62 たった五人の軍勢
メロちゃんがあの時泣いた気持ち、なんとなくわかった気がした。
復讐しても、家族は帰ってこないんだ。
全部終わったのに、全然楽しく笑えない。
……そもそも笑うってどうするんだっけ。
笑い方、忘れちゃった。
「うあぁぁぁぁ、ああぁぁぁぁぁ……っ!」
涙があふれて止まらない。
そっか、仇を討ってもスッキリするワケじゃないんだね。
……ただ、なんとなく。
なんとなく気持ちに区切りがついたような、そんな気はした。
「……キリエ」
「うっ、ギリウス、さん……」
「顔を上げろ、胸を張れ。お前は暴君を討ち取った英雄だ」
私の肩を軽く叩いてから、ギリウスさんはブルトーギュの頭蓋骨をつかんで部下たちの前へ。
遠巻きに戦いを見守っていた第三騎士団の騎士さんたちにむかって声を張り上げて、
「みなの者、ブルトーギュは死んだ! 稀代の暴君は、勇者の前に倒されたのだ! 我々の勝利だ! 城中に、いや王都中に轟くほどの勝ち鬨を上げよ!!」
高らかに勝利を告げた。
「「「うおおおぉぉおおぉぉぉおおぉぉぉぉぉっ!!!」」」
続いて、本当に城中に聞こえるんじゃないかってくらいの、騎士さんたちの勝利の雄たけびが謁見の間に響き渡る。
レジスタンスのみんなの中には、私と同じように泣いてる人もいた。
「……うん」
そうだ、いつまでもこうやってうずくまってるワケにはいかない。
ブルトーギュを殺したこと、リーダーとレイドさんに報告に行かないと。
あの二人が、一番待ってるだろうから。
右のそでで涙を乱暴にふいて、立ち上がる。
仇を討ったって知らせて、それからベアトたちのところに帰って、それから。
……それから?
あれ、それから私はどうするんだ?
「キリエ、どうした? 勢いよく立ちあがったと思ったら、またぼんやりと」
「……あ、なんでもない。なんでもないよ、ギリウスさん。だいじょうぶだから」
だいじょうぶって、意地を張ってみたけれど。
私、これからどうすればいいんだろう。
何を目的に、どうやって生きていけばいいんだろう。
こまった、本当にわからない。
「行こう、リーダーたちに知らせに」
今やるべき事としてハッキリしてるのは、たったそれだけ。
とりあえずの、あまりにも簡単な目標にむかって一歩を踏み出そうとした時。
「いた、ここにいたのね、キリエちゃん!」
ジョアナが謁見の間に駆けこんできた。
どうしたんだろう、そんなにあわてて。
息が切れてるし、汗もダラダラだ。
「……どうしたの? そもそもあんた今まで何してたのさ。こっちは今、ブルトーギュをぶっ殺したところだってのに、今ごろ現れるなんて」
「あら、やったわねキリエちゃん! それはすっごく朗報よ! でもね、こっちは最悪のバッドニュース!」
……なんだってんだ、一体。
「とにかくこっち、テラスの方に来て! そしたらすぐに状況はわかるから! ギリウスさんもいっしょに!」
必死な様子で手招きするジョアナ。
急いでるみたいだし、コイツのことだからホントにヤバい状況なのかもしれない。
少しだけゆるんでたギリウスさんの表情にも、戦闘中みたいな緊張感が戻る。
「……行く? ちょっと怖いけど」
「確認しないわけにはいかないだろう。お前たちはここで待機していろ!」
私たちはうなずき合って方針を確認。
ギリウスさんが指示を飛ばして、私は【治癒】の勇贈玉を左のお尻ポケットに入れてから、ジョアナの案内で走り出す。
さぁて、なにが起こったんだ?
考えられる最悪の事態は、前線の一万五千が戻ってきたとかだけど。
ジョアナについて廊下を駆け抜けて、王城五階のテラスに飛び出した。
そこに広がっていた光景は、もちろん王都の夜景。
だけど、きっといつもの王都の夜景はこんなんじゃないんだろう。
こんな、あちこちから煙が上がって、よくわかんない魔物たちが叫びながら飛び回ってる光景は。
「……は? ねえ、なにこれ。ねえジョアナ、なにこれ」
なにこれ、しか言えない。
ホントになんだこれ。
「襲撃よ。敵の襲撃」
「敵って……。敵って誰だよ……?」
「敵は五人よ。たった五人の軍勢が、王都を陥落させようとしているわ」
■……数十分前……■
ついさっき、兄貴とキリエちゃんたちがブルトーギュとの戦闘に突入したってぇ情報が届いた。
伝令係が情報を届けてくれるおかげで、俺たちは正門前にいながら城内の状況を知ることができる。
「キリエちゃんたち攻撃隊が城内に突入してから、もうすぐ一時間。ここまで怖いくらいに順調だな。なあレイド」
「油断はダメだよ、バルジ。最後まで気を引き締めていこう」
「わかってるさ。兄貴とキリエちゃんが思う存分仇討ちできるように、この場所を最後まで守り抜く。そいつが俺らの仕事だからな。ただよ……」
ここまで、ブルトーギュ派の将官三人と、貴族サマ五人の私兵隊の襲撃を退けた。
俺たちに向かってくるような骨のあるヤツは、そいつらで打ち止めだったのか。
それともブルトーギュの負けを確信して、今後の身のふりかたを考えて大人しくなったのか。
いずれにせよ、二十分ほど前から襲撃もピタリとやんでいる。
「この調子だぜ? 張りっぱなしの気もゆるむってもんだ」
「ごもっともだ。……む、誰か来るよ」
おっと、すぐに気を引き締めて、レイドの視線の先をにらむ。
こっちに走ってくるのは王国軍の兵士。
しかも一人だけだ。
「……襲ってくる様子はないね。キミ! そこで止まれ!」
「お、お前たちは誰だ!? 騎士団に知らせろ、ギリウス様に、早くっ!!」
「兄貴に……? おい、ギリウスは今取り込み中だ! そもそもお前はどこの何者だ?」
「俺は城壁の見張りだよ! はやくギリウス様を呼んでくれ、あの人じゃないとどうにもならない!」
「落ち着け! とりあえず、なにがあったか聞かせろ!」
この見張り兵、まるでこの世の終わりがやってきたみてぇな半泣きのツラしてやがる。
嫌な胸騒ぎがして、両肩をつかんで問い詰めた。
「てっ、敵襲だっ! 敵軍の数は百人ちょっと、その中から五人が出てきて、そのうちの一人が門の鉄扉を殴り飛ばした! パンチ一発で、まるで木製のドアみたいにひしゃげてブッ飛んで……」
「なぐ、り……? ちょっと待ってくれ、王都南門の鉄扉は、五メートル以上の厚さの鋼鉄で出来ている。大きさも五十メートルはくだらない。それを、殴り飛ばしたと言うのか? たった一人が?」
レイドのヤツ、にわかには信じられないって顔してんな。
俺も同感だ、そんなヤツが本当にいて、この王都を襲ってきてるとしたら……。
「う、うあああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
考えに集中してたら、悲鳴が聞こえて現実に引き戻される。
悲鳴の主は見張りの兵士。
南側の通りを見て、パニくりながら東の方へ逃げてった。
今度は何があったってんだ。
「お、おい……。なんだありゃあ……」
ありえない光景に、思わずそんな言葉が口から出た。
城の城門から王都南門へとまっすぐのびる大通りを、槍を持った大群が走ってくる。
おいおい、敵は五人のはずじゃなかったのかよ。
……いや、違う。
ありゃ槍兵の部隊じゃねぇ。
「……人狼、だと!?」
近場の森に住んでる、キリエちゃんの特訓にも利用させてもらった魔物。
そいつらが大挙して、木を削った槍を手に、王城へ、俺たちの方へ突っ込んでくる。
「なんだってんだ、魔物の氾濫でも起きたってのか?」
「考えにくいが……、とりあえずバルジ、彼らはこっちに来るみたいだよ?」
「……だな。だったらやることは一つだ」
レイドとうなずき合って、右手に剣を、左手に短剣を逆手でかまえる。
レイドは俺の一歩後ろで、杖をかまえた。
「ここから先は、ゼッテェに通せねぇんだよ。ツレが大事な用事の真っ最中でな。わりィがお引きとり願おうか」