67 眠っていた力
「タルトゥス様、作戦は順調です」
「当然だろう。あいつら五人は選りすぐりの精鋭たちだ」
南門前の陣地にて。
【遠隔】の勇贈玉を持つ側近、ノプトの報告を受け、俺は深くうなずいた。
「市民には可能な限り犠牲を出すな、との命令も重ねて伝えろ。我らは暴君を倒した正義の解放軍。そして王都も、この肥沃な大地も、我らの物となるのだからな」
「御意のままに」
ノプトが【遠隔】のギフトを使い、五人にテレパシーを飛ばす。
コイツは優秀な女だ。
そしてあの五人も。
さらにはパラディからの協力者ジュダスもいる、失敗はあり得ない。
○○○
さて、今の状況で最初にするべきことは、
「ストラ、メロちゃん、お姫様! このままレイドと逃げろ!」
あの四人を逃がすこと。
リーダーも同じ考えみたいだね。
「逃げろって……、兄貴は……?」
「心配すんな、あとから絶対に追い付く!」
すっごく心配そうなストラの声に、リーダーが力強く返す。
遠くてあんまり顔見えないけど、多分ストラ、泣きそうなんじゃないかな。
「……信じるからな、バカ兄貴」
「おう、信じろ!」
「あたし、スティージュのことなんにも知らないんだから、ちゃんと教えてよ!」
「もちろんだ! スティージュの名所、たっぷり案内してやるよ!」
「絶対だぞ、約束したからね! ……さ、みんな、早くいこっ!」
強いな、ストラ。
リーダーと生きて会える保証なんてどこにもないのに、真っ先に背中を向けてメロちゃんの手を引いて、レイドさんを急かして。
「わっと、ストラお姉さん、いいのです? 本当に残してっても……」
「あたしらがいたってジャマなだけ! ほら、さっさと消えるよ!」
ベルも背中を向けて、三人が走りだす中、レイドさんが少しだけ立ち止まってふり返った。
「……行け、相棒。もう振り返るな。妹のこと、頼んだぜ」
「……あぁ、さっきも聞いたよ」
大きくうなずいて、レイドさんも走っていった。
「さぁて、気ぃ張ってくぜキリエちゃん! こいつら最高にヘビーな相手だからな!」」
「……うん、よーくわかってる。それでもこの娘をもう二度と、奪われるつもりはないよ」
「……っ、……っ!?」
ベアト、相変わらず真っ赤だな。
……いや、余計なこと考えてる余裕なんてない。
今はどうやって生き延びるかを考えろ。
「……姫君に逃げられた」
「問題なかろう、もとより担当は我らではないのだ。あやつに任せて、今度こそ我らの任務を果たそうぞ」
敵は二人、こちらも二人。
女魔族は勇者様とやる気満々だ。
中年魔族の方は、リーダーとにらみ合いを続けている。
けど、どっちも襲ってこない。
あの中年の魔族、いまにも斬りかかろうとしてる女魔族を目で制止している。
どうせ殺されるんだから、最期に話す時間ぐらいくれてやれってか。
武士の情けってヤツか、ありがたいけど。
「なあ、キリエちゃん。ベアトちゃん抱えたまま、こいつらと戦えるか?」
「……うん、はっきり言って無理」
当たり前だよね。
敵は数で押せるレベルを越えた場所にいるバケモノだ。
さっき手も足も出なかったのに、ベアトを抱えたまんまでなにができるっての。
……あんだけ威勢のいいこと言っといて、なんとも情けない話だけどさ。
「だろうな。敵はデタラメな強さだ。暴君の命を吸った今のキリエちゃんでも、プラスアルファでなにかが無ければ、確実にやられちまう」
「ハッキリ言うね」
「デリカシー無かったか?」
「むしろ客観的で助かるよ」
ブルトーギュ倒してまたかなり強くなったけど。
それでもキツイよね。
「……そのプラスアルファを示してやることが、俺を大きく越えたキリエちゃんにできる、師匠としての最後の役目かな」
「縁起でもないよ、リーダー」
「……おっと、最後ってのはそういう意味じゃねぇぜ? 教えられるのはもうそれだけってことだ。死ぬつもりはサラサラねぇからな」
だったらいいけどさ。
ストラに故郷の案内してあげるんだもんね。
こんなところで死なないでよ。
「で、教える内容だが。練氣の出し方だ」
「は? 練氣って、魔力を持ってない人しか出せないんでしょ?」
「正解だ。人は魔力か練氣、どちらかを持って生まれてくる。で、普通に暮らしててもわりと出せる魔力に比べて、練氣は相当鍛えねぇと出せねぇ。だからあんまり知られてねぇ」
「……つまりリーダー、私が元々練氣を持ってるって言いたいの?」
「あの中年魔族、さっきの手刀に練氣をまとってやがった。だが【ギフト】を使うには魔力が必要。つまり勇者の魔力は【ギフト】のための後付けなんじゃねぇか?」
なるほど。
たしかにブルトーギュも、練氣と【治癒】をいっしょに使ってたね。
「魔力は心臓の奥から力を引っ張り出す感じだって、レイドから聞いたことある。どうだ、ピンとくるか?」
「……うん、大体そんな感じ」
「対して練氣は、体中から力をかき集めるんだ。あとの制御は魔力も似た感じらしいからな、できるはずだ」
……うーん、なんとなくわかったかな。
「ってわけだ。中年の魔族は俺が引き受ける。敵が一人ならやれるな? ベアトちゃんを守り切れるな?」
「当たり前。リーダーこそ死なないでよ?」
「へっ、心配すんな。こっちは『三夜越え』でパワーアップしてんだ」
なんだそれって思った瞬間、リーダーが中年魔族に猛突進。
びっくりするくらいのスピードで斬りかかって、打ち合いながら屋根の上に飛び上がって、あっという間に見えなくなった。
リーダーってあんなに強かったっけ……。
……と、あっちを見てる場合じゃないよね。
「ベアト、離れてて」
「……っ!」
私の相手はこのハイスピード逆恨み女。
レヴィアっていったっけ。
殺すにしても逃げるにしても、まずはコイツの【ギフト】を見極めなきゃ。
「勇者、今度こそ殺す」
レヴィアがそり返った剣を抜いて、両手でかまえる。
私が敵に向けてきたような、敵意と殺意のこもった眼差しで射抜かれる。
ベアトは離れた場所にいるから、巻き込まれることはない。
敵は私を殺す気満々だし、狙われもしないと思う。
今は戦いに集中だ。
「お前を殺せば、一歩近づくんだ。姉さんのために、殺す……!」
来る、見えない斬撃。
軸足と反対の足を後ろにすべらせて、前傾姿勢をとったあと、すぐに姿が見えなくなって、
ガギィィィッ!!
ものすごい衝撃に、体が後ろへ吹き飛ばされた。
「……っぐ!!」
剣で受け止めた腕が、ビリビリとシビれる。
首の切断をねらったんだろうけど、とっさに急所をガードしたからなんとか防げた。
いたぶるのはやめて、私を仕留めにきたってわけか。
けど、これで一つわかったよ。
コイツの攻撃は直線的、どうしようもなく真っ直ぐに、一直線の突進技だ。
私を痛めつけるためとはいえ、ちょっと見せすぎたね。
「防いだ……。けど、こんなまぐれは二度も続かない。次は首を落とす」
はいその通り、今のはただ運がよかっただけだ。
今、私はガードした衝撃で後ろむきにすっ飛んでる。
敵も後ろ、今度こそ私の首を落とすために構えてるはずだ。
どうしよう、無理やり体を反転させてガードしても、またすっ飛ばされる。
そもそも、もう一回受け止められる保証はないけど、少なくともパワーを上げれば、この衝撃にも耐えられる?
つまり、練氣を使えば。
(本当にできるの? 私に出せるの? ……いや、悩んでる時間はない。体中から力をかき集めて、それを魔力みたいに操る……!)
リーダーの教えを、ギリウスさんやイーリアの実演を思いだして、かき集めた何かを両腕へ移動させる。
両腕がモヤモヤに包まれて、信じられない力がわき上がってきた。
できた、見よう見まねの金剛力!
「死ね、勇者ッ!!」
「死ぬわけにいくかっ!!」
二度目の突進攻撃。
次の狙いも首だってわかってる。
体をひねって強引に反転して、軌道を予測。
首を守るようにソードブレイカーをかまえて。
ガギィィッ……!!
「な、なんっ……!?」
今度はきちんと受け止められた。
ガードをはじかれず、しっかりと真正面から受け止めてやった。
敵は突進を止められて、今の私たちはつばぜり合いの状態だ。
「練氣……。貴様が使えるなんて、聞いてない……!」
「だろうね。私も今、はじめて知った」