63 【ギフト】を持つ魔族
押し寄せる人狼の群れ。
先陣を切ってその中に飛び込み、右手の剣に練氣をまとわせる。
「練氣・鋭刃!」
切れ味を鋭くするだけの基本技だが、こんなザコにはもったいないくらいだ。
バラバラのタイミングで突きかかる、まるで統率の取れてない魔物の群れを次々に斬り伏せる。
「みんなは下がっててくれ、僕たちだけで十分だ」
レイドが他のレジスタンスのメンバーに待機命令を出した。
そして、杖の先っぽをワーウルフの群れに——ってちょっと待て。
「テンペスト!」
杖から迸った風が、刃となって渦を巻き、人狼の群れをまるごと斬り刻んで肉片へと変える。
おまっ、範囲魔法出すなら言ってくれよ、俺も群れの中にいたんだぞ!
見てから抜け出すくらい軽いけどよ……。
「ナイス連携ってとこかな、バルジ」
「……はぁ。信頼の証と取っておくぜ、相棒」
ともあれ、意味不明なワーウルフの群れはこれで全滅だな。
「はあぁぁぁぁぁ……、なんで僕が王城攻撃役なんだ……。くそっ、アイツらちょっと強いからって調子に乗りやがって……!」
と、その時聞こえたのはでっっっかいため息。
男が一人、頭をボリボリ掻きながら、こっちに歩いてくる。
「……おい、アンタ。そこで止まれ」
「んん……? なんだよ、やめろよ、そんな怖い顔でにらむなよぉ……」
やけにオドオドと、ビクついてんな、コイツ。
暗かったから遠目にはよくわからなかったが、近付いてきたことで青白い顔ととがった耳が確認できた。
間違いねぇ、コイツは魔族だ。
髪の毛は黒、あとなぜかものすっごく暗い表情してやがる。
「なにか用かよぉ……。僕は別に、お前らに用はないんだからさぁ……。ほっといてくれよ……」
よく見りゃ、魔族の国コルキューテの軍服を着ているな。
ただ、武器も鎧のたぐいも装備してねぇみたいだ。
とても戦う格好には見えねえが……。
「アンタ何者だ。俺らに用がないってんなら、ここに何しにきた」
「僕はルーゴルフ……。何しにきたって、決まってるだろ……。この城の中にいるヤツ、皆殺しに来たんだよ……」
「皆殺しだぁ? ……そいつぁ穏やかじゃねえな」
間違いねぇ、コイツがあの兵士の言っていた、例の五人組の一人だ。
「つーかさ、ジュダスから聞いてたけどさ、お前らレジスタンスだろ……。ぁんで僕のワーウルフ部隊全滅させてんだよ……、邪魔すんなよ……」
ジュダス……、パラディから使わされたってぇ神託者の名前か。
こいつらとソイツは繋がってる、そう考えた方がよさそうだな。
で、ワーウルフの群れもコイツのしわざか。
「……つまり、キミたちは僕らの存在、動きを知っていて、このタイミングを狙って攻めてきたと?」
「んなモン考えりゃわかるだろ……」
「肯定、と受け取っていいのかな。じゃあ、前線の一万五千の王国軍は——」
「僕らで全員、ブッ殺してやったよ……。へへ、チョロいもんだったね……」
ナイスだぜ、レイド。
色々と情報が引き出せた。
こいつらはまず間違いなく、コルキューテの第一皇子タルトゥスの軍勢だ。
そして俺らの反乱を知っていて、わざわざこのタイミングを狙って攻めてきた。
こいつぁ思った以上にまずい状況なのかもな。
「……とは言ったけど。実は僕、戦うのってあんまり好きじゃないんだよ。だから戦いはこいつらに任せてんだ」
なんだ……?
拳なんか突きだして、なにをしようってんだ。
「現れろ、召喚……!」
ヤツの右手の指輪、そこにはめられた宝玉が魔力光を放った瞬間。
敵の周囲に大量の魔法陣が出現した。
その中から現れたのは……。
「モンスター……だと……!」
「バカな、こんな特殊すぎる魔法、あり得ない……! 勇者の【ギフト】でもない限り……」
ルーゴルフの周囲を固める、見るからにヤバそうな魔物の数々。
ゴツイ牛みてぇなヤツやワイバーン、その他もろもろ盛りだくさんだ。
生態が謎に包まれた、複数の魔獣の集合体とか言われてる『キマイラ』までいやがる。
「その通り、コイツはギフトさ。【使役】っていうんだけどね……、はぁ、説明メンドクサ」
なんだコイツ、まとう空気が急に変わった。
弱気な雰囲気がナリをひそめて、自信と苛立ちに満ちた、寒気がするような眼光を叩きつけられる。
「僕のこと邪魔するってんならさぁ……もういいや。みんな、殺っといで」
クソ、状況が読みきれねえ。
だが、やるべきことは決まってる。
「レイド、持たせるぜ! 全部終わるまで!」
「あぁ、当然だ」
○○○
「たった五人で、攻めてきたって……。冗談でしょ? だいたい何なのさ、飛び回ってるモンスターたちは……」
「敵の一人が呼び出したのよ。勇贈玉に込められた【ギフト】を使って、ね」
ジョアナ、勇贈玉のこと知ってたんだ。
パラディの人間だし、不思議じゃないか。
それよりも、今大事なのは……。
「それってつまり、攻めてきたっていう五人全員が【ギフト】持ちってこと、だよね……?」
「話が早くて助かるわ。そして今、正門前広場で戦いが起きている。他の場所も危険かもしれないわ、今すぐこの王都から逃げましょう!」
正門前広場って……、リーダーたちがいるとこじゃん。
そんなヤバいヤツらと、レジスタンスのみんなが戦ってるのか。
……ほっとくワケにいかないよね。
ちょうどやるべきこと、探してたところだし。
「……ジョアナ、逃げるのはあとにしよう。私、今からリーダーたちの援護に行ってくる。あんたは先に道具屋戻って、ベアトの……ベアトたちのことお願い」
「俺はひとまず団員たちとレジスタンスの攻撃隊をまとめて、姫さまのいる本陣へ向かう。むこうも心配だからな……」
「うん、ギリウスさん。そっちはよろしく」
「あぁ。命があったらまた会おう、キリエ、ジョアナ。……それからバルジにも、よろしく伝えておいてくれ」
ギリウスさんが別れを告げて、みんなが待機してる謁見の間の方へ走っていく。
私はテラスの手すりに足をかけて、その上に飛び乗った。
時間が惜しい、城内をわざわざ走ってなんて回り道だ。
「キリエちゃん、変わったのね。自分の身の安全よりも、リーダーたちのために動くだなんて」
「……別に、そんなことないよ。けど、変わったとしたら、仇を討ったから……なのかな。それか、ベアトのおかげ」
「本当に大事なのね、ベアトちゃん」
「……どうだろ。けどさ、あんたに任せたのは、あんたのこと信頼してるからだよ」
「……責任重大ね。わかったわ、行ってらっしゃい」
お尻をパン、と叩かれる。
左のお尻を、念入りに二回も。
「ちょ、やめろ、女の子に向かって!」
つか今立ってる場所考えろ、危ないっての。
「もう……。じゃあ、行ってくるね」
振り返らずにそう告げて、テラスから飛び下りる。
少し下のでっぱりに着地して、そこから窓枠とかテラスを飛び渡り、素早く降りていく。
「ギャシャアアァァァアァッ!!」
おっと、飛び回ってたワイバーンがでっかい口開けて、襲いかかってきた。
私をエサだとでも思ってんのか、このトカゲ。
「……試してみるか」
ブルトーギュを殺したことで、私の力はさらに上がってる。
どこまでやれるか、ちょっとコイツで実験だ。
壁面にそって急カーブしながらの噛みつき攻撃を、落下しつつ体をひねって回避。
すれ違いざまに頭の角をひっつかんで、そのまま壁を蹴る。
角を軸にくるんと回って背中に着地。
そのまま心臓のところに手を添えて、
「食らえ、破砕っ!!」
パァン!!
魔力を送れば、肋骨が、内臓がはじけ飛んで、ワイバーンの体が墜落していく。
私は飛び降りたりせず、その上に乗ったまま。
グシャっ、と音がして、飛竜の死体が地面に叩きつけられた。
落下の衝撃は、コイツの肉がクッションになってくれてほぼゼロに。
一気に下まで来られたね、ショートカット大成功。
さあ、ぼんやりしてるヒマはない。
正門前広場にむけて、全速力で走りだす。
リーダーとレイドさんに、全部終わったってことを、もう戦わなくていいんだってことを伝えるために。