46 緊張状態
ギリウスさんに続いてもう一人、私が着地したタイミングで、遅れて飛びこんできた。
誰だ、あの赤髪の……うわっ、あの時の女騎士じゃん。
なんかこっちに駆け寄ってきたし。
「無事か、勇者殿!」
「見ての通り、ギリウスさんのおかげで生きてるよ。ギリウスさんが間に合ってくれたからね」
ちょっと言葉にトゲがあったかな。
でも私、コイツ嫌いだから。
「む、確かにわたしは遅れたが……」
「一応礼は言っておく。で、今これどういう状況?」
ギリウスさんとコーダがにらみ合って、包囲の兵士たちも三人の騎士も動きを止めて、辺りにただよう緊張感。
みんなじっとしてる中、カミルとかいうアホが一人だけ、なんかキョロキョロしてる。
「カミル、どういうことか説明、できるかな……? 人間にもわかる言葉で頼むよ?」
あ、コーダのヤツめちゃくちゃキレてるな、これ。
眉毛とかピクピクしてる。
「わ、わかんないよ……! だって、ギリウスになんて話してない……」
「ほう。では誰かには話した、と?」
「バルバリオ兄ぃのヤツに、自慢してやったんだ! 兄サマの謀略はこんなにも凄いんだっぐぎゃああぁぁっ!!!」
うわ、思いっきり殴り飛ばした。
バキってここまで聞こえてきたし。
歯なんて三本くらい飛んでたね、おぉ痛そう。
「貴様のバカさ加減を見誤っていたよ……、それだけがっ! 誤算だったっ!」
倒れ込んだカミルの腹に、コーダが蹴りを入れ始めた。
「や、やめてっ、げほっ!! 兄さっ、ごほっ、オエッ!!」
「お前がっ! お前があのバカ四男に話さなければっ! 勇者をっ! 殺せていたんだぞっ! 私の策は! 完璧だった! それをっ! このっ! コイツっ!」
何度も何度も腹に蹴りを入れてる。
このままじゃ死んじゃうんじゃない?
「ぐぇっ! げっ! がっ……」
あらら、動かなくなっちゃった。
さすがに死んではいないよね、気絶しただけかな。
血ヘド吐いてるけど。
「はぁ、はぁ、はぁ……。この私の、完璧な策が……っ、こんな形で……ッ!」
「話は終わりましたかな、コーダ様」
「あ、あぁ。見苦しいところをお見せしてしまったね、ギリウス」
口調はていねいだけど、お互いに敵意むき出しだ。
ギリウスさんは大剣を肩にかついだままだし、コーダもまだ眉毛をピクピクさせてる。
「さて、ここからどうなさいます? まだ勇者様を殺そうとするならば、私も黙っていない。この剣にモノを言わせよう」
ギリウスさんから、殺気が迸った。
肌にビリビリくるような、強烈な殺気。
取り囲んでる兵士たちが怯んで、一歩、二歩と後ろに下がった。
「さらに言わせてもらうならば、この場で私やイーリアと事を構えたとなれば、城内の緊張状態は一気に爆発。騒乱の幕を、あなた自身の手で切って落とすことになる」
「く……っ!」
「本意ではないでしょう? お互いに。賢いあなたならお分かりのはず」
すごい。
コーダ相手に一歩も引いてない。
この人、ただ強いだけじゃないんだ。
「ここはひとまず刃を納めましょう。兵をお引きくだされ」
「……ふっ。もとより、お前が来た時点で我が策は崩れている。総員、包囲を解け! 撤退だ!」
撤退命令が出た。
兵士たちが槍を引いて、杖をしまって、包囲を解いていく。
三人の騎士たちも、剣を納めてコーダの下へ。
「ゼキュー、そこに転がってる出来損ないを連れていけ。あとでじっくり罰を与えてやる」
「ぬ……」
三人組のデカイ奴が、カミルを雑に持ち上げて肩にかついだ。
いいのか、それ一応第十王子だぞ。
「……ギリウス。この借りは近い内に返させてもらう。三倍にして、な」
「楽しみにしていますよ。その日が来るのをね」
最後にお互い、なんか含みのある笑いをして。
ギリウスさんが大剣を背中のさやに納め、コーダと兵士たちは立ち去っていった。
「……助かった?」
ギリウスさんのおかげで助かったみたい。
あの人が来なかったら、私きっと死んでたよ。
「えぇ、勇者殿。もう大丈夫です」
いや女騎士、お前に聞いてないし。
はぁ、安心したら体中が痛くなってきた。
戦うたびにボロボロだな、私。
○○○
ギリウスさんから大体の事情を聞いた。
あの第四王子のバカさ加減に助けられたのか。
なんか複雑な気分だ。
「勇者様、よくぞご無事で。あれほどの数の兵とコーダの三騎士に囲まれて、大したものだ」
三人の騎士についても説明を受けた。
小さいのがレブラン、中くらいのがティル、大きいのがゼキュー。
どいつも練氣の達人で、戦闘力の低いコーダの手足となって戦う直属の精鋭なんだって。
三人同時に相手をしたら、ギリウスさんでもちょっとだけ苦労するみたい。
「死ぬ一歩手前だったけどね……」
「イーリア、もうお前より勇者様の方が、ずっと強いんじゃないか?」
「そ、そんなことは……! わたしだってギリウス殿に毎日修行をつけてもらって——」
「タリオ、殺してきたからね。そこそこ強くなってるとは思うよ?」
「んなっ!? あの第一王子に勝ったと……!?」
お、イーリアっていったっけ、コイツめっちゃ驚いてる。
なんか気持ちいい。
「なんと、本当にタリオを始末してきたのですか……!」
ギリウスさんも驚いてる。
どんなもんだい。
「……ですが、調子に乗りすぎです。いくら強くとも、単独で敵の罠に飛び込むのは無謀がすぎる」
「うっ……」
「これからは暗殺の危険もつきまとう。単独で行動することは避けるべきだ。信頼できる誰かと、常に行動を共にしてください。いいですね」
「はい、よーく思い知りました……」
怒られちゃった。
ホント、リーダーからも言われてたのにね。
数の暴力は恐ろしいって。
今回ばかりは本当に反省だ。
「しかし、タリオ殺害は間違いなく朗報です。バルジのノアさん奪還作戦も、成功したというわけか……」
「いや、ノアさんは……」
そこまで口にして、少しだけためらってしまう。
まずはギリウスさんに、知らせなきゃいけないか。
リーダーにはもっと伝えにくいだろうし。
私は意を決して、話し始めた。
最前線の街で何が起きたか、その一部始終を。
「なんと……、ノアさんがそこまで染まっていたとは……」
やっぱりショックだよね。
ギリウスさん、片手で顔を覆っちゃった。
なんか、かける言葉も見つからないよね。
「……あの、奥さんの方は、どうなんですか?」
カインさんが裏切った理由のもう一つ、あの人の奥さん。
ブルトーギュの妻の一人にされて、王宮のどこかにいるはず。
ギリウスさん、もしかして知ってるんじゃないかな、その人のこと。
「勇者様、あなたは勇気あるお方だ。俺はバルジにも、カインにも言えなかった。三年前から、今日までずっと……」
「え……?」
「カインの奥方は、行方知れずになっている。もう三年も前のことだ……」
「そ、そんな……。行方不明……!?」
「彼女がどうなったのか、どこへ消えたのか、それはわからない。だが、恐らくは……」
「そんな……、そんなのってあんまりだよ! カインさんと約束したのに!!」
おもわずギリウスさんの胸ぐらに掴みかかっちゃった。
けど、すぐに頭が冷えて手を離す。
「……ごめん、なさい」
この人を責めたって、なんにもならない。
カインさんが裏切ってるって知らなかったんだから、知らせないのもきっと優しさだったんだ。
「いや、いいんです。何を言われても、責められても仕方ない」
違う。
怒りを向ける矛先は、この人じゃない、ブルトーギュだ。
たくさんの人生をメチャクチャにしておいて、今ものうのうと王宮で息をしてやがる。
生意気に心臓を動かしてやがる。
絶対に許せない。
奥さんは行方不明、娘は身も心もタリオのものになってたのに。
カインさんをだまして利用して、あの人の思いまで踏みにじったんだ。
「……ねえ、ギリウスさん」
ブルトーギュのヤツ、もう一日たりとも生かしておけない。
「反乱の決行、いつ?」
一日でも早い方がいい。
アイツの命日は、一日でも早い方が。