49 ストラの本音・神託者の誘い
たしかに今、自分のことペルネ姫って名乗ったよね……。
え、本物?
「あの、あなたはホントにペルネ姫なの? ……ですか?」
「ええ、私は本当にペルネです」
いや、でもベルってここに住ませてもらってるんだよね。
おかしいな、聞いてた話と食い違ってるぞ。
「イーリアのヤツ、姫様はずっとお城だって言ってたよ?」
「城にいんのは影武者だ」
おっと、リーダーなんか機嫌悪そう。
カインさんの家族の件がショックだったのか、それとも私が横やり入れて話が進まないから怒ってらっしゃる?
「イーリアには申し訳ないと思っています。彼女はもちろん、誰も私が影武者と入れ替わっていることは知りません」
絶対に秘密ってわけだね。
で、今度はギリウスさんが口を開いた。
「城の人間で知っているのは、俺と姫専属のメイド長だけだ。緊張状態が高まる中で、暗殺を警戒するのは当然のこと。このアジトの存在はヤツらに気付かれていないからな。ペルネ姫を匿うにはもってこいの場所だ」
「キリエちゃんが生きて帰ってくる保証、なかったからな。大義名分の両翼、ダブルで失ったら全てが終わる。そのための保険ってわけだ」
なるほど、いざという時のために備えてたのか。
……つまりイーリア、影武者と知らずに毎日ニセ姫様に仕えてるんだね。
さすがにちょっと気の毒かも。
「ありがと、疑問は解けた。ゴメンね、話のコシ折っちゃって」
「いいのです。改めまして勇者様、どうぞよろしくお願いします」
うわ、物腰柔らかい。
礼儀正しいし綺麗だし、髪の毛とかふわっとしてるし。
本物のお姫様って感じだ。
「皆さま、私の力でどこまで出来るかは分かりませんが、全力を尽くします。父の——いえ、ブルトーギュの暗黒の時代を終わらせるために」
……ブルトーギュからこの娘が発生したの、奇跡か何か?
お姫様の決意表明が終わったところで、細かい作戦とかを色々と立てていく。
小難しい内容だったから、私にはよくわかんないけど、これだけは分かった。
反乱の決行は明後日。
二日後、その日がブルトーギュの命日だ。
○○○
作戦会議が終わってリビングに出ていくと、やっぱりベアトが飛びついてきた。
もう予想通りだったし、適当に受け止めて頭を撫でておく。
「……っ♪」
嬉しそうに笑うなぁ。
……私も、ブルトーギュを殺したらこの娘みたいに笑えるようになるのかな。
「……ふーん。なーるほどー」
そんなことしてたら、ストラに意味深な笑みを向けられた。
人の顔見てニヤニヤされると、なんかムカつくんだけど。
「なんだよ、言いたいことあんならはっきり言って」
「ずいぶんとまた、仲良くなったなーってさ。この一ヶ月でずいぶん進展したようで。甘~いイベントの数々を、根掘り葉掘り聞きたいところだね」
「進展て。何も変わってないから」
ジョアナもだけど、ストラもなんなんだ。
ベアトとは別にそんなんじゃないし。
「そんな下らないことよりも、とうとう決まったよ。反乱の決行は二日後、いよいよだ」
「……あっそ」
「あっそ、じゃなくて。リーダーたちの念願だよ? ストラって、ホントにレジスタンス興味無いよね。なんで?」
私の質問に、ストラは心底意外そうな顔をした。
そんなおかしなこと言ったっけ。
「あんた、変わった? 前は他人のことなんて関係ないって感じだったのに」
……そっか。
私いま、ストラのことを知りたがったのか。
確かに言ったね、おかしなこと。
「ま、いっか。立ち話もアレだし、座ったら?」
お言葉に甘えてテーブルにつくと、ベアトも当然のように隣に座る。
で、ストラは私の向かい側。
「で、どうしてあたしがレジスタンスに興味無いかって?」
「不思議なんだよね。興味が無いを通り越して、うっとうしそうじゃん」
「だってあたし、故郷のことなんにも知らないんだもん。知らない故郷のために、必死になれるわけない」
……スティージュが滅びたのって、たしか十年前だっけ。
その時ストラは四歳。
その頃のこと、なんにも覚えてないんだ。
「兄貴たちとの温度差、ずっと感じてた。どうしてそんな必死になって、命まで賭けるんだって、小さな頃から不思議だった」
そう言ったストラは、さみしいような、怒ってるような、複雑な表情。
「兄貴たちがやりたいんなら、あたしは邪魔しないよ。けどさ、知ったこっちゃないんだよ。スティージュ取りかえすなんて、勝手にやってればいいんだ……!」
ドンッ、とテーブルを叩いて、ベアトがビクっとした。
「だけどね、兄貴も大兄貴も、あたしに色々やらせようとしてくる! 戦い方は無理やり教えられた! 兵の指揮だって、訓練されてきた! 小さい頃から、ずっと! 知らないっての、見たこともない故郷のことなんてさぁ!」
「ストラ、ちょっと落ち着いて……」
「向いてないの! 性に合ってないんだ! あたしは普通に暮らしていたいの! レジスタンスなんて勝手にやってろっ!!」
声を荒げて、肩で息をして。
お風呂上がりのメロちゃんとイーリアが、何事かって感じでリビングを覗いてる。
今の声、地下のリーダーたちにも聞こえちゃってるのかな。
それとも、もう知ってるんだろうか。
「……ごめん、興奮しすぎた。とにかくあたしはレジスタンスなんて、やるつもりない。キリエがやりたいならご自由に。止めはしないし干渉もしないよ。ただしあたしは家事しかしないから、そのつもりで」
言いたいことだけ言って、キッチンの方に行っちゃった。
今の、本当にストラの本音の全部なのかな。
生き残った家族二人に危険なことをやめてほしい、そんな感じにも見えた。
だとしたら、日時が決まって喜べるわけないよね。
明後日が命日になるの、ブルトーギュだけって保証はどこにもないんだから。
■■■
「どうすれば、どうすればいいのだ……」
大臣として、側近として、ブルトーギュ王にお仕えして三十年あまり。
私は今、最大の危機に直面している。
城内の反国王派は勢いを増し、三つある近衛騎士団のうち、二つまでがギリウスの側についた。
もう手遅れだ。
泳がせておけ、との王の判断、あの時命を賭けてでもお止めするべきだった。
「グスタフ大臣、お困りのようですね……」
「……む、神託者か」
うさんくさい女が来た。
神託者ジュダス。
一年ほど前、パラディから派遣されたというこの女。
常にローブをかぶり、覆面を付けて、素顔を絶対に晒さない。
ただ、かろうじてクリーム色のウェーブがかった髪が見えるだけだ。
「貴殿の悩み、私が占って差し上げましょうか?」
「いらん! それより貴様、この一大事に一月ほども城を留守にしおってっ!!」
「そうお怒りになられますな。あなたの悩み、それはズバリ王国滅亡の危機」
「……ハッキリと申すな。誰が聞き耳を立てておるかわからぬぞ」
王の敗北は、もはや火を見るより明らか。
だが、わかっていても誰も何も言えん。
言えば私とて処刑されよう。
「愚かな王と、運命を共にするおつもりですか?」
「口が過ぎるぞ、呪い師ッ!!」
「愚かでしょう。一人では策も考えられず、政治の才能もなく、ただ戦うしか能がない。アレは一兵卒の器でしかありません」
「策は、お考えになられた! あの勇者の村を襲撃する策は王が——」
「あの愚かな王が、果たして一人だけで考えられますかどうか……」
「なん、だと……?」
そもそもの引き金となった、勇者の村への焼き討ち。
アレを考えついたのは、まさか——。
「貴様……。最初からこうなることを狙って……!」
「まさか。王は勇者を亡き者にしたかった、だから私に意見を求めてきたのです。私はただ、その意思に従っていくつかの案を提供しただけ。あの事件は間違いなく、ブルトーギュが自らの意思で選択し、引き起こしたものです」
こやつ、何が狙いだ。
このような事実を私に明かして、どんなメリットがあるというのだ。
「そう怖い顔をなされますな。……さて、いよいよ本題に入りましょうか」
ジュダスがローブを取り、その素顔を晒した。
「グスタフ・マクシミリアン殿。あの愚かな王の下で、国が国として形を保ったのはまぎれもない貴方の功績。ここで死なせるには惜しい。どうです? 王を見限って、私たちのところに来ませんか?」