。
……あと、扉や家具がドワーフサイズでびみょうに小さい。
メロちゃんやベアトは小柄だし、私もあんまり背が高い方じゃないから平気だけど、ギリウスさんとか入れないんじゃないかな。
「へぇ、あんたキリエってのか! で、そっちのちっちゃくてかわいいのがベアト」
「……っ!」
今はテーブルについて、自己紹介をしたところ。
そういうトーカの方が可愛いサイズだろ、とかはさすがに言えないね、さすがに。
「あんたの彼女?」
「……っ!!!」
「い、いや、違うから!」
いくら男のカッコしてるからって、そう見えるのか、私とベアトって。
……見えるか、ベアトいっつも私にくっついてるもんね。
「で、モルグにやってきたのは特注の武器のため、と。……けどなぁ、あいにく素材が足らなくて、急な注文には答えられないんだ。すまんね!」
「素材が足りない……? どういうことなのです?」
「さっきの山賊とも、何か関係が?」
「あぁ、実はだね……」
トーカが話してくれたのは、ブルトーギュの起こした戦争の影響だった。
武器の需要が急に上がって、大量生産の負担がこの国にのしかかって、鉱石がたくさん使われた。
しかもつい最近、連合軍の一角として、魔物を退治できるような腕っぷしの強いドワーフたちが戦場へかり出された。
おかげで魔物のいる鉱床からの採掘まで難しくなっちゃったわけだ。
その結果、鉱石が足りなくなって値段も高騰。
さっきの山賊も、高値で売りさばくために鉱石を狙ってきたんだって。
「……てなわけだ。魔物がひしめく危険な場所なら、掘られてない鉱石が手に入るかもしんないが」
「ちょっと待って。対王国の戦争は終わったでしょ? だったら戦場のドワーフたち、戻ってきてるんじゃないの?」
「あぁ、戻ってきたさ。……壊滅状態で、ね」
「……どういうこと?」
「生き残りの証言によると、タルトゥスの親衛隊百人にパラディの使いが接触したんだ。そのあとすぐにタルトゥスの軍団が王国軍に攻撃をしかけようとして、止めに入った魔族軍や亜人連合軍と同志討ちになった。タルトゥス側は無傷だが、魔族軍と亜人連合には大勢の犠牲者が出た……らしい」
話してくれたトーカの表情は、なぜだかすごく苦々しくて。
髪を結んでる赤いリボンに触れつつ、伏し目がちに話す姿は、とても「らしい」なんて又聞きの言葉には聞こえなかった。
……けど、これではっきりしたね。
アイツらの行動は本国と無関係、勝手な行動だったんだ。
パラディから勇贈玉という力を手に入れて、暴走を始めたってとこか。
「……ちょっと長話になったな! アタシは仕事があるから、キミらはかまわずくつろいでてくれたまえ! なんなら泊まっていってもいいぞ!」
強引に話を切って、トーカは奥の鍛冶場にむかう。
ちょっと無理したような、空元気みたいな感じで。
「あ、あのっ! トーカさんのお仕事、見物してもいいですかっ!?」
メロちゃん、トーカを一人にしたくなかったのかな。
あの娘もなんとなくわかったのかもしれない。
もしかしたらこの人、私やメロちゃんみたいに……。
「かまわないよ! ただ、危ないからケガには気をつけな!」
「……っ、……っ!!」
え、ベアトも興味あるの?
なんか意外だけど、ベアトが行くなら私も行こう。
……炉に入れられた鉱石が、熱で溶けて、こぽこぽ煮立つ。
それをカタに入れて、固めてから打って、冷やして……。
溶けるんだね、鉱石って。
考えてみれば当たり前か。
鍛冶風景の中で、なぜかそのことが頭に強烈に焼きついた。
○○○
この村、天然の温泉がわいてるんだ。
私とベアトがいっしょに入ろうとしたら、トーカにものすごい勢いで止められた。
私が女だって話したら、誤解は解けたけどものすごくびっくりされた。
なんか傷つくな。
さて、夜が明けたらここを出発することになってる。
だけど、やっぱり武器はほしいよね。
魔物がいる鉱山が危険だっつっても、魔物を倒せるなら関係ない。
「だからトーカ、その鉱山に案内して」
だから、頼みこんでみた。
「……うーん。かなり危険だよ? キリエってばたしかに強かったけど、ホントに腐るほど魔物がいるよ?」
「平気。だって勇者だし」
トーカなら信用できるかなって思って、自分の素性を明かしてみる。
ちょっと無用心かな。
でも、この人からは私やメロちゃんと同じ感じがしたんだ。
「……は!?」
反応としては、女だって言った時くらいにびっくりされた。
「ナイスアイデアなのです! 魔物退治はまさに本来の勇者のお役目! ふだん人ばっかり殺してるキリエお姉さんも、たまにはやるべきです!」
そしてメロちゃんには、物騒な人だと誤解されそうな発言をもらった。
じっさい物騒な人かもしんないけどさ。
「んー、勇者かぁ。……でも、そっちのお嬢さんたちもついてくる気だよね?」
そりゃ当然。
とくにベアトは狙われてる身だし、離れ離れになる方が危険だ。
「あたいは平気なのです! ちっちゃくてもフレジェンタの魔術師、魔物ごときにおくれは取らぬのです!」
「ベアトの方も心配いらないよ。私が全力で守るから。傷一つつけさせない」
「……っ!!」
ベアトが嬉しそうにくっついてきた。
で、とうとうトーカも根負け。
明日、魔物だらけの鉱山に案内してくれることが決まった。