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75 女王と王女、スティージュの門出




 スティージュを出発して、はや三日。

 独立した諸国の中を通る街道を、西へ西へとてくてく進む。


「そういえばお姉さん、お腰につけたその剣は?」


「これ?」


 メロちゃんが指さしたのは、私の右腰にさしてる剣。

 パッと見、いつものソードブレイカーっぽくはあるけれど、実は全然違う物。


「ただの剣だよ。丸腰でいるのはちょっと頼りないから持ってるけど、ガントレットも持ってきてるし、やっぱりいらなかったかも」


 あの長いソードブレイカー、どうやらリーダーがお遊びで作ってもらった一品モノだったみたい。

 武器屋とかじゃ売ってなくて、手に入らなかったんだ。


「なるほど、お姉さんは武器が無い、と」


「無くてもあんまり困らないけどね、私の場合」


「……っ、……っ!」


『あぶないとこにいくんですから、きちんとしたぶきを持ってください!』


 ベアトに心配まじりの抗議をされた。


「って言っても、あんな長くて丈夫で特殊なソードブレイカー、どこの武器屋にも置いてないでしょ」


「……ふっふっふ。武器は武器屋で買うもの、その発想が甘いのです!」


 なんだ、メロちゃんのこのテンションは。


「あたいらは王国領の南側、目立たない街道を通って、南よりに亜人領へと入るのです」


「その予定だね」


 なんだろう、目が輝いてる。

 そういえば、メロちゃんの故郷フレジェンタはマジックアイテムの研究がおこなわれてた場所。

 亜人たちとの交易も盛んな街だった。

 もしかしてメロちゃん、そういうの好きなのか?


「その通り道に、ドワーフの国があるですよ。その鍛冶技術はまさに世界一! これは寄っていくしかないのですっ!」


 あー、こりゃ好きそうだ。

 すっごいテンション高いもん。


 うん、でもメロちゃんの意見はごもっとも。

 丸腰で乗り込むよりは、強力な武器があった方がいいか。

 長い長い旅の中、ちょっと寄り道だね。



 □□□



 あたしは今日も、自分の部屋で丸まってる。

 あの戦いで、全部終わるって思ってたのに。

 兄貴って普段からカッコつけてばっかりで、今回もカッコつけて、無茶して……。


「ウソつき……」


 あたしにスティージュ、案内するって言ったのに。

 兄貴が今まであたしにウソついたこと……あるか、何回か。

 けどあたしが悲しむようなウソは、一度もつかなかったのに。


 結局最後まで、やりたいことだけやって、あたしに面倒事押し付けて、遠くに行っちゃった。


 コンコン。


 なんだろ。

 ドアがノックされて、誰か勝手に入ってきた。


「ストラさん、失礼します」


「……ぺル——じゃなかった。ベルか」


 入ってきたのは、金髪のメイドさん。

 その正体は、影武者ベルちゃんを見殺しにして、名前まで奪っちゃったお姫様。


 理屈ではわかってる。

 大兄貴も、この人も、間違ったことはしてない。

 だけど、モヤモヤする。


「なにか用? もう放っておいてほしいんだけど」


「そうはいきません。女王様に政務の報告をしませんと」


 独立したスティージュのあれこれを、あたしのかわりにやってくれてるのがこの人。

 やけにハイスペックなメイドさんだって思われてそうだ。


(メイドなら、あたしの方がやりたいのに)


 家事してお金もらえるなんて最高じゃん。

 女王様なんかよりも、よっぽどあたしの天職だ。

 ベッドからはい出して、書類に目を通す。

 書いてある意味がわかるのが、逆にムカついた。


 書類をならべるお姫様は、なんだか平然としている。

 あの時ベルちゃんを身がわりにした場面を思いだして、もっとムカついて、つい言ってしまった。


「ねえ、なんか平気な顔してるけどさ。ベルはなんとも思ってないわけ?」


「なんとも、ですか……?」


「国を乗っ取られて、本物のベルちゃん犠牲にして、なんで平然としていられるのって聞いてるの」


「……平気、だと思いますか?」


 ピタっ、と、お姫様の動きが止まる。


「ジョアナさんから、話は聞きました。王都で私の兄妹全員が処刑されて、ベルも身がわりで処刑されそうになって、イーリアが助け出して行方知れずになった、と……」


 顔を上げたお姫様の目尻には、涙がたまっていて。


「悲しいです、悔しいです、情けないです。……けどっ! そうやって丸まって泣いていたら、何かが変わるのですか!? みんな生き返って、全部元通りになるのですか!?」


 ……やっちゃった。

 いくら辛いからって、これは八つ当たりだ。

 最低だな、あたし……。


「辛くても、前に進まなければいけないの! 屍を背負ってでも、止まらずに前へ進まなきゃ……! そうしないと、ベルにも、犠牲になった人たちにも、なんて言えば……」


「……ごめん、言い過ぎた……」


「……いえ、いいんです。ストラさんが辛い気持ちもわかりますから。……では、私はこれで」


 モロに作り笑いを浮かべて、ペルネは部屋を出ていった。

 すごい覚悟だな。

 あれが本物の王女様、か。

 押し付けられただけのあたしとは、全然違う……。




 それから、翌日も、また翌日も。

 あたしの部屋に書類を持ってくる、金髪のメイドさん。

 なんで?

 なんでそんなにあたしにかまうの……?


「ねえ、なんでいつも笑っていられるの? あたし、あんなひどいこと言ったのに……」


 ついに聞いてしまった。

 聞いちゃいけないことだって思っても、止められなかった。


「……なんだか、放っておけないんです。昔からそうでした。困ってる人や悲しんでる人を見たり、そういう人がいるって聞いたりすると、とても胸が痛むんです」


 けどペルネ、困ったふうに笑いながら話してくれた。


「ブルトーギュを倒すための反乱に参加したのも、父の横暴に苦しむ民の姿に耐えられなかったから。もちろん、反乱を起こせば多くの人が傷ついて、血が流れて、また悲しみが生まれます。だから、ギリギリまで決断できなかった……」


「……そっか」


 この人とは、一ヶ月間いっしょの家で寝泊まりした。

 だけど、その時のペルネは完全に街娘を演じてて、素の自分を見せてくれなかった。

 こんなふうに本音を聞くのは初めてだ。


「今も、本当に反乱のシンボルになってよかったのか。決断は間違いじゃなかったか、って何度も自分に問いかけてしまうんです。……あの反乱が無ければ、あなたのお兄さんも——」


「それは違うっ!」


 辛そうな表情カオのペルネに、今度はあたしの胸が痛んだ。

 そんなことないって、しっかり伝えなきゃ。

 ベッドから飛び出して両手をギュッとにぎって、顔を近付けて。


「兄貴はバカだから、ベルが決意しなくてもきっとやってた! キリエだけで絶対に強行してた! だから、ベルのせいなんかじゃ……!」


 必死にはげましたら、ペルネのカオがちょっとだけゆるんでくれた。

 ズキズキしてた胸の奥、痛みが少しだけやわらいでいく。


 ……そっか、こんな気持ちだったんだ。

 毎日来てくれて、笑いかけてくれてる時、こんな風に胸がズキズキしてたんだね。

 全然違うだなんて思ってたけど、同じだったんだ。

 あたしと何も変わらないんだ。


「ストラ、さん……」


「ねえ、いつもみたいに笑ってて? それであたし、けっこう救われてたみたいなんだよね」


 ちょっと照れくさいけど、はっきりと気持ちを言葉にして伝える。

 前にキリエが言ってたっけか。

 言いたいことは言えるうちにって。

 ホント、その通りだよね。


「……はいっ」


 しっかり伝えたら、ペルネが微笑んでくれた。

 とたんに胸の痛みが消えて、かわりになんだかキュン、として。

 あれ?

 なんだろ、これ。


 それはさておき、前に聞いたペルネの覚悟。

 私としては、屍を背負ってまで前に進もうとする気持ちが、どうしても理解できなかった。

 だから、聞いてみたい。

 聞けば理解できるかもしれないから。


「ねえ、ベル。なんであなたは、そこまで重い覚悟ができるの? 頼んでもいないのに、生まれた時から王女様やらされてたんでしょ? 自分の意思でえらんだわけじゃないのに……」


「簡単ですよ。国民が、国が好きだからです」


「国が、好き……?」


 同じだ。

 兄貴たちと、同じだ。

 兄貴も大兄貴も、このスティージュが大好きで、取り戻したくって必死になってたんだから。


「あなたはどうですか? お兄さんが亡くなったって聞くまでの間、元気に色々見てまわっていましたよね。生まれ故郷は、どうですか?」


「……うまく言えないけど、いいとこだなって思った。これが兄貴が見せたかった、あたしの、あたしたちの生まれ故郷なんだって……」


「力に、なりたいと思いましたか?」


「…………思ったよ。思ってるよ。兄貴が命がけで取り返した故郷だから、とかは全然関係なくて。いいとこだし、みんないい人たちだし、あたしで力になれるなら……」


「それで、十分なんじゃないでしょうか」


 ……あぁ、そっか。

 難しく考えすぎてたのかもしんない。


 兄貴たちに強制されるのが嫌だった。

 反発して、わざと家事とかのレジスタンスに関係ないことばかりするようになった。

 知らない故郷のために、命なんて張れなかった。

 今も、命張れって言われたらゴメンかもだけど。


「……うん、やってみる。どこまでやれるかわかんないし自信もないけど。女王様、やるだけやってみるよ」


 誰に強制されたわけでもない。

 あたしがこの国を知って、この国の力になりたいと思った。

 自分の意思で、選んだんだ。

 そう思ったらモヤモヤも無くなって、兄貴を失った悲しみも、立ちあがれるくらいには軽くなった。


「そうですか……。わかりました、私もできるかぎりお手伝いします。女王稼業の練習に、ちょうど良いですから」


「あははっ。デルティラード王国、まだまだ諦めてないんだね」


「当然ですっ! ……でも、まだまだ先になりそうですから。それまでは、あなたの政務をお手伝いさせてくださいね、女王様?」


 ちょっといたずらっぽく、ペロリと舌を出して。

 そんなお茶目な笑い方もできるんだって、新しい一面が知れて、また嬉しくなった。


「ホントは家事をしてたいけど、政務も家事みたいなモンだしね。でっかい家計簿みたいな?」


「ふふっ、家計簿ですか。ストラさん、女王様と言うよりはお母さんですねっ」



 △▽△



 スティージュは小さな国で、王宮も小さい。

 首都なのに田舎っぽくて、住んでる人も田舎っぽいんだ。

 だけど、なんだかのんびりした空気が流れてて安心する。


 今、あたしが立っているのは王宮のテラス。

 そこから、街中の人たちが集まった広場を見下ろしてる。


「さ、女王陛下。国民にお言葉を」


 大兄貴がうやうやしくお辞儀をする。

 そのとなりにはレイドさん。

 そして、メイド姿のペルネがあたしの手をギュッとにぎってくれた。


 支えてくれるみんながいるから、少しも不安じゃないよ。

 だから安心して見てて、兄貴。


「——多くの血が流れました。スティージュは独立を勝ち取りましたが、まだ何も終わってはいません」


 今はまだまだでも、きっと、みんなが誇れる女王様になってみせるから。


「これからも苦難の連続でしょう。ですが……、だけど……」


 あたしらしい女王様に、なってみせるから。


「兄貴が勝ち取ったこの国を、もう二度と荒らさせない! あたしがぜったい守るから、みんなあたしについてきて!!」


 力のかぎり、叫んだ。

 女王様としてはどうかなって思うけど、これがあたしらしさだ。

 広場が一瞬だけ静まり返ったあと、


「いいぞーっ、ストラちゃん!!」


「大きくなったなぁ……ぐすっ」


 拍手と歓声、あと親戚のおじさんみたいな言葉が飛び交った。

 やっぱりこれでよかったみたい。

 兄貴が言ってたんだ、スティージュは貴族の次男坊が海で遊んでても、誰も気にしないのどかなとこだって。

 だったらさ、堅苦しいあいさつなんて似合わないよね。


 レイドさんが苦笑いして、大兄貴は頭を抱えてて、ペルネはと言えばやけに楽しそう。


「うふふっ、ちょっと驚きました。私には絶対に真似、できませんね」


「あははっ。こんなの真似しちゃだめだよ。ベルはベル、あたしはあたしだもん」


 今日という日が、スティージュが本当の意味で独立した日、再出発した日。

 兄貴が愛したこの国の、新しい門出の日だ。




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