56 ダンスホール、制圧
コーダが死んで三バカは気絶。
ゴーレムも完全に機能を停止した。
ダンスホールでの戦いは、私たち反乱側の勝利だ。
「や、やった……! やりましたね、勇者殿!」
「はい、あんたはまだやることあるでしょ。岩、砕けるんなら砕いて」
「……まだトゲトゲしいですね」
イーリアがハイタッチを求めてきたけど、あんたと仲良くする気はないんだって。
適当にあしらって、入り口をふさぐ岩にとぼとぼ向かっていくのをスルー。
今私が気になってるのはゴーレムの方。
残骸に近づいて、真っ二つになった断面をのぞき込む。
「……コイツ、本当に人形なんだ」
体の中には、よくわかんないカラクリとかが詰まってるだけ。
どういう仕組みなのか、私にはさっぱりだ。
「練氣・岩断刃!」
ズガァァァン!
すっごい音がして振り返ると、岩がイーリアの技で粉砕されたとこだった。
アイツ、思ったより頼りになるヤツなんだな。
「……も、もうダメです」
とか思ってたら、今度こそ練氣を使い果たしたのか、その場にへなへなとへたり込んだ。
やっぱイマイチ頼れないかも……。
岩が砕かれて、締め出されてた騎士団とレジスタンスがなだれ込んでくる。
その先頭に立って駆け込んできた騎士さんのおじさん、副団長さんだ。
よかった、無事みたい。
入り口そばに倒れてたイーリアから事情を聞いて、色々と指示を出しはじめた。
で、私はとりあえず一休み。
後始末は騎士団に任せて、回復薬を飲んで傷を癒す。
癒しの魔石を砕いて溶かしたヒールポーション。
かなりの高級品で、主力数人に一本ずつしか用意できなかった代物だ。
一本グビっと飲み干したところで、なんとギリウスさんがホールに駆けこんできた。
中の様子を見回して、まずは私を見つけたみたい。
こっちに走ってくる。
「キリエ、ケガはないか!」
「うん、私は平気。ちょっと食らっちゃった程度だから」
「何よりだ。それで、イーリアはどこだ? まさか、やられてしまったのか……?」
「わたしなら、ここです……」
今にも死にそうな声が足元から聞こえた。
視線を下げると、女騎士がなんかゾンビみたいに床を這いずってきてる。
「……無事みたいだな」
「無事じゃないですよぉ……」
「うん、私たちは二人とも無事。いっしょに入った他の人たちは、全員やられちゃったけど……」
「そう、か……。残念だが、お前たちが生きていただけでも良かった」
犠牲はどうしても出ちゃうものだけど、今回のは防げた犠牲だったのかな。
どうなんだろう。
……考えてもしかたないか。
それよりも、気になることがある。
「ギリウスさん、こっちに来てもいいの? 修練場の方は?」
「第一近衛騎士団なら、俺たちで全滅させた。今は予定通り、第二騎士団が本陣を固めている。もう安全だ」
「よ、よかった……、姫さま……」
イーリア、すっごくホッとしてる。
床に這いつくばったままだけど。
「……イーリア、お前はもう本陣に戻ってろ。そんな状態でブルトーギュとは戦わせられん」
「そ、そんな……! わたしも共に……」
「未完成の奥義を使ったのだろう。減った氣は魔力と同じく、回復薬や回復魔法では治らない。練氣を使い果たした今のお前では、はっきり言って足手まといだ」
「……っぐ! ——はい、わかりました……」
中々悔しそうだな。
何か言いたかったのを、なんとか飲み込んだって感じだ。
「そう気を落とすな。お前はよくやった、自慢の弟子だ」
「ギリウス殿……」
「安心して休め。あとは俺に任せろ」
「……はい、お願いします」
ギリウスさんに労われたあと、イーリアは女の騎士にかつがれて本陣に戻っていった。
さて、ホールの真ん中には、気絶したゴミ三匹がまとめて縛り上げられてる。
バルバリオがいるから、拷問にかけて殺すと話がややこしくなりそうだ。
説明も面倒だし、今はやめておこう。
「おい、起きろゴミクズ」
白目むいてるカミルの頬を、思いっきりビンタしてやる。
……もちろん、首が一回転しないくらいには加減してるよ?
「いぎゃっ、いぎゃっ、いぎゃぁぁっ!」
バチーン、バチーン!
「おきでるっ! もう起きでるからぁぁ!!」
「ごめんね、気付かなかった」
まあウソだけど。
これ以上はギリウスさんにも怒られそうだし、おうふくビンタはここでストップ。
コイツを起こしたのは、ギリウスさんに頼まれたから。
「やあ、カミル。久しいな。三日ぶりか?」
「ギリウス、なんでここに……! そ、そうだ、兄サマは……!」
「あそこに死体が転がってる。ダンスホールを突破され、第一騎士団の本陣急襲も失敗した。完全なる敗北だな」
「だっ、だまれだまれだまれっ! 兄サマは凄いんだ、兄サマの策は完璧なんだ!」
「いや、この策以前に、だ。まともに頭が働くのなら、こんな勝ち目のない戦いを引き起こさぬよう努力すべきではないのか? 知のコーダとは、軍師気取りのバカが聞いてあきれる」
おぉ、みるみるオデコに血管が浮かんできてる。
涙目で眉毛もピクピク、こりゃ相当怒ってるな。
「き、貴……っ様ぁぁぁぁアァァァっ! それ以上兄サマを悪く言ったら——」
「キリエ、もういいぞ。気は済んだ」
「わかった、じゃ、おやすみ」
「へ?」
ドボォッ!!
「がぼっ!!」
思いっきり腹をぶん殴って、寝かしつけてあげた。
もしかしてギリウスさん、腹いせのためだけにカミルを起こしたの?
……それとも、コーダの幻想に捕らわれたまま生きていかないように現実を突きつけた、とか?
考えすぎか、うん。
さて、とっ捕まえた三人の王子にくわえて、魔術師兵たちも全員捕縛。
残った問題はただ一つ。
「難しい話は終わったみたいだな!!」
この筋肉バカの扱いについてだ。
「さあ、キリオ!! 約束通り俺とケンカだ!!」
「……あの、それもう少しアトにしてくんない? あと私はキリエ。キリオは忘れて」
「なぜだ、キリオ!! 俺とのケンカを後回しにするとは、まさかもっと面白いケンカがあるのか!!?」
キリエだっつってんだろ。
つーかコイツ、ケンカのことしか頭にないのか。
相手してると疲れるタイプだ。
「うん、そう。あんたの親父と命張ったケンカしに行くの。わかったら先行かせて——」
「父上とケンカ!! 面白そうだな、俺も混ぜろ!!」
「え、えぇ……」
もうどうしようコイツ。
邪魔でしかないし、なんとか置いてく方法考えなきゃ……。
△▽△
魔力のない人間には、代わりに練氣がそなわっている。
これを使い果たすと、魔力切れと同じような症状——体が思うように動かなくなったりする。
自分の体なのに、鉛のように重い。
一歩も動けない状態のまま、騎士の一人にかつがれて、わたしはペルネ様の待つ本陣へと戻ってきた。
「イーリア、お疲れさまです」
回復には魔力と同じく時間が必要だ。
それまでは寝転がって、じっとしているのが一番。
なのだけれど。
「あ、あの……、姫さま、これはあまりに恐れ多い……」
なぜわたしは、姫様に膝枕などをされているのだ!
なんたる役得ッ!
「いいのです。命を賭けて戦ったあなたに対する、私にしてあげられる精いっぱいの感謝の気持ちなのですから」
「で、ですが……」
「黙って受け取りなさい。それとも、私の膝では不満がありますか?」
「滅相もございません!!」
ここは天国なのだろうか。
姫様のおひざに頭を乗せるなど。
「しかし姫様、あの時の約束は果たせませんでした。申し訳ございません……」
「約束、ですか……?」
「姫様は座っているだけでいい、あとはわたしが全て終わらせる。そうタンカを切ったのに、このザマです」
「……あぁ。そうでしたね、そんなことも、ありましたね」
……今、姫様のご様子にほんの少しの違和感を覚えた。
まるで、そんな約束はじめて聞いた、とでもいうような感じの違和感を。
けど、きっと気のせいなのだろう。
わたしは視野が狭くて頭が固くて、他人の気持ちに気付けない。
そんなわたしが姫さまの気持ちを推し測るなんて、できるはずないのだから。