58 ブルトーギュ・ハディス・デルティラード
ブルトーギュ・ハディス・デルティラードは、前国王の五男、第五王子として生まれた。
彼は生まれつき気性が荒く、王族の器たりえないと判断した国王により、政治から遠ざけられて育つ。
退屈な日々の中、ブルトーギュはひたすらに己を鍛え続けた。
十七歳の時、両親である国王夫妻を殺害し、王位を簒奪。
兄妹たちを敵に回し、王国は内乱状態へと突入する。
ここで、ブルトーギュの才能が開花した。
圧倒的な強さである。
彼はライバルとなる兄や弟、妹たちとの戦に勝利し、全員を処刑。
己の力のみで王位を勝ち取った。
その後、国内を統一した彼は力の矛先を周辺諸国へとむける。
対外戦争でも、彼は勝った。
勝ち続けた。
デルティラード王国の領土も広がり続けた。
いつの間にか、王国はあまりにも強大な大国となった。
ブルトーギュが自ら戦場に出ずとも、配下の将兵は戦に勝ち続け、ただ座っているだけで領土が広がっていく。
ここに至り、彼は確信した。
この世は力こそ全て、そして自分はその力を持っている。
全てを手中に納める資格を、王としての力を。
ならば自分こそが、この大陸の全てを治めるべき運命を背負った選ばれし人間なのだ、と。
○○○
ずっと会いたかった。
会いたくて会いたくてしかたなかった相手が、今目の前にいる。
「案の定、謁見の間にいたね。この期に及んであんた、まだ王様気取ってんの?」
「余は王だ。この大陸を統べるにふさわしい、真の王だ」
「はっ、ギフト使わなくっても茶が沸きそう」
くだらないプライドだけはご立派なこのゴミが、私たち下々の民にお顔をお見せくださる場所。
ここしかないと思ってたけど、大当たり。
「ねえ、あんた今からさ、役立たずって切り捨てたくっそショボイ【沸騰】なんてギフト持ちのザコ勇者に殺されるんだけど、どんな気持ち?」
「余は死なぬ。貴様を殺し、歯向かう者は全て殺す」
「……状況見えてる?」
いくら強くても、よっぽどの化け物じゃなければ数の前には無力。
私が身を持って思い知った、絶対的な事実。
ブルトーギュに、今の状況をひっくり返せるような規格外の力があるとは思えない。
「ま、いっか。これ以上ウダウダ話しててもさぁ、意味ないよね。こっちはテメェを殺したくてウズウズしてんだ」
右の腰に差したソードブレイカーを、ガントレットをつけた左腕で引き抜く。
次の瞬間、私は地面を強く蹴り、三段ある階段を全部飛ばして玉座の前に着地。
座ったままのブルトーギュに斬りかかる。
「余を見下ろすか——無礼な」
ガギィィィッ!!
……速い。
玉座の脇にあった大剣を手にとって、こっちの攻撃を受け止める。
そこまでの時間が、私が剣を振るよりも速かった。
「我が前に立つ者は、等しく頭を垂れよ」
つばぜり合いのまま立ち上がったブルトーギュ。
やっぱデカイな。
あとコイツ、全然力を入れてない。
私が両腕プルプルさせてんのに、片腕で平然としてやがる。
「入り口からだ、礼儀をわきまえて入り直せ」
おもむろにブン、と剣を振るわれて、私の体が謁見の間の入り口まですっ飛んでいく。
片腕で人をここまで軽々飛ばすか、普通。
「キリエっ!」
おっと。
広間を追い出される前に、飛びこんできたギリウスさんが受け止めてくれた。
第三騎士団の騎士さんたちと、後宮に行かなかったレジスタンスのメンバーもいっしょだ。
壁みたいにでっかいな、この人も。
「無事のようだな。……まったく、無茶をする」
「ありがと、私は平気だよ」
大剣を手にしたブルトーギュが、段を降りてじゅうたんの上をこっちに歩いてくる。
ギリウスさんも背中の大剣を抜いて、私はその隣で臨戦態勢。
「一人で先走るなと、あれほど言っただろう」
「ごめん……。あわよくば一人でって思ったけど、やっぱアイツ強いね……」
「あぁ、強い。この俺よりも、な。だが、これだけの人数がいれば負けはせん」
私たちの周りに展開する戦力、総勢五十人近く。
いくらブルトーギュでも、私とギリウスさんにこの数まで加わったら勝てるわけない。
「……愚かな。余はこれより、貴様ら全員を無礼討ちとする。その後、余に歯向かった愚か者ども全員を撫で斬りにしてくれる」
「バカじゃないの? あんたはもう詰んでんだ。寝言は死んでから言えっての」
ギリウスさんとアイコンタクトでうなずき合って、同時に駆け出した。
私が左側から、ギリウスさんが右側から。
カーブを描いてブルトーギュに駆け寄って、左右同時に攻撃をしかける。
「ぬんッ!!」
コイツ、ギリウスさんの方向きやがった。
出来損ないの勇者は眼中にないってか。
上段から両手で振り下ろしたギリウスさんの大剣を、これまた両手持ちで受け止める。
背中がガラ空きだ、心臓にダイレクトで魔力送ってや——。
「がっ……!」
後ろ蹴り。
するどく繰り出された足先が、私の腹に食い込んだ。
ミシ、って体の中で音がして、口から血がこぼれて、体がすごい勢いで吹き飛ばされ、そのまま太い柱に叩きつけられた。
「げほっ……! かはっ、チクショウ!」
クッソ痛いけど、戦闘不能になるほどじゃない。
すぐに着地して、またクソ野郎めがけて駆け出した。
これだけのダメージですんだの、服の下に着た鎖かたびらのおかげかな。
騎士さんたちも私らの後に続いて、突撃をしかけてたみたい。
ギリウスさんが敵と斬り合ってる間に、暴君に騎士剣を突き立てようと突っ込んでいく。
「小賢しい……!」
ギリウスさんと斬り結ぶ片手間の斬撃で、次々と騎士さんたちの首が飛ぶ。
けど、ギリウスさんも部下を黙ってやらせない。
「練氣・金剛力!」
腕に練氣をまとって、力と速さをアップ。
騎士さんを迎撃する余裕を削いでいく。
そんな中、私も戦いに復帰。
今度は蹴られたりしないように、慎重に立ち回らなきゃね。
こっちを見てないのにやたらと的確な蹴りを、素早く回避。
ソードブレイカーで反撃するけど、これまた見えてるみたいに避けられる。
でも避けてるってことは、その分私に意識をむけさせてるってこと。
ギリウスさんの猛攻と私の攻撃で、充分に時間とスキは作れた。
「今だっ!」
ギリウスさんの合図で、私たち二人は同時に後ろへ、高く飛ぶ。
ブルトーギュを囲んでいた騎士さんたちが、全方向から突撃してくるその上を飛び越えて。
私たちの下を通って、みんながいっせいに剣を突き立てにかかる。
「コバエどもがッ!!」
迎撃の横なぎで、三人の騎士さんが胴体を切断された。
けど、それだけでは全員を止められない。
ドスッ、ドスドスドスッ!!
「う……ごぼっ……!」
背中に、脇腹に。
鎧のすきまをぬって、騎士剣が大量に突き刺さる。
「ぐ……ぬああぁぁぁぁぁっ!!」
「お前ら、もういい! 離れろ!」
嫌な予感がしたんだろうギリウスさんが指示を飛ばすけど、それよりも反撃は早かった。
体に剣を突き刺されながら雄たけびを上げ、一回転しながら剣を振るう。
攻撃に成功した騎士さん全員が、その一撃で首を飛ばされた。
「……くそっ! だが敵は重傷、お前らの犠牲無駄にはせん!」
「コイツで、終わらせる!」
ブルトーギュはもうボロボロだ。
着地したギリウスさんと私が一気に距離をつめて、最後の攻撃をしかける。
「お命、頂戴っ!」
「くたばれ、クソ野郎っ!」
ギリウスさんの剣が、ブルトーギュの左腕を斬り飛ばした。
私の指先が触れて、右腕に【沸騰】の魔力が流れ込み、右手首が弾けて剣といっしょに床へ落ちる。
(勝った!)
ギリウスさんがさらに踏み込み、胴体を斬り裂きにかかった。
右腕の沸騰も、いずれ全身に行きわたる。
やった。
やったよ、みんな。
仇を討っ——。
ズルッ!!
ドゴォッ!!
「……へ?」
今、なにが起きたのか理解できなかった。
ありのままを言うと。
斬り飛ばされたブルトーギュの左腕。
その切り口から一瞬で腕が生えて、新しい腕がギリウスさんの顔面を殴り飛ばした。
バキィッ!!
「っがあぁぁっ!!」
驚きのあまり動きを止めたそのスキに、私の腹がまた蹴り飛ばされる。
二人でゴロゴロと転がり、剣を杖代わりにしてなんとか起き上がった。
「……余の体に傷を負わせるなど、万死に値する」
落とした大剣を拾って、沸騰の魔力が上ってくる右腕を自分で斬り落とす。
すぐに新しい右腕が生えてきて、古い右腕は煮沸き溶け落ちて骨に変わった。
よく見ると、騎士さんたちに刺された傷も全部治ってる。
「……ねえ、ギリウスさん。あれ何? ブルトーギュって中身以外も化け物なの?」
「わ、わからない……。こんなものは俺も知らない……!」
「……いいだろう、教えてやる」
え、教えてくれるの?
かなりありがたいんだけど。
「勇贈玉。歴代の勇者のギフトが封じられたパラディの秘宝。その一つを、余は神託者ジュダスより受け取った」
勇贈玉……!?
なんだそれ、そんなんあるなんて初耳だぞ。
「我が勇贈玉に込められしギフトは【治癒】。理解したか? 余は不死身、ゆえに無敵だ」