52 緒戦・正門前広場
城の出口は大きく分けて二つ。
王城西側の西門と、南側の正門。
北にはアローナ川が流れていて、東側はかつての敵国の方向。
だから西側に逃げ道を作ったわけだ。
西側の出口をギリウスさんたち反国王派が、南側の出口をリーダーたちレジスタンスが押さえて、それぞれの攻撃隊が協力して城に殴り込む。
それが、大まかな作戦みたい。
私はトーゼン、攻撃隊。
先陣を切ってつっこんで、真っ先にブルトーギュの首を取ってやる。
「な、なんだ、今の声は! 城内からか!」
「バカ、かまえろ! くるぞ——」
「もう遅いよ」
武器をかまえる前に敵の群れに突っ込んで、ソードブレイカーを抜く。
リーダーに言われてるから、殺しはしない。
剣を振って次々と武器をはじき落としながら、反対側まで駆け抜けた。
「う、うわああぁぁっ!! な、なんだぁぁっ!!?」
私の動き、見えなかったんだろうね。
いきなり武器をはじかれて衛兵隊がうろたえる中、リーダーが声を張り上げる。
「俺たちは打倒国王をかかげるレジスタンス! さっきの声は、王女ペルネと騎士ギリウスが中心となった反国王派の鬨の声だ!」
衛兵さんたち、静まり返って耳を傾けてる。
「暴君ブルトーギュの悪政を終わらせるため、俺たちは立ち上がった! そこにいる、勇者キリエとともに!」
ざわめきが起きて、私に注目が集まる。
私が後ろにいるって、今気付いた兵士も多いみたい。
……そう、私は大義名分。
ブルトーギュの非道の犠牲者、そのシンボルだ。
いいように使う代わりに使われてやる、そういう約束だからね。
「さあ、どうする! このまま意地を通して、ブルトーギュのために戦うか! ペルネ姫や騎士ギリウス、勇者キリエに武器を向けて、ブルトーギュのために!」
「う……」
「お、おい、どうする……」
「勇者様が敵に……、しかも最強の騎士ギリウス様まで……」
どんどん気持ちがゆらいでいってる。
あと一押しってところかな。
「決めるのはお前たちだ! 武器を捨てればそれでよし、ここでブルトーギュのために戦ってもよし。だが、勇者キリエの実力の片鱗は今見た通り。戦えば間違いなく犬死にだ! それを踏まえてよく考えろ!!」
なるほど、私に突っ込ませたのはそのためか。
私の強さを見せて、ギリウスさんの強さとペルネ姫の人望の厚さを認識させて、さらにブルトーギュの悪行を意識させる。
ここまでやれば——。
「……俺は、戦わない」
「俺も……」
「俺もっ! あんな王のために死ねるか!」
一人が剣を捨てたのをきっかけに、衛兵さんたちは次々に丸腰に。
こうして、レイドさんの立てた策は成功。
千人くらいいた兵力は、敵と味方、一滴の血も流さず無力化に成功した。
武装解除した兵士たちは、正門前の広場に集められて、リーダーたちといっしょにここに残ることになった。
リーダーたちの役目は、城内に突撃する私たちが背後を突かれないように、街にいる親ブルトーギュ派の貴族や将官を迎え撃つこと。
「さあ、キリエちゃん。本番はこっからだぜ」
「わかってる。平和的解決ができるのも、ここまでだよね」
ここから先、忠誠心の薄い一般兵は残ってない。
立ちはだかるのは王子の親衛隊、そして反国王派になびかなかった、親ブルトーギュ派の騎士たちだ。
「ジャマするヤツは全員ブチ殺す」
「おいおい、ブルトーギュが目標だろ? あんま無茶すんじゃねぇぞ」
「無茶はしないよ。生きて帰る約束だから」
チラリと、街の方を見る。
ベアト、今頃どうしてるかな。
絶対に生きて帰るから、待っててね。
「約束……ねぇ。変わったな、キリエちゃん。誰とも関わろうとしなかったのによ」
「……なにが言いたいのさ」
違うってば。
重要なのはベアトにあずけた翼の髪飾りだけ。
それだけだから。
「おっと、にらむなにらむな」
「はぁ……。リーダーこそ、無茶しないでよ。レイドさんも」
「当然。僕もバルジも死ぬつもりはない。生きて故郷の土を踏むまでは、ね」
リーダーとレイドさん、二人とも気合の入った顔してる。
これなら、万が一もなさそうだね。
レジスタンス二百人に、千人の衛兵もいざとなったら加勢してくれるだろうし。
「リーダー、攻撃隊百名の準備、整ったぜ」
「よっしゃ! キリエちゃん、あいつらの先陣切って行ってこい! くれぐれも、一人だけで突っ走るんじゃねぇぞ?」
「無茶はしないっつってんじゃん、しつこいな」
私、そんなに信用ないのか。
「じゃ、行ってくる。お土産はブルトーギュの頭蓋骨でいいよね」
「そこは普通首だろ」
「溶かしちゃうから、骨しか残んないもん」
「ははっ、それもそうか!」
なんかウケた。
その後、背中をバシっと叩かれて、私は送り出される。
正門が開けられて、私を先頭に、レジスタンスの攻撃隊百名が王城へと駆け込んだ。
目指すはただ一つ、ブルトーギュの命だ。
△▽△
「のろしを上げなさい!」
「おうっ!!」
鬨の声が響いたあと、姫さまが指示をお出しになられた。
外のレジスタンスに準備完了を知らせるための狼煙だ。
ここ、修練場に集まった反国王派は、ギリウス殿率いる第三近衛騎士団と、第二近衛騎士団。
第二騎士団が本陣で姫様の守りに当たり、第三騎士団が王城への攻撃をしかける。
わたしはどちらの所属でもない姫さまの近衛騎士だが、志願して攻撃隊に回させてもらった。
「イーリア、本当によかったのか? 俺たちといっしょにカチコミかける側についても。お前の役目は、ペルネ様をお守りすることだろう」
「か、カチコミ……? いえ、ギリウス殿、わたしは誓ったのです。姫様の剣となって王を討つと」
「……そうか。なら俺はもう何も言わん」
ギリウス殿、よくわからない言葉をお使いになるな。
ともあれ、わたしはギリウス殿と共に——。
「敵襲、敵襲ーーーッ!! 第一近衛騎士団が、総攻撃をしかけて来ましたっ!!」
「なんだとっ!?」
そんな、敵の動きが速すぎる!
のろしを見てから動いたにしては、あまりにも!
「第一騎士団が、もう……! まさか、こちらの動きを読まれていた……?」
「慌てるな、想定内だ。これだけ堂々と準備していたんだからな」
第一から第三まである近衛騎士団のうち、もっとも王に忠誠を誓うのが第一騎士団。
反乱に唯一参加しなかった連中だ。
当初の予定では、我らとレジスタンスが共同で城内に攻め込むはずだった。
ここで動かなければ、レジスタンスの攻撃隊は敵中で孤立してしまう。
どうすれば、こんな時どうすれば……!
さっそく予定が狂ったのに、ギリウス殿はどうしてそんなに落ち着いていられるんだ……!
「……ここは俺が残って、第二と共同で食い止める。サーブ副団長! 部下の半分をお前に預ける。指揮して城内へ攻め込め!」
「はっ!」
さすが、この人は判断が速い。
わたしも見習わなくては——。
「それとイーリア、お前も行ってこい」
わ、わたしもですか!?
○○○
「邪魔だ、どけッ!」
「ぷぎゃっ」
「はぎっ!」
先陣切って敵の騎士たちの頭を容赦なくブチ撒きながら、城内を進む。
この先は一階、ダンスホール。
二階に行く場合、大勢が一度に通れるルートはここだけだ。
上の階とつながった吹き抜けの広間になっているから、きっと敵も何かしかけてくる。
「……っ! みんな、止まって!」
両開きの大きな扉が見えたところで、西に続く廊下から大勢の足音が聞こえた。
足をとめて警戒していると、
「勇者様、間に合いましたか!」
「……誰?」
現れたのは第三騎士団。
けど、先頭に立ってるのはギリウスさんじゃなくて知らないおじさん。
あとイーリアがいるけど、まあどうでもいいや。
「私は第三騎士団副団長のサーブです。本陣が第一騎士団に襲われたため、ギリウス様はそちらで応戦しています」
「そっか、わかった。騎士団のみんなは頼りにしてる」
「勇者殿、わたしもいるのですが……?」
うっさい、自己主張すんな。
はぁ……、ギリウスさんじゃなくてイーリアかぁ。
戦力的にも個人的にも嫌だけど、ゼイタクは言ってらんない。
「では勇者殿、サーブ殿。ダンスホールへはわたしが先陣を切ります」
「私は構わぬが、勇者殿は?」
「私が先でしょ、戦力的に考えて」
「いえ、勇者殿は戦力としてもシンボルとしても最重要。危険な場所へは、まずわたしが……!」
なんだこいつ、ガンコだな。
絶対自分の意見曲げないタイプだ、めんどくさい。
「……よし、ここは同時に入ろっか」
「同時、ですか!?」
「うん、同時。時間かけてらんないでしょ、さっさと行くよ」
あんまり時間をかけたら、そのぶん敵の体勢が整っちゃう。
ここは強制的に、強引に押し切るべきだね。
「レジスタンスのみんなも、私についてきて!」
「「おうっ!!」」
「騎士団の皆さま! このわたし、イーリア・ユリシーズ。若輩ながら先陣を——」
「さっさと行く!」
扉を開けると同時、ごちゃごちゃ言ってる奴のケツを蹴っ飛ばす。
しかたなく走り出したイーリアといっしょに、私もダンスホールへ。
後ろから騎士団とレジスタンスもついてきてる。
敵の待ち伏せがあっても、この人数なら——。
「魔術師隊。土魔法放て」
あれ、どっかで聞き覚えのある声。
私たち二人がホールに駆け込んだ瞬間、入り口めがけて大きな岩が大量に飛んできた。
「まずい、避けて!!」
振り返って叫ぶけど、勢いに乗ったみんなは止まれない。
殺到する岩に大勢がつぶされて、さらに入り口までふさがれた。
ホールに入れた中で生き残ったのは、私とイーリア、それにレジスタンスが五人、騎士さんが七人。
やられた人数は多分、十人くらいだと思う。
副団長さんの姿はない。
やられちゃったのか、それとも外に取り残されたのか。
「まずは最初の一手。分断に成功だ」
私の耳に届いた声、すっごく聞き覚えがある。
さっきの攻撃命令も同じ声だった。
声の主は入り口正面、大勢の兵を従えて、二階部分からこっちを見下ろしていた。
やっぱりお前か、第二王子コーダ。
「やあ、また会えて嬉しいよ。勇者キリエ」
「私も会いたかったよ。あんたを殺せなかったのが心残りでさぁ」