73 復讐譚は終わらない
キリエさんの表情、なんだかやわらかくなった気がします。
みんなと合流するためにスティージュへむかう短い旅。
そのとちゅう、何度も私のことを気づかってくれました。
夜、寝る時も、悪夢を見なくなったと言っていました。
一人で眠れるようになったのは、喜ぶべきこと……ですよね?
そんな旅を終えて、私たち二人はスティージュに到着しました。
ストラさんたちは無事でした。
お城にいたレジスタンスのみなさんも、騎士さんたちもほとんど無事でした。
ゴーレムにおそわれたと聞きましたが、王族しか狙わなかったみたいです。
スティージュ以外の出身の、騎士さんやレジスタンスの皆さんは、それぞれの故郷にもどっていきました。
海辺のきれいな街。
リーダーさんやストラさんの生まれ故郷。
ここをとりもどすのが、みなさんの悲願でした。
タルトゥスの声明もあって、あちこちで小さな国が独立して、スティージュも独立を宣言しました。
ブルトーギュを倒して、スティージュをとりかえす。
最後はちょっとおかしなことになってしまいましたが、目的そのものはたっせいです。
今までの戦いは、リーダーさんたちのがんばりは、ぜんぶ無駄じゃありませんでした。
けれどみなさん、モヤモヤした感じです。
そして、遅れてやってきたジョアナさんの二つの報告で、モヤモヤはもっと大きくなりました。
「うそ、兄貴が……、うそ……」
一つめは、リーダーさんが魔族との戦いで亡くなった、という報告です。
うそだ、うそだ、とストラさんは何度も言ってて。
そのうち、お屋敷のお部屋に閉じこもってしまいました。
レイドさんもギリウスさんも、他の皆さんも、ひどく落ち込んでいました。
そしてもう一つは……。
「キリエちゃん、落ち着いて聞いて。神託者ジュダス、そして大臣グスタフ。この二人がキリエちゃんの村の襲撃に深く関わってることがわかったの」
「——え」
「襲撃の立案がジュダス、直接命令を下したのがグスタフよ。ジュダスはタルトゥスの協力者として王都に。グスタフは反乱直前でパラディに亡命したわ」
キリエさんの復讐が、まだ終わっていないということです。
このことを知ってから、キリエさんはまた、怖い顔をする時が多くなって。
また、一人では眠れなくなってしまいました。
○○○
あの戦いから一ヶ月がすぎて、春がきた。
ベアトのために戦うと決めた時、私の心も春がきたみたいに清々しかった。
今は違う。
ドロドロと胸の中に渦巻くのは、どす黒いマグマのような殺意。
もちろんベアトは守る、絶対に渡さない。
だけど、同じくらいに復讐したい。
仇が討ちたくて、神託者と大臣をむごたらしく殺したくてしかたない。
王都を占拠した魔族どもも、リーダーの仇だ。
ぜんぶぜんぶ、リーダーがずっと頑張ってきたことなのに。
あんな不意打ちで、勝った気になりやがって。
絶対に殺してやりたい。
あの人も、大事な仲間だったのに。
守りたい、殺したい。
綺麗な気持ちと黒い気持ち。
同じくらいにでっかい気持ちが、ぐるぐる、ぐるぐると回り続けて。
「……っ」
ベアトに、くいっとそでを引かれた。
あぁ、また怖い顔して心配させちゃってたかな。
私たちは今、旧リターナー邸でお世話になっている。
かつてリーダーたちが暮らしたお屋敷。
王国時代はスティージュを治める貴族が使ってたみたいで、きれいなモンだ。
廊下にツボとか絵画とかかざってあるし。
ちなみにその貴族、レジスタンスのみんなに引きずりだされて、身ぐるみはがされて王都に送り返された。
使用人は昔リターナー家に仕えてた人がほとんどで、全員引き続き、私たちをこころよくお世話してくれている。
「ごめん、ぼんやりしちゃってた。行こう、ストラのとこに」
「……っ」
ストラの部屋の前にきて、ドアをコンコンと叩く。
返事はない。
いつものことなので、勝手に入らせてもらう。
「おじゃましまーす」
「……帰って」
今日もストラはベッドの中で丸くなってる。
豪華なベッドの真ん中が、ふっくらとふくらんでいる。
リーダーが死んだって聞いてから、ずっとこうだ。
「……ねえ、ストラは仇討ちとか、しようと思わないの?」
ベッド脇に腰かけてから、聞いてみる。
だって、私にはわかんない。
どうして何もしないで丸まってるのか。
私だったら今すぐ仇を殺しにいくのに。
っていうか、今日の用事がまさにそれだ。
「思わない。全っ然思わないっ! なんなんだよ、バカ兄貴! せっかくスティージュ取り返したのに! あたしにスティージュ案内するって言っといて!!」
ベアトと顔を見合わせる。
私たちがなにを言っても無駄かな、これは。
さっと用件だけ伝えよう。
「私とベアトは、ここを出て行こうと思ってる。少しの間、旅に出ようと思うんだ。私たちがいたら、迷惑かもしれないし」
今度はスティージュが襲われたりしたら一大事だもんね。
私とベアトをかくまってるってんで、難癖つけられるかも。
今、王都は暴君時代の反動で、反戦ムード一色。
こんな状況じゃタルトゥスも、こっちに手出ししたくてもできないってのがギリウスさんの見解だけど、今はまだ念のため、火種は少ない方がいい。
「それに、仇を討ちたいんだ。まだ生きてる仇が二人いて、絶対に地獄へ叩き落としたい」
「……そ、好きにしたら?」
「うん、好きにする。一応、ストラがこの国の女王様ってことになってるから、報告に来たってだけだし」
スティージュの王族、侵略された時にみんな殺されちゃってるからね。
再建するとなったら、新しい王族を立てなきゃいけない。
予定では満場一致でリーダー、だったんだけど、あんなことになって。
ギリウスさんはというと、騎士をやってて政治の勉強なんてするヒマがなかったみたい。
というわけで、リーダーに小さなころから政治とか兵法とか教えられてたストラが、若くして女王様ってことになったんだよね。
今はこんな調子だけど。
「じゃあ、私たちは行くね。一応伝えとくけど、明日出発だから」
これ以上はなに言っても聞かないかな。
今必要なのは、私じゃない誰かの言葉だと思う。
たとえば、同じように兄妹を失って、ストラの代わりに政務をがんばってるあの娘とか。
「行こ、ベアト」
「……っ」
丸まったままのストラを置いて、私たちはそっと部屋を出た。
さて、みんなにも旅に出ること伝えなきゃね。
特にギリウスさん。
あの人はこのまま穏やかに過ごせる人じゃない。
魔族相手に、反撃の手を考えてるはずだ。
だからこそ、私たちがしばらく留守にするって教えないと。
……決戦挑むなら、私も絶対に参加したいからね。
そんなこと考えつつ、二人で廊下をてくてく歩いていると。
「お姉さんたち、デートです?」
メロちゃんにエンカウントした。
彼女もこの屋敷に住まわせてもらってる一人だ。
あとはペルネ姫……、じゃなくてベルが厄介になってる。
「いや、デートじゃないし」
「……っ!?」
なんでショック受けるんだ、ベアト。
「実はさ、明日にもここを出ようと思うんだ」
私の決意をメロちゃんに伝える。
どっちみち主要メンバー全員に伝えるつもりだったし、会ったついでだ。
廊下で立ち話ってのがアレだけど。
「……やっぱり、キリエお姉さん。仇討ち、したいんですね」
「うん。仇がまだ生きてるってのに、のうのうと心臓動かしやがってるのに、黙って見過ごしてなんていられない。これが私なんだ」
ベアトに関する事情はさすがに伏せておく。
あんまり言っちゃいけない内容だもんね。
「だからメロちゃん、いったんお別れ——」
と、ここまで言ったところで、衝撃的な発言が飛び出した。
「あたいも……。あたいも、一緒に行くです!」
「……本気?」
いや、本気なんだろう。
この子の表情、いたって真剣だ。
でも、なんでメロちゃんまで来たがるんだ?
理由がさっぱりわかんない。
「危険だってわかってる? 命の保証はないんだよ?」
「わかってるです……! あたいだって、最低限自分の身は守れるです。それに……」
ぎゅっとにぎり拳を作って、ぷるぷると震わせる。
「魔族軍に対して怒ってるのは、あたいも同じです……。あたいの故郷、フレジェンタ。魔族軍との戦場になって、崩壊したって聞いたのです……」
あぁ、そっか。
対魔族戦線、一万五千の軍をまとめる五人の王子たち。
私が二人殺したけど、あとの三人は魔族軍に殺された。
(……たしか、私たちが去って三日後、だったよね)
その戦闘で、フレジェンタの街は廃墟になった。
残ってた住民たちが、たくさん犠牲になったんだ。
「仇を取りたいのは、お姉さんだけじゃないです! あたいだって、憎くてしかたないのです!」
そうだ、メロちゃんはこういう娘だった。
タリオの時も、仇討ちのつもりでついてきたんだよね。
こうなったら絶対に意見を曲げない。
この娘が知り合いの中で一番、私に似てるかもな。
それに復讐心の否定なんて、私が一番したくないことだ。
「……わかった。いっしょに行こう。私たちそれぞれの、復讐をしよう」
「はい、よろしくです、お姉さんたち」
こうして、メロちゃんが同行することに決定。
ベアトもなんだか嬉しそう。
……嬉しそう、だよね?
残念そうにも見えるのは気のせいだよね?