68 見極めろ
「コイツで形勢逆転、かな」
「そんな付け焼き刃で、ボクを倒せるとでも……!」
「思ってないよ。殺せるとは思ってるけど」
つばぜり合いをたもったまま、右手を離して敵へとのばす。
魔力を込めて、体を沸騰させるために。
「くっ……!」
触られる前にあわてて飛び離れた。
距離を離して殺しにくるつもりだろうけど、お生憎。
この街には上水道が流れてて、私の武器もいっぱいあるんだ。
さっと地面に手をついて、地面の下を流れる水路に狙いを定める。
内臓だけを弾けさせるヤツの応用で、ピンポイントに上水道へ魔力を送り、
「煮えたぎれっ!!」
沸騰、爆発させる。
たちまち地面が割れて、熱湯の水柱が立った。
「くっ、勇者……っ!」
おうおう、ビビってる。
私の分析が正しければ、これでアイツは見えない斬撃をくりだせない。
「なめるな!」
あれ、また構えを取った。
さっきコイツ、レイドさんの風のバリアで突進を止められてたはず。
そして、攻撃は直線的。
つまり目標との間に障害物があれば、コイツの技は自爆技に変わる。
「……まあいいや。来るってんなら返り討ちにしてやるだけだ」
熱湯をあやつって、私の周りにカベを作って守りをかためる。
これでもう、敵は攻撃できない。
あとはホーミング熱湯で攻撃し放題——。
ズパァァァン!!!
「……へ?」
今、なにが起きたんだ?
その場から動かずに、見えない速度で剣を振るって——。
ブシュウゥゥウッ!!
「あうっ!!」
私の胴体に、ナナメに傷が走って血が噴き出した。
コイツ、剣圧だけで熱湯の壁を裂いて私を斬ったんだ。
ふざけんな、どんな速度で振ったらそんなことできんだよ。
「なめるな、と言ったはず。もう遊ばない、本気で貴様を殺しにいくと」
続けざまに見えない斬撃を、容赦なく三回繰り出す。
なんで見えないのに三回とわかるのかって?
そりゃ、私の体に三つの傷が走ったからだ。
「いつっ……、くそっ……!」
ホント痛い。
鎖かたびらも貫通してくる。
だめだ、熱湯は防御には使えない。
役に立たない壁を捨てて、攻撃に使うために塊へと変えた瞬間。
「待ってた。その首、もらい受ける」
片足を後ろに下げての、前のめりの姿勢。
来る、見えない突進が。
今度こそ、私の首を刈り取りに。
レヴィアの姿がぶれて——。
バシャァァァァッ!!
「っぐぅ!!」
私との間に置いた熱湯のかたまりに、真正面から突っ込んだ。
ざまーみろ、突進の軌道はわかってんだ。
熱湯を操って、そこに固めてやれば……。
ズバシュッ!!
「っあぐぅ!!」
またレヴィアの姿が消えて、私の足に深い傷が走った。
コイツ、熱さにひるまず無理やり突っ込んできたのかよ、狙いもよく定めずに。
風の刃にくらべれば、たしかにマシでしょうけど。
それでも腕とか顔に大やけど出来てんぞ。
「さあ、もういいでしょ? そろそろボクに殺されて」
「いいわけあるか……!」
で、また高速突進のかまえだ。
熱湯はもう無意味。
次も金剛力で防げればいいんだけど、バカ正直に首狙いを続けてくれる保証はない。
(……どうする? 月影脚で回避……いやいや、そんな次元の速さじゃない!)
……そういえば練氣って、まとった部分を強化してくれる、のかな。
もしそうだとしたら、今強化すべき場所は目だ。
イチかバチか、高速突進を見切ってやる。
「これで、終わり」
練氣を引き出して、目に集中させる。
そのとたん、気持ち悪いくらいに視界がクリアになった。
空中を舞う砂ぼこりのひと粒ひと粒まで、ハッキリと見えるくらいに。
敵の動きも、カンペキにわかる。
後ろに下げた足を蹴りだして加速。
こっちに駆け寄ってきて、狙っているのは右腕だ。
斬り落とされる前に防がなきゃ。
でも、腕が思うように動かない。
首と心臓をガードできる位置から、右腕のガードまで動かすには時間が足りない。
……そりゃそうか。
これ、私の速さがアップしたワケじゃないもんね。
ただ見えてるだけで、防御はやっぱり間に合わない。
……だったら。
ズパァァァァァッ!!
長かった一瞬が終わって、私たちは互いに交錯。
私の右腕が、斬り飛ばされて宙に舞う。
「……っ!!!」
ベアト、ごめんね。
かなりショッキングな光景見せちゃって。
で、私が持ってたソードブレイカーは。
「……ごぷっ!」
レヴィアの腹を貫通して、突き刺さってる。
やったね、口から血を吐いてうずくまった。
私はガードを捨てて、突進の軌道上に切っ先を突き出した。
ちょうど心臓の辺りでかまえてたから、なんとか間に合ったんだ。
敵の勢いを逆に利用して、背中まで串刺しにしてやった。
「ざ、ざまあみろ……、油断しすぎだっての……! ……うぐっ!」
なんとか仕留めた。
けどこっちも重傷だ。
クソ、今度は右腕斬り飛ばされるとかさぁ。
一日で片腕一本ずつ、違う相手に斬り落とされるなんてことあるか?
「……っ!! ……っ!!!」
え、ベアト……?
走ってきて、私の右腕を拾い上げて、なにしてんの。
「ダメ! まだ出て来たら危ないって!!」
「……っ!!!」
聞く耳もたないね。
右腕を大事そうにかかえて、首を左右にふるふる振ってる。
「ぐっ、ごぼっ……! こ、この程度で……ぇぇッ!」
こっちもマジか。
この重傷、立ち上がるだけでもアレなのに、ソードブレイカーを傷口から引っこ抜いた。
おまけに、
「こんなモノ……っ!!」
バキィィッ!!
力任せに叩き折りやがったよ。
さよなら私の歴戦の愛刀。
真ん中からポッキリ折られて捨てられちゃった。
チクショウ。
「はぁ、はぁ……っ! まだ、これから……!」
「しぶといなぁ……! 腹ブッ刺されてんでしょ? 大人しく死んどいてよ……!」
「死ねない……! 勇者を、殺すまで……!」
……こりゃ、逃げるどころじゃないかな。
殺すまで死ななそうな気迫だ。
いいよ、ならお望み通り——。
ビュオォォォォォッ!!
「うわっ……!」
その時、一陣の風が吹き抜けて、ソイツは突然姿を現した。
突風が形になったかのように、レヴィアを背にしてローブ姿の女が立ちはだかる。
「そこまでです、レヴィア。それ以上続ければ、本当に命を落としますよ」
「引っ込んでて、神託者……!」
アイツはたしか、あの日謁見の間にいた、私のギフトの名前を発表した神託者。
ジュダスとかいったっけか。
「そうはいきませんね。あなたにはまだ、死んでもらっては困るのです」
事情はわかんないけど、お互いに気を取られてる今がチャンスだ。
「……ベアト、こっち来て」
ベアトを手招きしてから、濡れた地面に手をついて、さっき地面に散らばった大量の水、その全部に魔力を流す。
それらを浮かべてかき集めて、大きなひと固まりにして、
「いけっ!!」
その全部を、二人の敵に目がけて投げつけた。
と同時に、隣まで来てくれてたベアトをおぶって路地裏へ走りだす。
「……おや、ずいぶんと思いきったことを」
神託者が風のバリアを展開。
まあ防がれるだろうね、直撃は。
こっちも期待してないよ。
私の狙いは最初からこっちだ。
命中直前で、
「はじけ飛べっ!!」
一度沸騰を弱めたあと、急激に煮立たせて大爆発を起こす。
熱湯の粒が振りかかって、少しだけど霧も発生。
ひるんでるかは確認できないけど、とにかくこの間に路地裏へと駆けこむ。
何回か曲がった後、見つけたマンホールのふたを開けて中へ。
はしごに足をかけて、ベアトにふたを閉めてもらう。
あとは下まで一気に飛び下りて、足場に着地。
「はぁ、はぁ、はぁっ……。逃げ切れた、かな……」
少しだけはしごから離れて、様子をうかがう。
どうやら誰も追いかけてこない。
敵は私たちを見失ったらしい。
「……っ!!!」
ベアトが目尻に涙を浮かべてる。
なんでだろう、今回もだ。
この娘のこんな顔を見るたびに、胸の奥がズキズキするんだ。
「ごめん。ここクサイよね。早く外に出ようか……」
「……っ!! ……っ!!!」
あぁ、ニオイじゃないのか。
私の取れちゃった腕、心配してくれてるのかな。
でも今は、治療よりも逃げるのが先だ。
ベアトをおぶったまま走り出す。
ちょっと血を流しすぎて、足下がフラフラするけど。
「……リーダーも、うまく逃げられたかな」
ちょっと心配だけど、大丈夫だよね。
だってリーダーだもん。