51 開戦
この日のお昼ご飯は、戦いに向かうメンバーそれぞれの好物が出てきた。
私はスノーラビットのもも肉。
リーダーとレイドさんには、海の魚のフライ。
ストラが気をきかせて、こっそり作ってくれたんだ。
あの子、リーダーとレイドさんにお礼を言われて、少し恥ずかしそうにしてた。
口では色々と言いつつも、心配だし大好きなんだろうな。
当たり前か、家族だもんね。
……私は食べ終わったあと、ストラにこっそりお礼を言っといた。
みんなの前で言うのはすこし恥ずかしいから、二人の時に。
らしくないって驚かれたけど、感謝の気持ちは絶対に伝えておきたかったんだ。
『明日』に回すことはもうしないって、あの日心に決めたから。
さて、私がずっと男装してたのは、王国の目を逃れるためだ。
ブルトーギュを殺しにいくからには、そいつはもう終わり。
この衣装とも今日でサヨナラだ。
特に未練もなくパッパと脱ぎ捨てて……、なぜかベアトが名残惜しそうに見ている。
「…………」
脱いだ私のシャツ、じっと見つめて。
悩んだ末に拾って?
「……、……ぅ」
手に取って、何度か首を振って。
「……っ」
たたんで台の上に置いた。
なんだろう、なにか葛藤があったんだろうか。
ま、いっか。
下着姿になったところで、決戦仕様に着替えだ。
まずは上半身にインナーを着て、その上に薄い鎖かたびらを装備。
長所の素早さを損なわない範囲で防御力を高める、リーダーが用意してくれた防具だ。
「……っ!」
次、下半身はホットパンツにニーハイソックス、革のブーツ。
まあ、動きやすさ優先だよね。
「……!!」
で、鎖かたびらの上からシャツを着て、とりあえず完成、と。
「……」
「あの、ベアト? さすがに見すぎじゃない?」
「……っ!!?」
あれ、注意したら顔を真っ赤にして、ベッドに飛び込んじゃった。
まさかこの娘、気付かれてないと思ってたのか。
ガン見しといて。
あんな食い入るようにガン見しといて。
「……よくわかんないな、ホント」
見ていたいなら、別にいいけどさ。
右の腰にソードブレイカーの鞘を取りつけて、左手に鉄製のガントレットを装着。
今の私の力ならコイツをつけても素早さは殺されないと判断して、調達してもらった。
気休めかもしんないけど、少しでも防御力は上げときたい。
ブルトーギュまで何連戦になるかわかんないし、ベアトはここでお留守番。
回復役がいない以上、回復薬に頼るしかないけど、高価な上に数に限りがある貴重品だからね。
主力組に一本ずつしか持たされてないから、出来るだけダメージはさけなきゃ。
「完成、かな」
鏡の前で最終確認。
あと必要なのは、細かいアイテムとか水を持ち運ぶ革袋くらいだ。
「終わったよ。ベアトも起きたら?」
「……っ」
枕にうずめてた顔をやっと上げてくれた。
てかさ、その枕も私のだよね。
「…………」
私の前までやってきて、不安そうな顔で袖をつまんできた。
ベアトがなに考えてるか、なんとなくわかるよ。
正直さ、私だって生きて帰ってこれるかわかんないもん。
けど、みすみす死ぬつもりはないし、口に出せば本当になる気がするから。
「その髪飾り、しっかり守っててね」
「……!!」
今はベアトの前髪を留めている、翼の髪飾り。
これを渡したのは、戦いが終わったあとに返してもらうため。
この娘のところに絶対生きて帰ってくるっていう、私の意思表示だ。
「……っ」
おっと、また抱きついてきた。
今度は倒れないように、しっかり受け止める。
さすがに、背中に手を回して抱きしめる、なんてことはしないけどね。
「私は平気。行ってくるね、全部終わらせてくる」
「……、…………。……っ」
ぎゅっと強くだきついて、しばらくそのまま。
最後に名残惜しそうに体を離して、コクリとうなずいた。
いってらっしゃい、って言ってるんだよね。
うん、いってきます。
居住スペースに上がると、もう全員の準備が終わってた。
いつでも行けるって感じだ。
「キリエちゃん、覚悟はいいな」
「覚悟なんて、最初からできてるよ」
「上等。頼むぜ、勝利の女神さんよ」
リーダーとレイドさん、それぞれに軽鎧と武器を装備してる。
この二人も、やっぱり戦うんだ。
「お姉さん、必ず無事に帰ってきてくださいです」
「もちろん。家族の仇を殺すまでは、絶対に死なないから」
「……はいです。あたい、待ってますね。ベアトお姉さんと、ストラお姉さんといっしょに、待ってますです」
この娘も戦闘には参加させられない。
居残り組はストラも含めて、この三人だ。
「兄貴、あのさ」
「おう、どうしたストラ」
「……なんでもない。死んだら殺すから」
「ムチャクチャ言うぜ。ま、死ぬ気はないから安心しろ」
……心配なら、素直に伝えた方がいいよ。
本当に『明日』があるかなんて、誰にもわからないんだからさ。
「私たちは一足先に行くわよ、お姫様」
「はい、ジョアナさん。お願いします」
ベル……じゃない、ペルネ姫はジョアナにお城まで送ってもらうことになってる。
そこで影武者の娘と入れ替わってから、ジョアナが影武者をこのアジトまで連れてくる。
で、ジョアナはそのあとから参戦だ。
……まだ見たことないんだよね、ジョアナの本気。
どのくらい強いんだろう。
「ではでは、いってきまーす」
いつもの軽い調子のまま、ジョアナはお姫様を抱えて裏口から出ていった。
さて、出発までもうあと少し。
とうとう始まるんだ。
私にとっての、最後の戦いが。
△▽△
ジョアナさんは風を操って、まるで鳥のように王都の空を舞い、お城までひとっ飛びでたどり着きました。
この方の飛行能力には、正直なところ驚きました。
風魔法の範囲を大きく越えた、別の何か。
私にはそう思えたのです。
私の部屋のテラスで待つギリウスと、影武者のベルさん。
私たちは予定通りに入れ替わり、彼女はジョアナ様に連れられていきました。
「さあ、姫様。ドレスをお召しになられ、みなの前にそのお顔を」
「……ええ、わかっています」
正直なところ、ベルさんには申し訳なく思っています。
私のために、彼女の自由を、名前すらも奪い、利用していることに。
その一方で、彼女も理解していると思っている。
いざとなれば、その命でもって私を救うことが使命であると。
ギリウスを退室させ、メイド長を呼びつけて、ドレスに着替える。
影武者のことを知っているのは、彼女とギリウスだけ。
あの方に黙っていることも、心苦しく思っているのです。
着替えを終えた時、扉がノックされました。
そして、あの方の声が聞こえます。
「姫様、いらっしゃいますでしょうか」
「ええ、お入りになって。イーリア」
私に必死で仕えてくれている、近衛騎士の彼女。
影武者の事実を知る者は最低限にとどめておくべき、とのギリウスの提案で、彼女には明かさずにいました。
父に反旗をひるがえすと決意した翌日から、私が私ではなくなっていたことを、彼女は知りません。
「お迎えにあがりました。ギリウス殿もご一緒です」
「いよいよ、その時が来たのですね」
「ペルネ様が案ずる必要は、何もありません。ただわたしがあなた様の剣となり、全てを断ち斬ってご覧にいれます」
「頼みにしていますよ」
だましていた罪悪感に、ほんの少し胸を痛めつつ、私は向かいます。
王城西側、修練場。
逃走経路の一角をふさぐ、反乱軍の本陣へ。
○○○
レジスタンス総勢三百人が、武器を手に、お堀にかかった跳ね橋の前へと集まった。
騒ぎを聞きつけた城内の衛兵たちが、橋の奥、正門前広場に結集した。
「きっ、貴様らっ、どういうつもりだ!!」
「こんな騒ぎを起こして、ただですむとでも……!」
衛兵の皆さんとのにらみ合いが続く中、日が西に沈む。
さあ、いよいよだ。
『『『ウオオオォォォォォォォオォォっ!!!』』』
聞こえた。
王城の西側から、反国王派の騎士たちの雄たけびが。
同時にのろしの煙が上がって、
「お前ら、行くぞッ!!!」
リーダーの掛け声と同時に、戦いの幕が切って落とされる。
先陣を切るのは私、勇者キリエ。
ブルトーギュ、今からお前を殺しにいく。
たらふく水飲んで待ってやがれ。