表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

72/373

72 イーリアとベル 逃避行




「くっ、もう見つかったのか! 姫様、下がってください……!」


 私をかばって、イーリアが立ちふさがります。

 ギリウスも同じく。

 もう逃げられない、そう覚悟したのでしょう。


 ストラさんたちも……、あれはレイドさんですね、彼が危険を察して、皆さんを下がらせています。

 もっとも、敵は向こうの様子になど興味ない——。


(……あれは、ベル……?)


 その時、私は恐ろしいことを考えついてしまいました。

 私と同じドレスを着た、私そっくりな彼女の姿が、目に入った瞬間に。

 彼女は影武者、いざとなれば私の代わりに危険に身を投じる覚悟があるはずだと、一瞬でも思ってしまった。

 そして、そんな私の視線を敵は見逃さなかった。


「……んん? お姫様、さっきから何を見て——」


 視線の先を追いかけて、驚きに目を見開きました。

 同時にこの状況を、ギリウスも完璧に理解します。

 そして、私と同じことを考えてしまったのでしょう。

 ベルをじっと見つめ、顔をこわばらせています。


 ギリウスがその判断を下したとしても、責められるはずもない。

 まったくもって正しいものです。

 ベルを進んで囮に差し出さないのは、むしろ優しすぎるくらいです。


 そもそもこれが、本来の影武者としての役目。

 ですが、ただ黙って見ていただけの私の行動は、果たして正しかったのでしょうか。


 自己の保身のために、あなたを犠牲にすることをよしと考えた。

 これがペルネの本性なのかもしれません。


 私たちの視線が一点に注がれる中、


「ギ、ギリウス殿? 姫様も、突然どうしたのですか?」


 イーリアだけが、状況を飲み込めないままでいました。


「一体なにがあると——あ、あれは……!?」


 そして彼女も、ベルの存在に気付いたようです。


「姫様が、二人……? ギリウス殿、ではこちらの姫様は、まさか影武者——」


 ベルにも全て、聞こえていたのでしょうね。

 彼女はたった一人で、西の方角へ走り出しました。

 私たちが逃げる方向とは真逆の方へと。


 ……ありがとう。

 あなたの覚悟、この胸に刻みました。


「ひ、姫様っ!!」


 影武者の件を知らないイーリアの反応も、真実味を増してくれました。

 逃げていくベルを追いかける彼女の必死の表情に、胸がズキリと痛みました。


「……くそっ!」


 お芝居がメインでしょうが、イーリアが心配なのもあるのでしょう。

 私を放り出して、ギリウスも追いかけます。

 レイドさんたちに、私のことを任せたとアイコンタクトを出しながら。


 二人の行動で、敵はベルこそが本物の私だと判断したようです。

 ニヤリと笑ったあと、


「なーるほどねぇ。こりゃ一杯喰わされたか」


 三人を追いかけて、西の方角へ走っていきました。


 ギリウスはきっと、無茶はしないでしょう。

 すぐに私のところへ戻ってくるはずです。

 ……ですが、イーリアは違います。

 ベルを本物の私だと信じ、どこまでも愚直ぐちょくに守り続けるでしょう。


 私はイーリアに、取り返しのつかないウソをついてしまいました。

 許されないかもしれないけれど、それでも謝りたい。

 どうか、無事でいてください……。



 △▽△



 あの日から、一週間がたった。

 わたしは姫様を守り切れず、敵の魔族に手も足も出ないまま打ち倒されて、あの方をさらわれた。

 そうして近衛騎士イーリアは今、鎧を脱ぎ、マントとフードを着て雑踏をうろついているわけだ。


 王都は魔族の第一皇子タルトゥスの軍勢によって占拠。

 情報操作が行なわれたのか、ブルトーギュ打倒は彼らの手柄となり、東区画の被害もブルトーギュ派の仕業と発表された。


「どうしてこうなったんだ……。ブルトーギュを倒したのは勇者殿とレジスタンス、そしてギリウス殿だ。わたしも血を流した一人なのに……!」


 そうだ、ギリウス殿。

 あの人とは戦いの中ではぐれてしまった。

 どこに行ってしまったのか、あの人に限って万一は無いだろうが。


 暴君が倒されて、戦争が終わり、圧政も幕を閉じた。

 タルトゥスは周辺諸国の王国からの解放を宣言。

 このまま属国ぞくこくでいることも、独立することも自由。

 その選択にも、諸国の動きにも、自分はいっさい関わらないと声明を出した。

 必要以上に敵を作らないための、打算と偽善にまみれた判断だ、吐き気がする。


「第一、デルティラード王国はどうなる……。事実上の滅亡じゃないか……」


 王国がコルキューテの属国という立場になり、貴族たちは新たな支配者にしっぽをふって、今の地位を保とうと必死だ。

 あの日を生き残った王子と王女たちは、全員が捕まってしまった。


(バルバリオとカミルは例外で、川で死体が上がったんだったか。ただ、顔の損傷がひどかったと聞いた。もしかしたら……)


 ゴーレム使いに追われたあの時、カミルがなにかを思いついた様子だったが。

 あのバカ王子にそんな知恵があるのだろうか、果たして。


「殺せっ! 殺せっ! 暴君の痕跡をこの世に残すなっ!!」


「処刑に署名をお願いします! 王族の処刑をっ!!」


 そして今、王都中を騒がせているのが王子と王女たちの処刑をタルトゥスに求める運動。

 うっぷん晴らしだろうか、ペルネ姫をのぞく全員の首をすっ飛ばしてほしいみたいだ。


(このような運動、聞き入れられるはずが——)




 三日後、本当に処刑がり行われた。

 正門前広場に処刑台が設置され、広場を埋め尽くすほどの住民が集まって、捕縛された王子たちがギロチンで首を落とされるたび、大歓声が巻き起こる。

 こんな悪趣味な娯楽を、民衆は待ち望んでいたのか……。


「ひ、ひぃぃやあぁぁぁぁっ!! 嫌だっ、嫌だぁぁっ!!」


 王子の中で最後に残った第十三王子だ。

 兄たちが首を落とされるのを目の当たりにして、泣きわめきながら処刑台に連れていかれる。


「死にたくないっ、嫌だっ、助け゛て゛ぇぇぇ!」


 ストんっ、すぱっ。


 ロープが無慈悲に斬られて、断頭台が首を落とす。

 ごろりと転がる、涙と鼻水にまみれた王子の生首。

 広場がわき上がる中で、おもわず目をそむけてしまう。


(このような、むごいことを……)


 民衆の要望という大義名分があるからか。

 処分に困っていた王族を、誰にも非難を浴びず一気に片付ける、またとない機会だったのだろう。


「嫌じゃっ、わらわは、わらわを誰とっ!」


 王子全員の処刑が終わって、次は第一王女、か。

 彼女がギロチンにかけられる様子をぼんやりと眺めながら、次の順番待ちに並ぶお方の姿が目に入り、わたしは自分の目を疑った。


「ぺ、ペルネ姫様ッ!!?」


 わたしの叫びで、周囲の民衆も気づいたのだろう。

 次々とざわめきが、動揺が広場に広がっていく。

 泣きわめきながら首を落とされる第一王女の姿など、もはや誰も見てはいなかった。


「ペルネ様だ……!」


「なぜペルネ様まで!!」


「や、やめてくだされ、そのお方は……!」


 とうとう処刑台のそばで、タルトゥスに助命を願う者まで現れる。


「お願いします、どうかご慈悲を!!」


「ペルネ様だけは例外なのです! お願いです、思いとどまってくだされ!」


 そうだ、誰もペルネ様の処刑など望んでいない。

 それなのに……!


「……諸君、なにか誤解をしているようだな。これはペルネ姫自身のお望みなのだ。でしょう、姫よ」


 な、なんだと……?

 どうしてペルネ様が、自分の死を望むのだ!


「……その通り、です。兄弟姉妹たち、みなが殺されて、私だけがおめおめと生きてはおれません。もしもこの場で処刑してくださらないと言うのなら、私は王城の尖塔から身を躍らせましょう」


 姫様の言葉に市民たちがざわつく。

 中にはすすり泣きをする者まで。

 しかし、しかしだ。

 あれは本心か?


(違う……! あれはペルネ様のご意思ではない! 第一、あの方は屍を背負って生きる覚悟のできぬお方にあらず!)


 ペルネ姫様が断頭台に固定された。

 事情はわからないが、これ以上黙って見ていられるか。

 絶対にあのお方を死なせない。

 わたしはペルネ様の近衛騎士、全てを賭けてあのお方を守る!


練氣レンキ魂豪身コンゴウシン!!」


 ギリウス殿の奥義を発動し、矢のように飛び出す。

 騎士剣を手に、落とされたギロチンの刃を切り刻み、断頭台を破壊。


「……む!」


「貴殿は……!」


 周りを固める魔族たちが対応する前に、ペルネ様のお体を抱え上げ、力のかぎりジャンプ。

 ひとっ飛びで広場を抜け、ふり返らずに全速力で路地裏へ飛び込み、駆け抜ける。

 たとえ誰が何人追ってきていても、絶対に逃げきってみせる!


「イ、イーリア……?」


「姫様、お助けに上がりました」


「……イーリアっ」


 ペルネ様の目に涙が浮かぶ。

 やはり、このお方は死を望んでなどいなかった。


「私を、この私を、守ってくださるのですか? この、私を……」


「聞かれるまでもありません。あの日、誓ったでしょう?」


「この命が尽きるまで、なにがあろうとも私を護る……ですか?」


「覚えて……おいでだったのですね」


 あぁ、ペルネ様だ。

 あの日捧げた誓いを覚えてくださっていた。

 このお方こそ、わたしが護ると誓った本物のペルネ様だ。


「イーリアっ!!」


 首に手を回して抱きつかれてしまった。

 役得……ごほん、おそれ多い限りだ。


「逃げましょう、イーリア。私と二人だけで、どこまでも……」


「もちろんです。どこまでもお供します、姫様」



 △▽△



 私はベル、ただの奴隷だ。

 影武者としての私の役目は、ペルネ姫の命を守ること。

 そのために、私は自分から望んで処刑台に立った。

 ペルネ姫である自分を殺すことで、ペルネ姫がもうこの世にいないと思わせるために。

 姫の身を守るために。


「姫様、お助けに上がりました」


 死ぬ覚悟はできていた。

 できていたのに、なにも知らないおせっかい焼きにブチ壊された。

 ……なのに。

 どうして私は今、嬉しいのだろう。


「……イーリアっ」


 どうして、涙があふれてくるのだろう。


「私を、この私を、守ってくださるのですか? この、私を……」


「聞かれるまでもありません」


 私はベル、ただの奴隷だ。

 『自分』を捨てた、ペルネ姫の影武者だ。

 そんな私に、この人に守られる資格なんてないのに。


「逃げましょう、イーリア。私と二人だけで、どこまでも……」


「もちろんです。どこまでもお供します、姫様」


 分不相応にも、願ってしまった。

 イーリアと二人で生きる、幸せな未来を。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ