55 策士、血に溺れる
「ヌゥッ!」
低いうめき声を上げながら、大剣を片手で振りまわして大暴れする魔導機兵。
一言も人間の言葉を話さないし妙だと思ったけど、まさか人間じゃなかったとは。
「部下を殺して、代わりにそっくりのゴーレムを作ったってのか。なんのために……!」
「答えは簡単、練氣さ! 生命エネルギーの塊である練氣を非生物の魔導機兵に使わせるには、練氣の使い手の魂を組み込むのが一番だっ!」
はい、ゲスな答えありがとうございます。
「あはははっ! 勇者キリエ、キミの【ギフト】の恐ろしさについて、もう調べはついている! こと対生物において、キミの能力は無敵とすら言えるだろうな。だがっ! 血の通わぬ魔導機兵は、キミにとってまさに天敵っ!」
悔しいけど、まったくもってその通り。
一撃必殺の【沸騰】が通じない以上、できるのは力押しだけ。
けど、首を狙った攻撃も弾かれちゃったし、私の力じゃ破壊できない。
岩も砕けるとか言ってたアイツの馬鹿力なら、もしかしたら、だけど。
「イーリア! あとどんぐらいで動けそう!?」
「ご、ごめんなさい……っ、あと、少しです……っ」
少しってどんだけだ。
「回復薬渡されてるでしょ! 取り出せない!?」
「体内の氣が……っ、不足してるだけで……、ダメージとかでは、ないので……っ、回復薬は効きません……」
マジか、自然回復しかないってか。
岩が落ちてくるまでには間に合うよね。
間に合わなかったらアウトだけど。
「できるだけ早くして!」
コイツがいる限り、二階の魔術師たちを止めにいけない。
私一人じゃ、時間内には倒せない。
だけどイーリアがいればこの状況をなんとかできるはず。
アイツを頼るのはいい気がしないけどね。
「ヌン!」
魔導機兵の猛攻をかわし続けて、三連撃のあと、スキをついて懐にとびこむ。
そして、切っ先を兜のスキマに思いっきりねじ込んだ。
「こんのぉっ! どっか壊れろ!!」
「ヌゥゥッ!」
剣をぐりぐり回してみるけど、残念ながら効果なし。
逆に伸びてくる敵の腕から逃げるのが遅れちゃって、捕まってしまった。
「ヌゥゥッ!」
大きな手にがっしりと握られて、思いっきり力を込められる。
「ぅがああぁぁぁぁぁっ!!」
体中の骨がミシミシ言って、口から血が飛び出した。
くっそ、もう痛いのはうんざりだってのに。
そのまま床に投げつけられ、全身を叩きつけられる。
「げほっ、げほっ……!」
トドメに振りかぶる大剣。
私の体を両断するつもりだ。
「勇者殿っ!」
ドゴォォォッ!!
力任せの一撃が、床の石材を粉々に砕く。
だけど私の体は砕かれず、その直前に飛び込んできたイーリアに拾い上げられた。
私を抱えたまま、床の上を滑りながらブレーキをかけてストップ。
「二日前と違って、今度は間に合いましたよ!」
「……うん、感謝はするけどさ」
なんでドヤ顔なんだよ、ムカつくな。
私を下ろしたイーリア、やる気満々でゴーレムに騎士剣をかまえてるけどさぁ。
「さあ、共にコイツを倒しましょう!」
「……あんたバカ?」
「なんでですか!!」
「さっさと二階に上がってクソ共殺してきなよ。コイツは私が引き受けるから」
状況、ちゃんと見てほしいな。
あんたに起きてほしかったのは、二階のヤツらをなんとかしてもらうためなんだから。
「い、言われてみれば確かに……。あぁ、だからわたしは視野が狭いと言われるんだ……」
「おーっと、そんなことを許すとでも?」
……だろうね。
二階のゴミが何も手を打たないとは思ってないよ。
「こっちの方の詠唱は、すでに完了しているんだよ」
コーダが指を鳴らすと、またも火炎旋風が巻き起こる。
二階まで上がるルートが、これで閉ざされた。
「あははっ! 残念ながら、もうとっくに時間切れだ! 今からゼキューを倒したとしても、この炎の壁は越えられない!」
なーるほど。
希望があるようなこと言ってたけど、始めから逃げ道は全部ふさがれてた、と。
「で、では……、もう我々に打つ手は……」
「イーリア、さっきの奥義は?」
「……もう、撃てません」
「ってことは、打つ手なしだね。あんたには」
「そ、そんな……」
「つーわけで、あんたはその人形、一人で相手にしてて」
「ゆ、勇者殿!? いったいどこへ——」
暴れまわる魔導機兵の相手をイーリアに押し付けて、転がってる死体へ一直線に駆け出す。
ホントは使いたくなかったんだけどね、こんな気分悪い戦法は。
「あははっ! コーダ兄サマはやっぱりすげぇや! 僕ね、兄サマの策にハマったヤツが、どうしようもなくなって絶望する瞬間が大好きなんだ!」
「カミル、この策のこと、口外はしていないだろうね?」
「もちろんさ、もう誰にも言わないって誓ったもんね! ねえ、カルカ兄ぃ、リアット兄ぃも、誰にも言ってないでしょ?」
第六王子はカルカ、第九王子がリアットだっけか。
そろってカミルに匹敵するアホ面ぶら下げてる。
突入前にリーダーたちから名前教えてもらったけど、まあどうでもいいや。
「あぁ、部外者には言わないって約束だろ? 安心してくれ!」
「そうかそうか! ではもはや、私の勝利は揺るぎない! クククっ、クハハハハハハハはがっ!!?」
高笑いを続けるコーダの顔面に、飛ばした死体を思いっきりぶつけて黙らせてやった。
歯が二、三本飛んだよ、かわいそうに。
「な、なんだぁ!? 今、なにがぶつかって——ひ、ひぃっ!?」
なっさけない悲鳴を上げてる。
ま、しかたないか。
死んだはずのティル、だっけ、あの中サイズ。
アレの死体がプカプカ浮きながら、自分に向かって突っ込んでくるんだから。
「な、ななっ、なんで、死体が浮いてっ、ぎゃぴっ!!」
答えは簡単。
死体の体内に残った血液だけを沸騰させた。
で、ホーミング熱湯の要領で操って飛ばしてるってだけ。
ジャンプじゃ届かない高さの火炎旋風の上っ側も、これなら通り抜けさせられる。
「どうしたの? また勝ち誇って笑ってみなよ」
「ぎゃひっ! いたっ! やめてっ!」
何度かコーダにぶつけた後、沸騰させてる血を傷口から全部抜き取る。
ティルの死体が真っ青になって、ボトリと落下。
赤黒く泡立つ血が、ボールみたいになってコーダの前に浮かぶ。
革袋の水でもいいけど、ブルトーギュ戦に温存しときたいからね。
コイツでトドメだ。
「ひっ、ひぃぃぃぃっ!!」
恐怖に震えあがるヤツの顔面を、煮えたぎる血が飲み込んだ。
覆面してても関係ないくらいの、頭まるごと包める量で煮立たせながら窒息させる。
「……っ、ぶご……っ、ごごぉぉぉぉぉっ……!」
「おい、魔術師ども。お前らの主人、このまま殺されたくなけりゃ今すぐ魔法解け」
さぁ、これで詰みだ。
なっさけないバカ三人組じゃこの状況、ひっくり返しようがないでしょ。
「お、お前らっ! ぜったいに魔法を解くなっ!」
……あれ?
カミルだったっけ。
あのバカが声を張り上げて、魔術師隊に命令を出し始めた。
「た、たとえ兄サマがこ、こ、殺されたとしても、絶対に解いちゃだめだ! 僕らは今、勇者たちを追い詰めているんだっ!」
へえ、思ったより立派じゃん。
けどさ、状況がわかってないみたいだね。
こうなればコーダはもう用無し、耳の穴に沸騰血液を送り込んで、脳を直接煮立たせる。
「ごぼっ、ごぼぉぉぉぉぉぉっ……!!」
「う、うあああぁぁあぁぁぁぁぁあっ!! コーダ兄サマがぁぁぁぁっ!!!」
倒れこんで足をバタつかせてから、痙攣して動かなくなった。
ざまーみろ、クソ野郎。
次はカミルに飛ばして……、それでも従わないガッツを魔術師どもが持ってたら、ちょっとまずいかも。
ドゴォォッ!!
な、なんだ?
二階側の奥へと続く扉が、勢いよく開け放たれた。
っていうか吹き飛んだ。
「コーダ兄ぃ! 今度は俺もまぜてもらうぜ!! お、コーダ兄ぃはいないのか!?」
うっわ、見覚えのあるヤツが来たんだけど。
あの頭まで筋肉が詰まってそうなヤツ。
なんか三十人くらい兵士を連れてきてるし。
「わぁぁっ!! バルバリオ兄ぃ!? なんでアイツが……! 部外者には言わなかったんじゃなかったのかよ!」
「あ、あぁ、部外者には言ってないけど、でも兄さんには言っても良かっただろ……?」
「なにやってんだァカルカ兄ィィィッ!!」
カミルが叫んでる、かわいそうに。
……そうだ、これはチャンス。
アイツに暴れてもらえば、この状況は簡単にひっくり返せる。
「ねえ、バルバリオ! ちょっといい?」
「なんだ! 誰だお前は!」
声かけたけど、私が誰かわかんないみたい。
そりゃそうか、前に会った時は男装してたし。
「私は勇者キリエ! あの時あんたとケンカしたキリオ、あれ私!!」
「……キリオ、おぉ! 覚えているぞ! だがアイツは男だったぞ!!?」
「男の格好してただけだから! あんたさ、また私とケンカしたいんでしょ!」
「おぉ、とってもしたいぞ!!」
「だったらさ、そこにいる魔法使いのヤツら全部やっつけて! そしたらあとでケンカしてあげる!」
「そんなことでいいのか!! わかったぞ!! お前ら、行くぞ!!」
わー、バカで扱いやすい。
連れてきた兵士たちといっしょに、魔術師兵を蹴散らし始めた。
当然詠唱が途絶えて、火炎旋風も天井の大岩も消滅。
「うわああぁぁぁぁぁっ! やめろおおぉぉっ、兄サマの、兄サマの策があぁぁぁっ!!」
「あんたはよく頑張ったよ、おつかれさん」
「……へ?」
カミルの目の前まで一気につっこむ。
そのまま拳を強く握って、
バキィッ!
「ひぎゃっ!!」
顔面を思いっきり殴り飛ばした。
歯が二、三本飛んだよ、かわいそうに。
そのまま壁に大の字に叩きつけられて、あえなく気絶。
「……さぁて、お次は、と」
ギロリとバカ王子二匹をにらむと、そろって腰を抜かしてへたり込んだ。
こいつら、バカさ加減も情けなさもそっくりだな。
「とりあえず、一発ずつかな」
「ひぃぃぃぃっ! 許して、やめギャふっ!」
「か、カルカ兄ぃ! お願い、お金ならいくらでもあげるからょべっ!!」
顔面に一発ずつ、パンチを叩き込んでやった。
バカども二匹、仲良くおねんねだ。
魔術師たちもバルバリオの大暴れで、大半が戦闘不能。
さて、ゴーレムの方は……?
「勇者殿、終わったのなら戻ってきてください!」
いまだにイーリアと戦闘中。
てかなんだよ、情けない声出して。
「あんたさぁ、ここは私一人で十分だ、くらい言えないの?」
「言いたいですけど、攻撃が当てられません!」
「んー、つまり当てれば勝てるっての?」
「勝てますから早く!」
「はいはいわかった今行くから!」
二階部分から飛び下りて、ゴーレムにつっこむ。
そのまま軽くジャンプして、横っつらに両足で蹴りを入れた。
さっきと違って吹き飛ばなかったけど、グラリと体がよろめく。
「ほら、決めるなら決めて!」
「はいっ!」
蹴った反動で飛び離れ、くるくる回って着地。
敵がよろけてる間に、イーリアは剣に練氣をまとわせて、切れ味を上昇させた。
「練氣・鋭断刃!」
ズバァァァァッ!
大上段から振り下ろした一撃で、ゴーレムの体は左右に真っ二つ。
うん、当たれば強いんだね、当たれば。