61 復讐の果て
約一ヶ月前。
ギリウスが反乱を企てていると知った時、彼は自分の勝利を確信していた。
数日前。
大臣グスタフが自分を見限って姿を消した時も、彼は自分の勝利を信じていた。
数時間前。
反旗の狼煙が上がった時も、彼は自分の勝利を微塵も疑っていなかった。
だが、この瞬間。
キリエに心臓を弾けさせられた瞬間、彼は始めて、自分の敗北を予感した。
○○○
引き抜いた瞬間、心臓が再生する。
傷口も元に戻る。
まだ【治癒】の勇贈玉がブルトーギュのコントロール下にあるからだ。
だけど。
「弾けろ゛、ブラス、トォォォッ!!」
パァァァン!
心臓が沸騰して粉々に弾けとび、中から薄緑色の宝玉が姿を見せる。
血や肉片を全てぬぐって、ヤツから完全に引きはがす。
私の読みが正しければ、これで……!
ずりゅっ。
「……ふぅ、よかった」
ブルトーギュに斬られた左腕が、新しく生え変わった。
ちょっと気持ち悪い感覚だけどね。
一か八かだったけど、【治癒】のコントロール権、無事に私にうつったみたいだ。
「ば、バカな……っ! ソイツを返せ!!」
「返すわけねえだろ。お前はもう終わりだよ」
生えたての左腕に玉をパスして、右手をのばす。
コイツ、私に突き刺さったままの剣、抜こうと必死になってやんの。
抜かせてたまるか、絶対に逃がさない。
……ゲロ吐きそうなほど痛いけど。
「や、やめろ……! 余は負けぬ、負けてはならぬ絶対的な力の象徴なのだ……! 触るな、やめろ……!」
「うっせー、バーカ」
指先でちょんっと、立派な腹筋に触れてやった。
「あ、あぁぁっ……! あぁぁぁぁぁ……!!」
瞬間、沸騰の魔力がブルトーギュの全身に行き渡る。
魔力を流したのは表皮だけ。
薄皮一枚だけを煮立たせる。
「あぎっ、ぎああぁあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
剣を手放して、クソ野郎は無様に倒れ込んだ。
腹に突き刺さったままの剣を引っこ抜いてから、その辺にブン投げる。
傷口はあっという間にふさがるけど、くっそ痛い。
「……さぁて、簡単には殺さないよ?」
すぐに楽にしてたまるか。
家族の、村のみんなの受けた苦しみ全員分を合計して、その百倍を味あわせてやる。
「ま、まだだっ、まだ負けぬっ! 余は、余は誰よりも強いのだ……っ!」
「そんなザマで、なにほざいてんだ、よっ!」
全身の皮膚を泡立たせて悶えるゴミの頭を、思いっきり蹴り飛ばす。
「お前は負けたんだよ。こうして今、私の前で転がってるのが何よりの証拠だ」
「み、認めぬ……! 認めヌゥぅぅアアァァァぁぁぁぁぁぁッ!!!」
うわ、この状態で立ち上がるのかよ。
全身大やけど状態で、拳をにぎって殴りかかってきた。
まだ心が折れてないのか。
……そっか。
だったらへし折らなきゃ。
ぽっきり二つにへし折って、それから殺さなきゃいけないね。
「ぬおぉぉおぉぉぉぉっ!!!」
大振りのヤケクソ気味なパンチ。
そんなん当たるか。
軽々かわして、煮立った腹にカウンターの拳を入れた。
ドボォッ!
「がっ……あぁぁぁぁ……っ」
「まだまだ、こんなもんじゃない」
あおむけに倒れようとするブルトーギュの腹に、何度も何度もボディブローを叩き込む。
ありったけの力で、何度も何度も何度も何度も。
「ぐぼっ、ぐあっ、ぎゃばっ、ぎあっ!!」
内臓が破裂でもしたのか。
口から血を吐き散らしながら、大の字に倒れるブルトーギュ。
まだだ、まだ足りない。
煮えたぎる腹の上にまたがって、顔面を何度も殴りつける。
足とか熱くないかって?
熱いよ。
けど、火傷は玉が治してくれるし。
「ぐあっ、ぐぉっ! 余は、余は……、がぁっ! 余は、絶対の強者……」
「いい加減認めろっての。あんたは私に負けた。数とか関係なく、私一人に負けたんだよ? 数そろえられて負けたらさぁ、まだ言い訳もできただろうけどさぁ」
殴る拳も痛いし熱い。
皮が裂けて血が出る。
だけど玉が治してくれるから大丈夫。
バキッ、ボキッ、ゴッ!
殴られ続けたブルトーギュの顔面が変形してきた。
口の中もズタズタだろうな、歯ももう何本残ってるやら。
でもやめない、殴り続ける。
「あんたがゴミみたいに切り捨てた勇者一人に、あんたは負けたの。完全に負けたの」
「余……は……、ぐはっ、余、は……、強い……」
「違うね、あんたは弱い。弱いくせに勘違いしちゃった? ねえ、ザコのくせにさぁ!!」
思いっきり拳を振りかぶって、全力で何度も何度もブン殴る。
痛い。
拳が痛い。
皮どころか肉も裂けて、骨が飛び出してる。
けど、治るから平気。
「こんなザコのくせに、思い上がって、色んな人の人生メチャクチャにして。私の家族も、みんなッ!!」
ガッ、ゴッ、バギッ、グチャッ!
「余は……、余、は……っ」
あ、ダメだ、気絶しちゃいそうだ。
そんなのダメ、コイツには死ぬまで意識を保っててもらわなきゃ。
左手に持った勇贈玉をブルトーギュの体に押しつけて、コントロール権を渡す。
と同時に、表面だけに巡らせていた魔力を、体全体に全力の状態で行き渡らせた。
「あぎゃっ、ぎいあ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
体中の内臓、肉、脳まで、全てが沸騰しながら再生を続ける。
これなら熱すぎて痛すぎて、気絶してるヒマなんてないよね。
「認めろよ、自分はクソザコだって。今までのこと全部、謝って許しを乞えよ」
「ぎひゃあぁぁぁぁあぁぁっ、やめろ、コイツをと゛めろ゛おぉぉぉおっ!!」
「とめてくださいお願いします、だろうが」
このまま永遠に、煮立たせながら回復させ続けてやろうか。
地下牢に縛って、永遠に。
それもいいかなって思うけど、やっぱり最後は死んでもらいたいな。
死ぬ前に思いっきり苦しんで、この世に存在したことを後悔しながら死んでほしい。
「ほらほら、早く認めないといつまでも続くよ? 死ぬより辛い苦しみが。そうだ、地下牢に縛りつけて、このまま永遠に苦しみ続けるってのはどうかな?」
まるでいいこと思いついたみたいな感じで、さっきのアイデアを提案してみる。
「や、やめて゛くれ゛っ、もう殺し゛て゛くれぇぇぇああぁぁっ!!!」
「だったら、ほら」
「もう許し゛て゛くれ゛っ、負゛けた゛っ、負け゛た゛か゛ら゛、謝る゛から゛っ、もうゆる゛し゛て゛ぇぇぇ!!」
……うーん、なんかまだ偉そうだな。
けど、まぁこんなもんか。
ポッキリ心を折るって目標は達成したからね。
じっくりと苦しんで死んでもらおう。
「うん、もういいよ。でもできるだけ苦しんで死んでほしいから、ゆっくり煮立たせるね」
「いあ゛っ、早く゛っ、ころ゛じで……ぇぁっ!」
玉を離してコントロールを奪ってから、煮立ち具合を極限まで穏やかにする。
ゆっくり、ぐつぐつ、時間をかけて体を溶かしていってやる。
「ああぁ゛ぁぁあ゛ぁぁぁぁ゛ああぁっ!」
じっくりコトコト、できるだけ苦しみを長引かせながら。
断末魔の絶叫を響かせ続けて、その末に。
「あぁぎぃぁ゛あぁぁ゛……、あぎっ……」
ブルトーギュは死んだ。
死体は煮立って、肉が溶けて、骨だけがその場に残る。
……ついに、やったんだ。
「……やった。やったよ。私、仇を討ったんだ。やったよ、母さん、クレア。見ててくれた?」
ずっとずっと、このために頑張ってきた目標。
ついにやりとげたんだ、私。
「……あはっ、あはははっ、あはははははははっ」
自然と笑いがこぼれる。
あぁ、やっぱりだ。
仇を討った時、はじめて心から笑える。
ずっとそう思ってたけど、やっぱりそうだった。
「あはははははっ! あはははははははははははっ!!」
そうだった、はずなのに。
なんで、ちっとも楽しくないんだろう。
なんで私、笑い声を上げながら、涙を流しているんだろう。
「ははっ、はははっ……。う、うぁっ、うあああぁぁああぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁっ!!!」
わかんない。
よくわかんないまま、私は声を上げて泣いた。